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優しい魔王サマ  作者: いつき
オマケ・短編
35/40

お蔵入り 03

 お気に入り100件超記念に。

 お蔵入り01のすぐ後くらい。


 ラブラブじゃないけど、あの二人はこういう恋愛の仕方しかできないんだろうなぁ、と思って。

 ジルが不憫すぎて泣ける。

「雪乃?」

「んー?」

 昼下がり、やることもなくわたしはぼーっと外を見ていた。

 魔王サマの私室の近くにこんな綺麗な場所があるとは知らなかった。丁寧に手入れされた中庭が広がり、噴水もある。

 ……本当のところはどうだか知らないが、その幾何学的な感じが由緒あるイングリッシュガーデンという言葉をなんとなく思い出させた。

 本当に、これがそう呼ばれるべきものなのかどうかは知らないが。

「あのさ、ここが異世界だっていうことも分かった。うん、理解してる。それでまた準備ができたら帰れるっていう認識もある。さっきノアっていう人が言ってた」

 あぁ、あの無駄な美形が語ってたねぇ。

 『無理やり連れてきたら壊れちゃいました。直すまで待ってください』って。でもね、桜。それをわたしは声を大にして否定してやりたいよ。

 やつの行動で、『偶然』とか、『たまたま』なんて存在しない。するわけない。ありえない。

 わたしがここに来た時だって、全て計算済みだったのよ。来るかどうかはさておき、来た後その人間が『賢者』かどうかなんて関係ない、とまで言った人間よ? 信頼できるかっ。

「で、少ないながら前回雪乃が来たときの話も聞いた」

 あぁ、聞いたんだ。思い出したいような、そうじゃないような、不思議な体験をしましたとも。ついでに死にかけたよ。

 その代わり、大事なものをもらったけれど。

「魔王様から、雪乃をどう思ってるかも聞いた、よ?」

「はぁっ?!」

 ふーん、とか、へぇ、とか気のない返事しかしていなかったわたしの声が大きくなった。『わぁっ』と桜が仰け反る。そこまで勢い込んでたの? わたし。

「なんっ、今、なに? 何て言った? ジルがっ」

 がたんっ、と席を立つ。ぐるり、と桜に背を向けて顔に手を当てた。

 それ、どういうことですか、魔王サマ。いったいどういう了見で、桜に何を言ったんですか。どういう風に、どんなことを?

「だから、ジルさんが雪乃のことが大好きなんだけど、雪乃はそうじゃないって」

 そうじゃ、ない。

 確かに、そうだけど。そうなんだけどさ、ジル。わたしは確かに、未だあなたのことをそういう対象で見れないけどさ、それをこの友人に言っちゃだめだろう。

 あんたみたいなイケメンが言ったら、わたしが悪者じゃないかっ!!

「でー? 雪乃の言ってた好きな人ってジルさんでしょ? ねー、そうでしょう」

 違うよ、桜。『好きな人』なんじゃないんだって、ただ『笑って欲しい人』なんだって。

「好きって言うか、まだ『好き』未満だよ。好き、だけどそういう『好き』じゃない。好意を持てるっていうだけ」

 彼が、傷つかなければいいと思う。

 わたしは、元の世界でそれなりに楽しんでいるし、少しずつだけど自分の性格を見直して頑張っている。紛れもなく、わたしの世界は『あっちの世界』であって、『こっちの世界』はあくまで異世界。

