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優しい魔王サマ  作者: いつき
オマケ・短編
36/40

二人だけの

 11月11日はポッキーの日、でしたね。どのカップリングか迷ったんですけど、やっぱり最近可哀想な目にしか遭っていない、ジルに救いの手を! ということで。


 十一月十一日……は何の日でしょう。

「ポッキーの日っ」

「はい、当たりー」

 ほれ、と差し出された、チョコレートでコーティングされた棒状のお菓子。お馴染みのその形に、『これだけ?』と返すと、他にも色々あるよと棒状のお菓子が数種類机に放り出される。

「雪乃は持って来てないのー?」

「アハハ。忘れてた。今日が十一日だって」

 いや、忘れざるを得なかった。数日間あっちの世界に行っていたので、日にち感覚がないのだ。呼ばれたのが十日の夜で、そして帰ってきたのが十日、いや十一日の一時くらいだったか。

 その間に三から四日の生活が入っているわけだから、当然といえば当然なわけで。

「昨日言ったじゃん」

「だから、ごめんってば」

 昨日、じゃないんだよ、わたしにとっては。何ていう言い訳、友人達に言えるはずもなくすごすごとポッキーを口に運ぶ。ほんのり甘いチョコレートは口で溶けて、思わず笑顔が出た。

 人間、やっぱりこうじゃないと。甘いものがないとやっていけませんよね。

 いやいや、甘い顔と声はもう十分堪能したので、結構なんですけどね。むしろあと数ヶ月はいらない。あれは心臓に悪すぎる。

「美味しいー。やっぱりこっちのお菓子のほうが好き」

「どっちのお菓子は嫌いなのよ」

 ごほっと咽る。あっちのお菓子は美味しいんだけど、手作り感あふれてて、片手間に食べては悪い気がしてしまうのだ。特に、ジルが目を輝かせて、『旨いか?』と聞いてくるとなおさら。

 ……最近、あの魔王サマはお菓子作りにも凝っているらしい。何と言うか、乙女?

「いや、こういう手で掴んで食べれる方が楽だよねって。ほら、ケーキとかも美味しいけどさぁ」

「あー、確かに。こういう方が手軽って言えば手軽だよね」

 友人は疑うこともなく、ポッキーをパキンと割った。その音は小刻みよく、わたしも後に続く。ポッキーではないけれど、カバンに入っている飴を友人に渡した。

 女の子同士では、結構コレが常識。お互い、お菓子を分け合う。そうすれば、色んなものが食べれるし、第一太らないでしょ。少しずつなら。

 前ならそんなこと、気にもしなかったのに、最近少しずつそういうことを意識しだしている自分がいる。たとえば、太ってないだろうか、とか。肌は荒れてないか、とか。髪は、とか。

 それは、女の子、の証拠なんだろうか。前に『恋する』がつくような。そんな馬鹿な、と否定してみても、やっぱりジルが傍に来ると髪とか気にしちゃうし。

 恋じゃ、ないはずなんだけどなぁ。

「あー、このアメ、新しいシリーズ出てたんだ」

「そうそう。パッケージ可愛くってついね」

 いただくー、と少々間延びした声が聞こえた瞬間、教室の扉がガタンと音を立てて開かれた。そしてそこには、血相を変えた桜が。

「ゆっ、雪乃いるっ?!」

「え? 桜ー? どうしたの? いきなり」

 まるで、ノアに追いかけられた並の顔だよ、と口に出さず思う。それほど切羽詰っていて、お世辞にも可愛いとは言えなかった。真剣すぎるよ、その目。

「ちょっと!」

「え? どっ、どうして??」

 あ、ポッキーまだ食べてないのに、と抗議の声を上げるも、桜はそれを聞いてもいない様子でわたしの手を掴んだ。そしてそのまま教室の外へ引っ張り出される。

 んーとですね、桜さん? わたし一応、昨日帰ってきたばかりですのよ? それはあなたも一緒でしょう? なんて聞き返したいのに、彼女の目はふざけることも許してくれない。

