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優しい魔王サマ  作者: いつき
オマケ・短編
34/40

お蔵入り 02

 2話目ってわけじゃありません。

 書きたいとこだけ抜き出したらこんな感じ。

 押さえつけられた両手首が痛む。それでも泣きたくなくって唇をかみ締めた。半ば意地だったはずなのに、もう他にすることもなくって、ただ目の前の人物を睨んだ。

「離してっ!! 離してってば!!」

 両手を動かし、足をばたつかせる。無駄な抵抗だって分かってる。だけどそうせずにはいられなかった。だってそうしなくちゃ、殺されてしまいそうだったから。

 じたばたと往生際悪く喚くあたしに相手は困ったような、微妙な表情をした。

「賢者とは違い、まぁ、なんと騒がしい……」

 雪乃にも同じことをしたの? 信じられない。人間がすることじゃない……って、この人、人間じゃないんでしたね。そうでした。

 そんなどうでもいいことで自分に突っ込みを入れつつ、相手に噛み付いた。

「騒がしいって、殺されそうになってるんだから、抵抗して当然でしょっ!?」

「別に殺そうなんて――まぁ、思ってますけど」

 その前に、少々味見でもしようかと。

 その言葉にぞっとして、初めて涙が出た。この人、今なんて? 何て、言ったの。『味見』って、まるで人を食べ物みたいに。

 人より鋭い犬歯がきらりと光る。それは紛れもなく、あいつと同じもの。なのにどうして、ここまで嫌悪する必要があるんだろう。この人のそれは見るのも嫌で、あいつのは……見ると体が熱くなる。

 血が沸騰するような、そういう熱さじゃない。じんわりと染み出るような、沁み込むようなそんな熱。それが体中に広がる。まるで、血の流れに沿って巡るみたいに。

「そんなに怖がることもないでしょう? 同じものが、幾度かその身に穿たれているはず。違いますか?」

 首筋を触れられて、びくりと体を振るわせる。

 そこに触れないで。指を滑らせないで。やつの、指は違った。そんな、不躾な触り方じゃなかった。知らずやつの指を思い出していて、赤面する。

 何を、思い出そうとしているの? あたしは。

「ここにも、あぁ、ここにも残ってますね。白い肌には、よく目立つ」

 何か不思議な力が働いているのか、傷はほとんど残らない。ただ名残のように数日、淡い赤色をその肌に残すだけだ。数時間で傷はふさがり、数日で跡形もなくなる。

 それが当初は安心をもたらしていた。だけど今じゃ、物足りなさを生んでいる。

 大きな、傷を残してくれたらあたしも忘れないのに。

「そんな顔を、するんですね? あれに、触られるとき」

「ちがっ」

 何も違わない。違わないんだけどさ。

「甘美な血の匂いは、私達を酔わせる唯一の美酒。これを毎晩堪能できるとは、まったく羨ましい限りです」

 あなたの血の匂いは特別、芳しい。

 ……嬉しくないんですけど、正直。血の匂いとか、自分じゃ分からないし。人間相手に自慢できることでもないし。多分、こっちに来なかったら、一生知らなかった事実ですもん。