 まったく別の世界なんだ。わたしの世界に『こっちの世界』が入り込む余地なんてなくて、ただ一度夢のような出来事として、いずれは記憶の海に沈むだけ。

 そう考えているわたしを好きになり、ずっと忘れずにいるというのは、考えただけでも辛いと思う。

 わたしはあっちの世界で生きる。死ぬまでずっと、あっちの世界がわたしにとっての『本当』だから。

「こっちの世界は、あくまで物語の世界なんだよ。ジルも、ノアも、御伽噺の登場人物みたいでしょう。だから」

 彼らを好きになるなんてこと、絶対にない。ありえない。

「わたしはいつか、あっちの世界で恋人を作って、結婚して、子供を生んで……」

 そしてあっちの世界で死んでいくんだ。ジルよりずっと早い時を生き、刹那を過ごす。彼にとっては瞬き程度かもしれない時を、生きるんだ。

「だって、100年生きれないんだよ。わたしたち」

 そんな『人間』といて、彼は幸せになれる? ――答えは否だ。

 わたしは、たとえ一緒にいても彼に幸せは与えてあげれない。エリスさんのように、強くないから一緒に生きようと思えない。泣かれると分かっていて、『生きろ』と彼には言えない。

 わたしも、怖いよ。もし、エリスさんみたいになったらどうする? わたしは、死ぬために生きることはできない。

「ねぇ、雪乃」

 それって、『好き』ってことじゃないの? と桜は笑った。

「そう、考えてる時点で、それって恋じゃないの?」

 恋かどうか、そんなこと分からない。だけどね、雪乃。

「恋かな、って思ったら、もうそれって半ば恋なんだと思うんだ」

 桜はとても優しく、わたしを諭すように言う。まるで、『恋』が何たるかを知っているかのような口ぶりだ。同い年なのに、それが何か悔しい。

「だって雪乃は、ジルさんのことをとても大切に思ってるんだもん」

 ジルさんが泣くのが嫌なんでしょう。ジルさんが、苦しくて辛くなるのが嫌なんでしょう。そうなるくらいなら……。

「好きになんてなりたくないって、そういうことでしょ?」

 好きかどうか、じゃない。そうなりたいか否かなんだ。

 だけど、それが怖くって聞かないように耳を塞いだ。

「違う、よ」

 違う。好きじゃないだけ。好きにならないだけ。好きになりたくないわけじゃない。だから、何もかも分かったようなこと言わないで。

「好きじゃっ」

 好きじゃないだけ。

「そうか。ユキノの言いたいことは分かった」

 そのとき、後ろで声が聞こえた。怖くて振り向けず、しかし抱き上げられて目線を上げさせられる。

「ジル」

「だが、言ったろう? 俺は諦めが悪いんだ」

 涙が零れそうになった。

 笑っているのに、何故か泣いているように見えて、それでも自分の発言を撤回する気にはなれなくて、ただ涙を流すことを耐えた。

 だって、今泣くのはルール違反だ。泣きたいのはわたしじゃない。ジルだから。わたしが、被害者面して泣く資格なんてない。

「何て顔するんだ。お前は何も悪くないだろう?」

 わたしの顔を見て、ジルは痛そうな顔をする。それからわたしを抱いたまま、廊下を歩き出す。もう桜の顔さえ見れなかった。

 ごめん、一人で帰って。送っていくことができない。

 それも伝えられず、ただジルの腕の中に納まっていた。

「ごめっ」

 ごめんね、好きになれなくて。ごめんなさい、こっちで生きていく度胸がなくて。一緒に、生きたいと思えなくて。

「人間で、ごめん」

 あぁ、違う。そうじゃない。

 問題はわたしが人間かどうか、何てことじゃないんだ。ただその『人間』であることを、どのように受け入れるか、だけなんだ。

 たったそれだけのことなのに、わたしにはどうしても難しくて、できない。

 エリスさんのように、人間であることを受け入れて、人でないダンテさんと一緒に生きていこうなんて思えない。

「そういうことを、言うものじゃない」

 それを言ってしまえば、俺は『人』でないことをお前に謝らなくちゃいけなくなる。

「それは、俺にはできない」

 そうだね、そうだよね。だってジルは、魔王サマだもん。そんなこと、言っちゃだめだよ。

 だけどわたしは、普通の人間だから、今だけは『人間である』ことを原因にさせて。ちゃんと、分かってるから、それが原因じゃないってことは。

「ごめん、なさい」

 何に対して謝ってるか、なんて聞かないでね。

「ユキノ」

「ごめんね、ジル」

 今だけ、今だけだよ。こうやって、人であることを嫌に思うのは。あっちの世界に、生まれなければ良かったなんて思うのは。こっちの世界に、生まれてきたかった、なんて思うのは。