 一体何があったというのか。

「雪乃」

「あ、はい」

 真剣な声に、思わず相槌。何かそうしなくちゃいけない気がした。

「ごめんっ、これポッキー」

「えっと、ありがとう?」

 はし、と無理やりポッキーの箱を掴まされ、首を傾げる。たったこれだけのためにわたしが教室を出されたとは考えにくい。何があったのか。

「本っ当ーに、ごめんっ!! あとはノアに文句言って!!」

 ドン、と背中を押された、と思った瞬間、廊下の床がぱっくりと口を開く。その暗闇は、昨日見たばかりだった。

 初めてあっちの世界に行ったとき、そして帰ってきたときと違い、純粋に魔族の力だけで構成された『道』というのは暗くて恐ろしいのだ。

 初めて行ったときも、帰ってきたときもキラキラとした光で構成されていたはずの『道』は、それ以来見たこともなく、代わりに毎度毎度吸い込まれるのは真っ暗闇。

 光の柱がわたしを囲むこともなく、穏やかな眠りが訪れるような安息感もなく、ただ吸い込まれる。何もかも。全てを。

「わっ、ちょっと! 桜っ」

 手を伸ばすのに、桜の手はすり抜けて、あっという間に下へ落ちる。桜を恨むつもりは毛頭ない。だって原因、もとい元凶は誰か、すでに思いついているからだ。

「またお前かっ!!」

 ノアーーーー。

 叫びは口から出ず、喉の奥に押し込まれる。そしてわたしは、もう何度目かになる世界越えを果たした。…………毎度毎度、わたしは不幸だと思うんですけど、被害妄想ですか。




 身体に襲ってくる衝撃を覚悟して、目を瞑り歯をかみ締める。ちょっとした痣が出来るのはもう慣れっこで、気にしない。痛いけど。

 と、思っていたのに、何故か痛みは襲ってこず、代わりに頭の上で安堵するため息が吐かれた。

「お帰り、ユキノ。度々呼び出してすまない」

「……ジル」

 優しく抱きしめられた時点で、それが誰かは分かっていたけれど、聞こえてきた声は紛れもなく彼のもので、思わず肩の力を抜いた。

 ついでに、来たらあらん限りの言葉で責めてやろうと思っていた心も萎える。この仔犬のような表情と声に弱いのだ。

 明らかに自分が悪いと思っている表情を、ジルにさせてしまう、という事態は非常にいただけない。

 犯人が別にいる、と分かっているならなおさらだ。

「……いいよ、降ろして。自分で歩ける」

「あぁ、すまない」

 すとんと降りて、制服のスカートをはたく。決して短くはないけれど、こちらのドレスのように長くもない。何だか場違いな感じがして、もぞもぞとスカートに手を当てる。

 普段気にならないくせに、ジルに見られているとなると隠したくなる。これも乙女心ゆえか? まさか。

「ノアは」

「は?」

「ノアはどこよ! 桜を脅してわたしをここへ連れてきたノアは!!」

「あの……、えっと」

 そわそわと目をさまよわせ、ジルは笑う。何か気まずいことを言うみたいに、そのワインレッドの髪をかきあげて、美しい瞳にわたしを映した。

 急に、息が出来なくなるのは、今に始まったことじゃない。たとえば、つい昨日だって別れ際に抱きしめられたとき、息が止まって苦しかった。

 たとえば、笑いかけられたとき、何だか切なくなって泣きたくなった。それで息を止めた。

 恋じゃない、と言い聞かせると笑えなくなって、唇をかみ締めることで泣くのを我慢した。

