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優しい魔王サマ  作者: いつき
オマケ・短編
37/40

選ぶのは紛れもなく

 自分自身に他ならない。

 ……未だにどっちを根っことして生きていいか迷う雪乃が書きたかったんです。

 高校を卒業した。だから、というわけでもないが、次の日いきなり異世界(あちら)に飛ばされた。今回はノアの強制送還でも何でもない。一枚の手紙から始まった。

 とは言っても、こちらは普通の受験生だ。

 卒業式が終わったからといって油断できようはずもない。不用意におかしなものに触ったりしないように気をつけてはいた。まぁ、事実飛ばされてしまったのだから、気をつけていただけになってしまったのだが。

「……だって、普通キッチンのテーブルにあったら家族からの置手紙かな、と思うじゃない」

 何気なく、開いたのだ。

 お母さん、今日お友達とどこか行ったのかな? とか思いつつ、何も考えずに開いた。どうせ夕飯について書いてるんだろうなと思いつつ。

 しかし予想に反して、その紙に書かれていたのはたった一言だった。


『待ちくたびれた』


 その一言に首を傾げる暇もなく、目の前はあの真っ黒な空間に覆われて、重力をその身に受けて一気に下へ落ちていく。心臓が喉から出そうな、そんな感覚。

 ぎゅっと呼吸を止めて、体にかかる負担に身を縮めた。慣れないその感覚は、何度感じても気持ちのいいものではない。呼吸もままならないその状態が、本当は少し苦手だった。

「……キノ。ユキノ」

「うっ。あぁぁー、後期試験の勉強がぁ」

 薄っすらと目を開ければ、毎度のごとく無駄に美形な魔王様がいる。穏やかな瞳を見つめて、怒る気は失せるけど、文句は言いたい。言ったって許されるだろうと思う、この場合。

「あの、ジルさん。わたし、あっちでまだ勉強しなくちゃいけないんですけど」

 ここ数ヶ月。一度としてこちらには来てない。何故か、受験勉強が大変でこの人たちを相手にする余裕がまるでなかったからだ。受験生にそんな余裕はありませんよ、ええ、いくら美形だといっても。

「『受験』だろ? でも今日が高校なるものの卒業式だと聞いたが」

「いえ、昨日だけど。まぁ、どっちでもいいけどさ。あのね、卒業したからってもう大丈夫ってことじゃなくってね、うん。まだあっちにいなくちゃいけないんだよ。ごめんね、ジル」

 だから帰して? と首を傾げてお願いしてみる。運がよければこれも効果があるのだ。受験勉強中に来れない、という説明をしたときもこうやってお願いした。

「でも卒業式って」

 言ったのに……というように彼が俯く。

 どうしよう、天使さながらの可愛い顔で言われたら、罪悪感が出てくる。邪気のない、魔王にしておくのは勿体無いくらい綺麗なお顔が歪むのは、わたしとしても嬉しくないのだけど。

「うん、もう少しだから、だから帰してくれるかな? 合格発表もまだだし、できればテキストもやっておきたいし」

 こっちへ来て以来、真面目に授業は受けているし、定期テストもこなしているが、それと受験とはまた違う。真面目だけで通るなら苦労しないって!!

「ユキノ」

 ぎゅっと抱きしめてくる彼に、少しの間好きにさせておく。この頃会えなかったから(わたしにしてみれば数ヶ月だが、こっちではどれくらい経っているんだろう)、余計寂しいのかもしれない。

「俺が行ってもお前は怒る」

 ……そうでした。わたしがこっちに来ないだけで、彼はわたしの世界に来ているんだった。それは寝る直前であったり、勉強の途中であったり、学校に行くときだったり。

 その度に宥めすかして帰すのだが、これもなかなか苦労する。『嫌いなのか?』と問われてしまえば、『違うよ』としか言えない。

 ずるいなぁ、と思いつつ、彼の優しい抱擁を甘んじて受ける。そして得心すると彼は名残惜しそうにしつつも帰って行くのだ。

 今回もそうだろう。

「ジル?」

「卒業したら、一緒にいられるんじゃなかったのか」

 ……?? ん? ちょっと待ってよ? わたし、今まさに大学受験をしているんですけど。彼と出会ってすでに二年ほど経ってはいるが、未だわたしは学生だ。

 そして願わくばこれからも学生でいたい。だから大学受験。それなのに、この人今なんて?

「ちょっと待って、一緒にいられるって、今までどおりだよ?」

「こっちで生活するんじゃないのか?」

 どこでどうなったらそうなる?? わたし、卒業したらこっちで生活するって言いましたっけ?

