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優しい魔王サマ  作者: いつき
オマケ・短編
39/40

それは砂糖よりも甘く

 それはとても、平和なときに起こったのだと思う。思う、とつくのは、あまりにびっくりして、そのときの記憶が曖昧だからだ。

 断言はできないが、多分ごくごく普通の、ハロウィンの日だった。




「桜は、魔女だね」

「正解。本当は吸血鬼にしようとしたんだけどね」

 桜が少しだけ気まずそうに視線を外し、それから乾いた笑い声を口から漏らす。桜の言いたいことはよく分かったので、それを代弁するように口を開いた。

「本物がいたらねぇ」

「やるのが申し訳なくなるんだよ、ってか正直にいうとあたしには怖さが足りないと思う」

 拳を握りしめて力説する桜を見ながら、それももっともだよなぁと頷いた。

 仮装なんて、今まではあまり深く考えたことなかったが、あっちをいったり来たりしているわたしたちには少々辛い。本物を見ると、こんな可愛らしいものではないと思い知ってしまうからだ。

「雪乃は……狼人間?」

 首を傾げて尋ねてきた桜に頷き返しながら、わたしは手に持っていた狼の首を差し出す。なかなかにリアルなのは、あっちとのギャップを少しでも減らそうとしているからだ。

「ちょっとどころか、かなりリアルじゃない? 女子のチョイスじゃないでしょ」

「どうしても可愛い仮装に手がでなかったんだよ……。似合わないし」

 ちらり、と桜の着ている衣装に目をやる。

 可愛らしい短めのワンピースは黒色で、その下には同じ色のストッキング。そして少しだけヒールの高い、これまた黒い靴。とんがり帽子と小さな箒をつければ、完璧な魔女だ。

 どう考えても、自分に似合いそうにない。それに仮装をしている自分なんて、あまり想像できなかった。いや、したくないの間違いかもしれないが。

「雪乃だったら、天使は?」

「この性格の女に、天使の仮装はダメでしょ」

 性格がひねくれていることも、こういう行事ごとに楽しんで参加できないのも長い経験で分かっている。

 それでも参加したのは、あちらの世界に行ってから、こちらがわたしの世界だと再認識したからだ。自分の世界で、もう少し積極的に生きようと思っている。少なくとも、ここ数年そうしてきているのだ。

「あっちではふりふりのドレス着てるくせに?」

「動くときは、パンツスタイルです! しかも、あのドレスはジルが言うから。別に、わたしの好みとかそういうことじゃなくってね」

 言い訳がましくなるのは、あっちの世界の普段着(多いに疑問を持つところだが)を思いだしたからだ。確かに、あっちの世界の衣装は華やかだと思う。

 最初の頃は言いなりになって着ていたが、最近はこちらの洋服に近いものを作ってもらっている。が、どうしてもスカートは譲れないらしい。滅多なことではズボンは出てこない。男物でもいいというのに、周りの人は『魔王様に怒られてしまいます』の一点張りだ。

「雪乃も諦めて、楽しめば?」

「桜は好きな格好でいるから言えるんだ、きっと」

 対する桜は、ドレスも楽しみつつ、しっかり普通の服も着ている。どうしてか、あちらに行くときは唐突なことが多いわたしとは違い、彼女は準備をしている。

 ……ノアか、ノアのせいなのか。そんなことを考えていると、周りがざわりと煩くなった。仲のいい友人たちと簡単なパーティー気分なので、静かなわけではなかったが、そこには気のおけない友人同士にありがちな独特の雰囲気があったはずだ。

 しかし、今はそれが全くなく、代わりにあちこちから少し高めの声が上がる。ちりり、と嫌な予感が頭の裏を焼いた気がした。その感覚に覚えがありすぎて、狼の被り物にそっと頭を入れた。少し長くなってしまった髪は、狼に合わせてあったマントに隠す。ついでにシークレットブーツを履いて嵩増ししているので、身長もいつもより高く、周りがよく見えた。

「何があったんだろ」

「さぁ」

 さぁ、なんて言いつつ、わたしは少し身を引いた。

 あちこちから『すごい美形』とか『仮装に力いれてるね、誰の知り合いだろ』とかいう声が漏れている。これで気づかぬ桜が悪い。わたしは自分の身を守ることで精一杯です。

「ゆき……」

「あ、わたし飲み物もらってくる」

 名前を呼ばれるのも避けたくて、そっとその場から離れようとする。女性の多いこの会場で、男性は少し目立つ。目立つ上に、わたしが避けたい人物たちは、日本人男性の平均よりずっと身長が高い。