「ノアは、サクラに会いに行ったぞ?」

「帰ってきてないのか?! あの変態鬼畜モノクル野郎!」

 にこっと笑う魔王サマの笑顔は、それはそれは美しく、可愛らしく……えぇ日本語で語りつくせませんとも。

 まぁ、そんなことは置いといてですね。

「帰ってきてない、ぞ。うん、多分な。『ユキノは連れてきますよ』とだけ言い残して、あっちに言ったし」

「へぇ、あぁ、そうなの。ふーん」

 あの野郎、どうしてやろうか。散々人を馬鹿にして、帰ってないってどういうことよ。

「ユ、ユキノ? 何か、俺は悪いこと言ったか?」

「うーうん。全然。ジルは悪いことなんて言ってないよ」

 この怒りをジルに向けるのは間違いだってちゃんと分かってるから大丈夫。うん、八つ当たりはしない。っていうか、出来ませんよ。こんな純粋な人に、自分の感情で怒るとか。

 まして、その元凶がノアなのに。

「あー、で? いつ戻してくれるの?」

「さぁ? ノアが帰ってきたら、か?」

 …………。しばらく互いの間に沈黙が流れる。それってつまりはですね、ジルさん。ノアが帰ってこなかった場合、わたしはしばらくあっちに帰れないってことじゃないでしょうか。

「ユキノ、落ち着け。さすがのノアでも明日までには帰ってくる、と思う」

「――思うだけでしょ」

 つっこみもむなしく、シーンと音がなくなった。

 そこでやっと自分の手の中にあるポッキーが目についた。あぁ、こういうときこそ、甘いものの出番だよね。そうじゃなくっちゃ、もらった意味がない。

 どうせなら二人で消費してしまえ。

「ジル。甘いもの、食べたくない?」

「甘いもの?」

「うん、ちょうど持ってるんだよねー。ポッキー」

 食べよう? と笑いかければ、お茶を淹れてくる、と席を立たれる。お茶を淹れる、という行為だけは、毎回申し出ても変わってもらえないので、いい加減諦めている。

 彼はわたしのお茶は誰にも淹れさせない、と決めているらしい。迷惑な話だ。わたしだってジルがいないときにお茶が飲みたくなる時だってある。

 とは思うものの、彼のあの笑顔を見てしまえば、何か反論などと出来るわけもなく、結局今に至るのだ。

 びりびりと箱を破りつつ、中から袋を取り出す。そういえば、ジルはこういう形態のお菓子って食べたことあるんだろうか、ないだろうなぁ。ない気がする。いや、ないだろう。

 わたしの中で、ここは中世ヨーロッパとかそんなイメージだ。ということは、出てくるお菓子もそういう『貴族』というか、『西洋』という雰囲気がしっくりくるようなものばかりで、今までスナックと表現するようなものは出てきたことない。

「食べたこと、ないのかなぁ」

「ないな。そういうのは」

 ひゃっと声が出る。後ろから急に声がして(しかも美声)、体が飛び上がるかと思った。いや、事実少しだけ飛び上がった気がする。

 もうっ、びっくりさせないでよ、という意図を込めて後ろを向くと、今日は少し濃く淹れてみたと笑顔で返される。甘いものを食べるから、ということだろう。

 毒気が抜かれて、ポッキーを一本口に入れた後、ジルにもう一本差し出す。不思議そうに見る彼へ、こういう風に食べるんだよ、とポッキーをぱきんと割ってみせる。

「ポッキーっていうこれは、こういう風に食べるものだろ?」

 ジルが少し照れたように笑う。そして……えっと??