「どうしてそうなる?!」

「この前、『最低高校を卒業するまでは、こっちで住めない』って言っただろ?」

 それ、何年前の言葉ですか? 確か一昨年……じゃない、一昨年度(?)の十一月の言葉じゃないか。高校一年生のときに言った言葉だよね?! それ。

「そんなっ。最低って言ったよ!」

「高校卒業したらこっちで住むってことだろ?」

「ちがっ。違うよ! あのときはまだ不安定だったから、そう言っただけであって」

 言質を取られるとは思わなかった。今なら分かる、抜かったなと。しかし当時のわたしに彼の面倒さを伝えるのは無理だ、と思う。

 うん、無理だろう。言っても『そこまで言うほどでも』と思うだろうさ。

「とにかく、まだわたしは四年間あっちで過ごすから! 合格してたら」

 不合格だったら……怖いから考えたくない。

「ユキノ」

 甘い声は、わたしの思考回路を溶かそうとする。分かっているのかいないのか、彼は時々こうやって声を出す。無意識なら性質が悪すぎる。わたしが、逆らえないと知っているのか。

「やめっ」

 抱きしめられたまま、そんな風に囁かないで。耳元で、まるで『愛してる』とでも言うように、名前を呼ばないで。

 まだ、決めてないんだ。決められないんだ。どっちが『わたし』の世界か、なんて。

 どっちの世界を『わたし』の世界にして、生きていくか、なんて。そんなこと、わたしには、決められない。やっとあっちの世界で、地に足つけたのに。

 生まれてずっと、生きていたあの世界でさえ、『自分の世界だ』と思ったのはつい最近なのに。その世界を、簡単には捨てられない。だけど。

 ……だけどもう。

「もう、こっちも」

 捨てられないんだ、わたしは。

「ジルの馬鹿ぁ」

 そんなこと、とっくの昔に気付いてるよ。最初に帰ったときから、知ってたよ。ジルに会うたびにそう思って、ジルに触れられるたびに刻み付けられて、もうどうしようもないくらい自覚してる。

 なのにどうして、また確認するみたいに確かめるの。

 泣き出しそうな声を出して、彼にしがみついた。

「なんでっ、呼ぶの」

「お前を、愛しているから」

 さらりと告げられたその言葉に、返す言葉を未だ出せずいる。

 『好き』だけど、『愛してる』のかどうかは分からない。

「分からないのにっ」

 どうしていいか、分からないくせに。愛しているかどうか分からないくせに。放したくないと思う。手放せないと感じる。

「ユキノ」

「逃げて、来たくなるじゃない」

 もう何も考えずに、こっちで生活してもいいかもしれない、なんて。今苦しいからそう考えているだけ。不安だから、縋っているだけ。

 だから、今答えは出せないんだ。少なくとも、今は。

「逃げて来い」

「駄目」

「お前がいれば、俺は他に何もいらない。何も、ほしいなんて思わない。もう、人間との平和さえ必要じゃない」

 ぎゅっと、力を入れて抱きしめられる。今までよりずっと強く。潰されてしまうんじゃないかと思うくらい強く。

 今までずっと、彼は我慢していたのかもしれない。わたしを壊さないように。怖がらせないように。ずっと、こうやって抱きしめることを我慢してたのかも、しれない。

 骨が軋むくらい、息ができないくらい、そうやっていつも抱きしめてくれればいいのに。

「それは、必要でしょう?」

「お前がいるなら、それもいらない。どっちかを選ぶんなら」

 俺は、愚か者だと言われようと、お前を選ぶ。どんなことをしてでも、お前を。

「馬鹿なんだろうな、俺は」

 馬鹿、なのかもね。

「もうお前は、初めてあっちに帰ったお前じゃない。だから遠慮もしない。こっちに引き止められるんなら、俺はどんなことでもするだろう」

 あのときは、まだ我慢してたからな。

 そうやって笑う彼に、笑顔を返しつつ、言葉は返せなかった。

 帰りたくないよ。でも帰らなきゃいけないんだよ。逃げたくないんだよ。だから、帰るんだ。

「もうちょっと、待ってね。ジル。あと四年、そしたら絶対、答えは出すから」

 今はまだ、出せないんだ。『どちらも』大切だから。

「お前は」

「お願い、ね?」

 答えはもう、決まっているのかもしれないね。魔王サマに、恋したときから。逃げられるなんて、思ってないもの。

「……お前は、本当に。俺を、揺るがすのが上手い」

 今回だけだからな、と笑う彼の声は苦く、視線は甘い。だから、その唇に指を押し付けた。

「ユキノ?」

「うん、ありがとう」

 その指を自分の唇に押し付けて、笑う。わたしにできる、精一杯の口付けだ。

「ありがとう、ジル。大好き」


 答えはもう、決まっているんだ。

 卒業式ネタでした。結局決めてないじゃん、とかツッコミはなしでお願いいたします。

 ジル、ヤバイです。あの人口説き魔にもほどがある。ほっとくと転がりまわりたくなるセリフを素面で言います。

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