 だったらもうお分かりだろう。逃げたしたい相手が、もう目前に迫っていることはすぐに分かった。

 顔をさらしている桜とは、是が非でも別行動をしたい。素早く心の中で桜に謝りながら、わたしは身を翻した。まさかこの人目が多い場所で、いきなり異世界に連れていかれるようなことはないだろう、なんて希望込みの観測を頭に浮かべながら。

「イケメンー」

 隣の悪魔の仮装をした友人が呟く。身長が高いうえに、顔までいいのだから奴らは始末に終えない。すごく目立つ。半端なく目立つ。女性が取り囲もうとするくらい目立つ。

 それが今はありがたいとさえ思えた。これで逃げる時間が稼げる。

 遠くの方で、見知った顔が見えた。

 ワインレッドの髪は相変わらず緩いウェーブを描き、そこからのぞく作り物ではない角は、なかなかに重厚だ。顔はこれでもかというほど整っていて、男女の違いを軽く超越してるんじゃないかとさえ思う。

 極めつけはその瞳で、彼の職業(と言っていいのかどうか)とは全く違う色を映していた。清らかで、優しくて、暖かい光だ。つまり、魔王という響きよりも、天使と呼ぶに相応しい。

 その相変わらずの天使っぷりに安堵と、訳の分からない敗北を感じつつ、わたしはそろそろと店の奥へ奥へと進む。さすがにこの格好のまま外に出ることはできない。外に出るには、まず店の奥に用意された簡易の更衣室にいかなくてはいけないのだ。面倒だが、このまま出ていって、変人を見るような目で人から見られるのは耐えられないのだ。だから、着替えずに出るという選択肢はなかった。

「あ、桜が口説かれてるー」

「ほんとだ」

 ちらり、と罪悪感から視線をやると、早々にもう一人の男に捕まっている桜が見えた。こういうとき、桜はとことん鈍いというか、危機察知能力が低いと思う。何でノアの気配に気づけないんだろう。あれだけ背筋が凍るような雰囲気を醸し出して微笑んでいるのに。

 そう思いつつ、桜の手を掴んでいるノアを見た。

 プラチナブロンドは相変わらずのさらさらで、腹が立つくらい艶やかだった。室内の少し暗い照明でさえ淡く照り返し、そこだけわずかに明るいとさえ思うくらいだ。そのさらさらな髪からのぞく、一対の瞳は毒々しいまでに鮮やかな紅色で、何度本物の紅玉が埋め込まれているのではないかと疑ったか。

 そしてその男には、そう思わせる美しさがあった。目から、口から顔全体が一つの作品のように美しく整っている。職人が丹精に仕上げた、人形のようなのだ。それだけ生き物とは違う、と思うものがある。ぞっとする美しさだった。

 嫌みなくらいのその顔が、今は楽しげに緩んでいる。わたしには絶対に見せない、とっておきの笑顔だと思う。これが見れるのは桜と、それからジルだけだろう。わたしにその機会は訪れない。いや、訪れなくていい。絶対に嫌なことが起こる気がするもん、なんか。

「口説かれてるのかな」

「どうだろ。桜って意外にそこんとこ抜けてるし」

 どうやら注目の的はあの二人らしい。それに安堵しながら、奥の更衣室へと入っていく。それから狼の被り物を外して、大きく息をはく。ここまでくれば大丈夫だ。あとは着替えて、裏口から抜け出すだけ。桜には後で謝っておこう。今日はどうしても家に帰りたいのだ。それでしっかり寝たい。

 願望を頭に浮かべつつ、わたしはマントを外して髪を手櫛ですいた。少し小さい男物のスーツは、女のわたしが着てもそんなに違和感なく体に沿っていたが、それも脱いでしまおうと上着に手をかける。そのときするりと後ろから延びた手が、わたしの胴体に巻きついてきた。咄嗟に息を飲むが、次の瞬間には見知った気配だと気づき、別の意味で固まった。

 ……どうしてばれた。

「女性用の更衣室なんですけどね、魔王サマ」

「お前が、逃げようとするのが悪いんだ」

 胴体に巻き付いただけだった手が、少しだけ強くわたしを引き寄せる。背中に温もりを、肩に髪のくすぐったさを感じつつ、拗ねたようなジルの言葉に耳を傾ける。わたしが、悪いのか?

「どうして分かったの? 結構うまく仮装できてたと思ったんだけど」

 顔は見えないし、身長は違うし、おまけに男物のスーツとくれば、声でも聞かない限りわたしだとは分からないだろう。なのにジルはこんなに早くわたしを見つけた。どうしてだろう。桜がしゃべったとか?

 そんな疑問を思い浮かべつつ、大人しくジルに体を預け、彼からの言葉を待った。

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