「その血を、私に下さいますね?」

 それは了承を得るための問いかけでもない。まして、こちらの了承を得ようなんて、初めから思ってもいないだろう。

「いっ」

 嫌だ、と口に出す前に、ぶつりと肌が断ち切れる音がした。


 熱い、と思う以前に意識が朦朧とする。

 痛みを、覚える前に毎回こうなるんだ……。やつも、こいつも、どうしてこういうときだけ、苦痛から遠ざけようとするんだろう。

 毎度毎度、あたしの心をズタズタに引き裂いていくくせに、こうやって身体的苦痛だけは取り除こうとする。それが腹立たしくて、意識を保とうとした。


「あっ、ーーっ」

 痛さに、目が回る。当たり前だ。あんな太い牙が自分の中にあるんだから。どくどくと流れ出ていく血を感じ、背筋を凍らせた。

 毎回、よく死なないものですね。あたし。血の気が多いほうではないんですけどね。

「~~~っ。いった」

 痛い。痛い。痛い。どうして、こんなに、痛いの。

 早く、終わればいい。それまで、気を失うわけにはいかない。いつものように、やつの腕の中に崩れ落ちていければいいのかもしれないけれど、今回はそうもいかない。

 意識を飛ばして、次の日に目が覚めればベッド、なんてこともないのだ。

「さっさと、気を失えれば楽でしょうに」

 口元を手の甲でぬぐい、この人は目を細めるのか。あたしの血で、その口をぬらして、笑うのか。その手で、牙で散々あたしを蹂躙しておきながら、どこまでも穏やかに口角を上げる。

「美味しい、ですか?」

「ええ、とても」

 噛まれた部分を手で押さえつける。そうすればたいていはすっと傷がふさがるのだ。だけど、今回は違った。手のひらにべったりと血がつく。まだ乾いていない、液体が手をぬらす。

 血が手をすべりひじの先からぽたりと落ちた。ベッドの上に、赤い斑点が描かれる。どう、して??

「何、どうして」

「あぁ、血が止まらないんですか?」

 どうやら、あなたは私の毒が聞かないらしい。

「どういう、こと?」

「簡単なことです。その昔、私たちの祖先は夜、人が寝静まった頃に部屋へ入り、人間の血を飲んでいました。そのために必要なのが、強力な毒です」

 言い換えれば、痛さを『何か』に変換する、媚薬のようなもの、といったところでしょうか。

「痛みを、快楽に変える。同時に、傷をふさぎ、記憶を消す。まぁ、もうそのような力はありませんが、傷をふさぎやすくさせ、痛みを和らげることはできるんです」

 たいていの人間には使えるんですけどねぇ。

「稀に、体質的に合わない人間が出てくるんです」

 何かの作用で、適合しないんでしょうね。

「血が止まらないと、どうなるか分かりますか?」

 にやり、と嫌な笑みが浮かんだ。

「もう少し、味わってみたかったのですが、そこまで執着するような味でもなかった」

 中の上といったところですね。つなぎ止めてまで、飲みたい代物じゃあない。

「あなたに執着する、あれの神経が分かりません」

「分からなくて、結構よ」

 出なきゃ。そう思って、ベッドから立ち上がる。ぐらりと体が傾き、床に膝をついた。もう逃げられないと思っているのか、死ぬのも時間の問題だと思っているのか、あの男は追っても来ない。

 半ば這うように扉を開いて、外へ出た。

「やば……」

 目がかすむ。足もおぼつかない。どうしてか、身体が熱くてぐらりと視界が歪んで、暗転していく。

「やっ」

 死ねない。こんな、あたしの世界じゃないところでなんか死ねない。だって、あっちにはあたしの大切なものがたくさんある。

 家族も、友達もいる。こんな、わけの分からないところで死ねない。雪乃も、きっと心配してる。

 だけどどうして、こんなときにやつの姿ばかり目に浮かぶの。どうして、目の前に彼がいるの。そんな顔、見たことないから想像なんてできないはずなのに。

 夢なんだから、もう少しその綺麗な顔に笑みでも浮かべてよ。いつもみたいに、人をバカにするような笑顔じゃなくて、優しい笑顔でも。

 意識が、なくなっていくんだから、それくらい願ったって許されるでしょ。

「……サクラ」

 呆然と、名を呼ばれたことなどなかったはずだ。その顔が、険しくなることなんてありえない。

 ねぇ、ほら。笑ってよ。あんたの顔、そうすればすごく綺麗なんだから。あの魔王様にだって負けないくらい、綺麗なんだから。

「ノ、ア」

 こうやって、呼んだのも、初めてかな。






「桜、桜」

 呼ばれてる。あぁ、お母さんか。もう少し寝かせてよ。今いいところだったの。イケメンがいてね、自分が異世界にトリップするの。始めは冗談じゃない、と思ってたけど、案外面白いのよ。