 抱きしめて、泣ければいいのに。

 抱きしめて、好きになれればいいのに。

 そうすれば、ジルもわたしも楽になれるのにね。上手くいかないね。

「ユキノ。俺も、先に謝っておこう」

 お前を、諦めるつもりなんかない。

「お前がいくら、あっちの世界で生きようと、必ずこっちの世界でも生きるようにする。俺は、我侭なんだ。一度手に入れたいと思ったものを、手放す趣味はない」

 好きだ。お前が、好きだ。どうしようもなく、聞き分けがないと呆れられても、諌められても止まらない。もう、どうやって好きになったか覚えてない。だから、好きになることを止められない。

 そうと知らず、恋に落ちたんだ。もう、元に戻るすべを持ってない。だから、お前を好きになった俺の感情を否定することだけはしないでくれ。

 認めてくれなくていい。ただ、否定しないでいてくれたら。

 ジルの私室に入り、ぎゅっと抱きしめられる。まるで、自分の中にある何かをわたしに分け与えるかのように、強く抱きしめられた。

 いつだったか、ひどく心配させたときもこうやって抱きしめられたね。

「お前があっちの世界で生きていてもいい。ただ、ときどきこっちで同じ時を生きていってほしい」

 それは、お前にとって負担にしかならないだろう。

「そんなこっ」

 涙で、声が詰まる。上手く声が出ない。あなたが好きじゃないよ。だけど大切だよ。これを、どうやって伝えればいいんだろう。

「お前がいつか、こっちの世界で生きていくのが普通になれば、それは俺にとって喜ぶべきことだ」

 だけどそうじゃないからと言って、諦めたり、後悔するつもりはない。

 ジルは笑って、わたしの目じりに唇を寄せる。流れていない涙を吸い取るように、優しく触れた。この優しさは、何からできているんだろう。

「ジルが」

 好き、なんて言えない。だってその感情は、まだどこを探してもないから。だからその代わり、今のわたしに言える精一杯をあなたに伝えよう。

「ジルがっ、大切だよ。笑っててほしいよ。辛いとか、苦しいとか思ってほしくないよ」

 これが、嘘じゃないっていうのは信じて。今すぐ好きになることは絶対にできないけど、多分これからずっと、好きになることは難しいと思うけど。

「いつもっ、笑っててくれたらいいって」

 そう思う。あっちの世界でも、こっちの世界でもずっと、それは願うよ。ジルが幸せであるように、と。この気持ちに、偽りはないから。

「答えは、未だ出ないか」

 いつか、その答えが『NO』だとしても、彼は怒ったりしないだろう。だけどそのとき、きっとわたしは泣くんだ。そうならなかった、自分を責めるんだ。

 それが分かって、小さく笑う。ジル、わたしがジルを好きになれば、ある程度の苦痛から逃げることはできると思う?

「そういう『好き』じゃないけど、ジルのこと好きだよ」

「俺はそういう意味で、ユキノが好きだ」

 いつか、そういう『好き』をあなたに伝えられたらいいね。全ての悩みを飲み込んで、全ての苦しみを分かって、それで二人で笑えたら、きっと幸せだね。



 大好きなあなたへ、未だ答えは出ないけど。

 この涙は、嬉し涙ということで許して。

 もうそれが恋だって認めちゃいなよ、な雪乃でした。

 恋じゃない、恋じゃないと自分に言い聞かせてる時点で、それは『恋』なんだよーという自覚は未だないのです、彼女には。

 それを薄々感じつつ、ジルは未だ振られるのが怖くて決定打を打てない。

 どっちにしろ、臆病者同士の恋なのです。ただそれがどうしようもなく愛しくて、可愛くて、ノアと桜とはまた違った進み方をすると思います。


 雪乃が観念したとき、ジルはきっと静かに泣くんだと思う。……可愛いなぁ。(親バカ)

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