「面白い文化だな」

 そう言ってわたしが一口食べたポッキーの反対側を咥えた。もう言葉も何も出ない。出てくるわけがない。口を離して、離れれるだけ彼から離れた。

「なっ、なん。なんっ……!! 何してんの、ジル!!」

「ポッキーは、こういう風に食べるものだと聞いたが、違ったのか?」

 一体誰が言ったんだ、そんなこと。

「え? サクラからノアが聞いたらしいが」

「嘘に決まってるだろ、それ!! いい、ジル。そんなこと普通はしないのよ。本当。だから、もうしないでね。本当にしないでね。わたしこの年で心臓発作とかイヤですよ」

 慌ててる。正常じゃない心音がはっきりと分かる。それは、そうでしょっ。普通。目の前にイケメンですよ。しかも尋常じゃない感じの。冷静でいられるわけがない。

 しかもその人が、自分の食べているポッキーの反対側を咥えてるとか。

「何かすっごく、イケナイコトしてる気がした」

 何と言うか、ですね。言い表しようがないのですがね。こー、卑猥に見える、とでも言いましょうか。ポッキーゲーム、とか可愛らしい表現じゃ表せないですよ。

「なら、どうしてサクラがそういうことを言ったんだ?」

「単純に、ポッキーゲームのことでしょう? そういう食べ方(と言ってもいいのか?)もあるだけで、普通の人はそんな食べ方しません。ええ、しないんですよっ。普通はね」

 きょとん、といまいち自分のしてしまったことの重大さが分かっていないらしい。この天然タラシの魔王サマは。全く、困ったものだ。

「どういうときに使うんだ?」

「さぁ、恋人同士、とか?」

 でもさ、恋人同士でもどうなのさ。両端からポッキー食べていくとか、ただの虐めじゃないの? どんな羞恥プレイですか。

 そう思いつつ、ポッキーをジルに渡して、再度わたしは自分の口にもう一本入れる。先にジルに渡しておけば、さっきのような暴挙もなかったんだろうに。

 自分が先に咥えてしまったことを後悔した。こんなことなら、彼が口に入れるのを待っていればよかったのに。だけどもう同じ鉄は踏まない。今度はジルに先に渡した。

「ジルー?」

 さっきから反応のないジルを見やる。手の中にあるポッキーをじぃっと見つめ、それからわたしに視線をよこす。その真剣な眼差しは、普段の彼からは想像できないほど鋭くて、また胸がなる。

 コレは恋じゃない。ただの動悸。イケメンに見つめられたら誰だってドキドキするでしょう。

「やっぱり、こっちがいい」

 ふわりと風が動いた。まずい、と思う間もなく距離を詰められる。逃げようとした腕をとられ、しっかり抱え込まれた。

「あ、あの」

 口にポッキーがあるため、うまく発音できない。それでも、抗議することくらいは出来る、はずなのに。

「ジ、ル」

 何も言えず、ポッキーの端は彼に咥えられた。さっきみたいに逃げることも出来ない。この状態でポッキーから口を離せばいい、なんて簡単なことさえ思いつかない。

 ただ、少しずつ少なくなっていくポッキーと、近づいてくるその顔を見ることしか出来なかった。

 ポッキーをジルが噛むたびに振動が唇に伝わってきて目を瞑る。それでも近くにある気配が消えることはなくって、ポッキーの箱が歪むほど握り締めた。

「ユキノ」

 気配が近づく。優しい声に騙されちゃダメだ。だって彼は、もうすぐそこにいる。呼ばれるだけで、唇に吐息が当たる。まるで……キスしてるみたい。

 その吐息でわずかに唇が湿るような感覚がして、顔を背けようとする。しかし彼はそれを許さず、片手で頭を固定された。さっきあげたポッキーどうしたんだろう、なんて今心配することじゃないことまで浮かんできた。

「イヤか?」

 ここまで来て、彼は伺いを立てる。わたしを、大切に思っているからか何なのか。今更聞いても遅いことを聞く。ポッキーから口を、離しているのかな。

「わかっ、ない」

 口を開いても、ポッキーが口から零れることはない。ということは、彼が咥えているんだ。口を開いたついでに、顔を背けてしまえれば、ポッキーゲームは終了なのに、まだポッキーは唇にわずかに当たっていた。