 まぁ、気に食わない野郎もいるけれど、それでも傍から見て観賞用にはなるのよ。魔王様はとても優しくてね、雪乃が大好きで……。

「桜っ。お願い、起きて!! お願いだからっ」

 雪乃は、普段は冷たいんだけど、実は優しい子なの。魔王様といると、それがよく分かる。

「桜ぁー」

 そうそう、よくこういうふうにあたしを呼んで。

「桜っ」

 そこまできて、一気に覚醒した。

「雪、乃」

「よかったぁ、死んじゃうかもしれないってノアに聞かされて、それでっ」

 死んじゃったらどうしようかと思ったよ、と泣き声で言われた。

「ノア、ノア呼んで来なくっちゃ。あぁ、かなり怒ってたよー。一人で出て行って、挙句死にかけて戻ってくるんだから」

 でもあんな焦ったやつの顔が見れたんだから、よしとしなくちゃね。

 先ほどまでの泣き声はどこへやら。雪乃はそう言い置いて、部屋から出て行った。

 うとうととする。眠いの、何なの。あぁ、もう……。

「部屋に帰りたい」

「帰せませんね。残念ながら」

 がたん、とベッドの隣で音がした。思いっきり不機嫌そうな声がして、慌ててそちらを向いた。

「ノア」

「いったいどういう了見か、聞いておきましょうか。サクラ。私の頬を張った後、一人で出て行き、挙句翌日死にかけて発見される。しかも、人気のない場所で。

私が通らなかったら、あなたあそこで死んでましたよ? いったいどれだけ」

 そこからは声にならないらしい。はぁ、とため息をついて、彼は眉間のしわを揉み解すように、手をやった。モノクルは外されていて、彼の端正な顔がしっかりと見える。

 真っ赤な瞳がこちらを見ていて、射抜かれているように思えて下を向いた。

「ごめっ」

「謝って欲しいわけじゃありません。ただどういうつもりなのかと聞いているんです」

 その傷、私の一族のものでしょうね。それに、この傷。

「始めからあなたを殺そうとしたようにしか思えない」

 ちろり、と傷が舐められる。びくっと身体を振るわせたのは、それが痛かったからだ。

「痛いでしょう。始めから、傷を残す気だったんですね」

 私に、見せ付けるためでしょうか。

 彼の唇が、そっと傷口に触れられて、それと同時に痛みが和らぐ。これが、毒、だろうか。痛みを和らげ、傷を塞ぎやすくさせるという。

「可哀想に。容赦がない、やつだったんですか」

 まるで傷だけで分かるとでも言いたげだ。あたしには何も聞かず、ただ傷を追う。それだけで、全てのことが分かるらしい。

「確かに、あなたの不注意もありますが、今回は私のせいですね」

 ゆっくり、おやすみなさい。今は休息が必要でしょう。十分に休息を取ったら、お仕置きですね。

 怖いけど、安心する。

 いつも通りの会話じゃないけど、まぁ、いいか。

「おやすみ」

 お仕置きなんて、聞かなかったことにしよう。





「あなたは、本当に心配させてくれますね」

 帰ってこない彼女を探し、一晩中城を歩き回った。見つけたとき、血だらけで心臓が止まる思いだった。それが血への執着か何か、分からないけれど。

「私以外の男の牙を受け入れたなんて」

 彼女が悪いわけでもないのに、腹が立った。

「上書きできないのが口惜しい」

 彼女が万全な状態であれば、今すぐその首筋に牙を埋めて血を飲みたい。啜れるだけ啜って、気を失うまで攻め立てたい。

 それができないのは、ひとえに彼女がすぐ死んでしまいそうなほど儚く見えたからだ。

「また、今度ですね」

 サクラ、あなたを他人に渡すつもりなんてさらさらないんですよ。

 我ながら、執着心が強い。

「逃げられるなんて、思わないで下さいね」

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