 うう、唇も閉じられないってイヤだ。おまけに棒の先端が口内に当たって、微妙にくすぐったい。

 耳がポッキーが食べられていく音を拾って、ぎゅっと目に力を入れた。そんなことで、彼の進んでいる口を止めることなんて出来ないのに。

「ユキノ」

 優しげな声とともに、唇にわずかにだけど何か当たった。案外、キスというものは安易なのかもしれない。肌のふれあい以外に意味を成さなければ、事故みたいなものかもしれない。

 終わった、という自覚があったので目を開けると、唇についているのは彼の指先だった。

「やっと、目を開けたな」

 もうポッキーは彼の口の中。それを理解するよりも早く、彼の唇がわたしの口に合わさった。

「っ、な」

 声を出すよりも早く、頭を支えていた手が腰に回される。何かが落ちる音がする。ポッキーの、箱、かな。

「んっ」

 息苦しさを覚えて息を詰める。あぁ、この感覚、恋かもしれないと思うときに似ている。……なら、キスの感覚がこれなら、わたしは。

 とっくの昔に、恋をしていたのかもしれない。

 自分で拒絶するより早く、自分の中の可能性に目を向けるより早く。

 自分で思っているよりも深く、自分が見ないふりをしているところよりも深く。

 ずっと、ずっと前から――もしかしたら、出会ったその瞬間から、彼に、恋をしていたのかもしれない。

 触れた唇が熱い。体中が熱い。それなのに彼のキスの仕方は驚くほど穏やかで優しい。突き飛ばすなんて、考えられない。

「ジル」

 名前を呼んで、行く場所を失った手をさ迷わせる。それはやがて彼のマントを掴み、握り締めた。そうでもしないと、足が砕けて座り込んでしまいそうだった。

「ユキノ。ユキノ」

 熱にうなされたような声は甘く、優しくて、涙が出そうになる。ごめん、ジル。ごめんね。

「ジル」

 唇が離れて、彼の瞳を見る。潤んだ瞳は色っぽくて、見てはいけないものを見てしまったみたいに目をそらしてしまう。しかし彼の手がそれを阻んだ。

「イヤだったなら、謝る。すまなかった。無理強いするつもりは、なかったんだ」

 ただ、あまりにも可愛かったから。

「我慢できなかった」

 最後に、唇の端に小さく口付けられて、笑われた。

「チョコレート味の口付けだな」

 かっと頬が赤くなって、それでも今しがた気づいたことを言うために口を開いた。

「ジル。あの、ね。あのっ。聞いて、ほしいことがあるの」

 床に転がったポッキーの箱も、ジルがわたしを引き寄せるとき邪魔になって放したんだろう、ポッキーも今は関係ない。

「ジル。わたしね」

 今まで、何度もジルからその言葉をもらってきたのに。そのたびに、やんわりと拒絶してきたのに。いざ自分が伝える段になって、怖気づいているわたしがいる。

 怖い、なんて。何て言ったらいいか分からない、なんて。なんて――卑怯なの。

 今まで何度も彼からその言葉をもらっておいて、その言葉を振り払っておいて、今更彼に伝えたい、なんて。

 もう、手遅れじゃないの? もう、かれはわたしなんてどうでもいいんじゃないの。

 だって、彼は。

 唯一無二の、魔王サマだ。この国に絶対いないといけない人だ。それなのに、自分は、代わりのきくただの一般の人間。

「ユキノ? 本当に気分を害したんなら謝る。すまない。だから、そんな顔をしてくれるな。頼む。お前にそんな顔をされると、俺はどうしていいか分からなくなるから、な?」

 両手で頬を包まれて、上を向かされる。どうして、こんな大切で優しい人を今まで平気で傷つけてこれたんだろう。

 どうして、何度も傷つけておいて、のうのうと彼に会いに来れたんだろう。

 今なら、分かるよ。どんなに自分の心を受け取られないのが悲しくて辛いか。今まで、なんとなくでしか分からなかった思いが、はっきりと分かるよ。

「ユキノ。泣くな、俺が悪かった」

「ちがっ。ジルはっ、悪くない。わたしが」

 わたしが悪い。今更気づいて、それで泣き出してしまう自分が一番悪い。今まで、知らないことをいいことに、平気な顔でジルを傷つけていた自分が一番ひどい。

「ごめんね。ジル。ジルが、ずっと」

 好きだ、と疑いようもないくらい言い続けてきてくれたのに。

 自分は、たった覚悟が出来ないというだけで、彼の言葉をのけてきていた。好きだと認めてしまえば、あっさりと落ち着く心を見ずに、ただ『恋じゃない』と言い聞かせていた。

 それが何て、馬鹿らしいことだったのか、今やっと気づいた。

「ジルを、幸せになんて出来ない。いつかきっと、ジルを泣かせちゃう。だけどっ」

 どうして、涙が出るの。

「だけど、ジルが大切だよ」

 これまで、そうであったように。これからもきっと、そうだろう。ううん、今までよりずっと、ずっと大切だよ。

「前もっ、大切だって言ったけど。あのときよりずっとっ」

 ずっと大切。ずっと、大好き。

 そう言いたいのに、拒絶されるのが怖くて、手を振り払われるのが怖くて、声が詰まる。息も出来なくて、泣き止むことも出来なくて、ただ嗚咽だけが溢れる。

 何て、情けないんだ。散々ジルのことを傷つけておきながら、自分は傷つきたくないというのか。

「ジルがっ」

 ジルが、ジルが、ジルがっ。

「好きだよ! 大切だよ! 一緒にいたいよっ」

 最後のほうはもう涙に滲んで彼には届かないように思う。叫ぶように、泣くように、伝える言葉はあまりに陳腐で幼くて、彼にちゃんと伝わっているのか不安になる。

 拒絶されるのが怖くて、彼の顔も見れない。『今更何を』と言われるのがイヤで顔を上げれない。だけど。

「そうか」

 たった一言、彼が口に出しただけで安心した。

「ユキノ。顔を、あげろ」

 あげれない、という意味を込めて首を振る。こんな情けない顔、ジルに見せられない。人様に見せていいような顔じゃない、すでに。

 ムリ、と囁くように言うと、仕方ないな、と笑われた。そして体が浮遊する。

「ジっ」

「お前が顔を上げないのが悪い」

 ずっと待っていた瞬間が、今まさに訪れたんだぞ? そのときのお前の顔が見たいと思って何が悪い? と問いかけられて、言葉に詰まる。

 いや、悪いわけじゃないんだけど。

 抱き上げられて、視線が上がる。すぐ下にジルの顔があって、うつむくと額を引っ付けられた。こつん、と小さな音がして笑われる。

「泣かして悪かった」

「わたしが、勝手に泣いただけだよ? ジルは、何も悪いことをしてない」

「いや」

 お前を、悩ませたのは俺の勝手な想いだ。お前が、自覚する前から言い続けるのは、お前にとって負担にしかならないだろうに、止められなかった俺が悪い。

「お前なら、俺の気持ちを受け取れず、悩むことは分かっていたのに」

 ただ、言い訳させてもらうなら。

「言わずにはいれないんだ。お前への気持ちは、口にせず、心に溜めておく部類じゃないからな」

 思ったら、昼夜問わず、お前に伝えたくなる。

「それくらい、好きだ。愛してる。お前のことを」

 じんわりと暖かくなっていく心が、恋の証なら、彼は何と暖かな想いを灯してくれたんだろう。

「ジル。わたしは、ジルと同じように時を過ごしていくことは出来ないし、長い間傍にいることもできないよ。それで、いい?」

 いいわけない。傍にいたい。だけど、どうしても、彼の傍にいれないときがいつか来るだろう。

「納得は出来ない。だけど、遠い未来よりも、俺は今、お前がほしい。お前とともに過ごす時間が、ほしい」

「ジルにしてみれば、すごく短いよ?」

「かまわない。お前がいれば、一日は長い」

 そろり、と伺うように彼は唇を合わせてくる。触れるだけの口付けは、先ほどよりなお穏やかで、安心した。キスが事故みたい、なんて言ってごめんなさい。全然違った。

「わたしは、あっちの世界の人間だから、今までどおりずっと一緒にいることは出来ないよ? 未来は、こっちで過ごすかもしれないけど、最低高校を卒業するまでは、こっちで住めない」

「お前が、俺を好きになってくれるなら、それは問題じゃない」

 わたしを、いつだって甘やかしてくれる彼は、今回もそう言って、わたしにとっての『最善』をくれる。わたしの望むとおりに、わたしをわたしでいさせてくれる。

「ジル」

「何だ」

「拒絶されるかも、なんて思ってごめんね」

 拒絶されるかも、なんて彼のことを信じてなかった証拠だ。今更、そんなこと、と思ってしまったのも、彼の気持ちを信じれなかったということだ。

「俺の気持ちは、きちんと伝わってなかったのか?」

「そうじゃないけど、わたしがあまりにも拒絶し続けたから、心配だったの」

 わたしでいいのかな、とかさ。人間だし、美人なわけじゃないし、スタイル抜群ってわけでも、桜みたいに血が美味しいわけでもない。

「俺は、血は飲まないから最後のは関係ないだろう。あと、ユキノは美人だ」

 あー、ハイハイそうですね、と流すのも恥ずかしくて、彼の視線から逃れるように抱きついた。抱きついてしまえば、彼の並外れた美形を目に入れなくてもいいし。

「ジル」

「今日は、よく呼んでくれるな」

 ジル、ジル、ジル。

 大好きだよ、大切だよ、一緒にいたいよ。

 こんな言葉を頻繁にはいえないから、今日のうちにたくさん言っておくよ。

「それは、勿体無いな」

「だって、恥ずかしいもん」

 ファーストキスはチョコレートの味。(しかもポッキーゲーム)

 なんてムードもへったくれもないんでしょう、という突っ込みはしないようにして、彼に笑顔を返した。



 いつか離れるときが来ても、今の時間がほしいと言ってくれたあなただから。

 ファーストキスの味は、チョコレート、なんてことは一生二人だけの秘密にしましょう。






 ~オマケ~


「何泣いてるんですか」

「だって。だって、ユキノが」

 うわ、うっざという顔をするノアに、ジルが泣きつく。

「やっとだぞ? この数ヶ月、どれだけ俺が我慢したとっ」

「あー、よくも引かれなかったと思います。それは。見てて正直、怖かったです」

 なんとも正直な発言をして、ノアは床に散らばったポッキーを見た。

「あの、参考までにお聞きしますが、魔王陛下はどこまでお行きに?」

「ん? そこの庭までだが」

「お決まりのボケはいいんで、言ってください」

 何を言ってるんだ、お前はという顔をしつつ、ジルは首をひねった。

「まさか、分からないんですか。あなた今年、自分が何歳だと……」

 諦めるような声が響いただけだった。

「それより、お前はどこに行っていた? ユキノが随分怒っていたぞ」

「ちょっと異世界まで血を吸いに」

 なんて勝手な、と呟いたのはどちらだったのか。

 甘い? 甘いですか? 何かジルのセリフはいつだって優しくて甘いイメージ。彼はわたしの作品で一番紳士的で、穏やかで、優しい感じ。

 うん、結婚するならジルだな。という感じです。

 自覚するまでの雪乃は書いててすごく楽しいです。恋かなー、恋じゃないかなーと言いつつ、しっかり女の子になって行く彼女は、なんとも可愛らしい。

 そんな雪乃をジル視点で、デレデレ書くのも好きなんですけど、どうにも変態くさくなってていけない。

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