お蔵入り 01
続編、というか一番最初はこれを含めて、『優しい~』だったんだよ、というお話です。
1話だけ妄想していたんですけど、絶対続編書かないだろうから、悔しくて1話だけ掲載。
ノアと桜さんの最悪な出会い編ということで。
非日常というものは、日常の中に潜んでいるらしい。
「桜ー。何してるの?」
「いや、雪乃の好きな人はどれだろう、と」
教室の窓から、下校して行く人たちを見る。どれもこれも、友人が言うような目を見張る美形はいない。というか、いるんなら、入学当初に大騒ぎが起こってるはずだ。
いないということは、友人の惚れた欲目というものなのだろうか。
「ここにはいないって」
「じゃぁ、どこで出会ったの? お姉さんに言ってごらん? ほら、どんな人ー?」
しかしこの友人、休日は家にいてばっかりだし、合コンなどをする人間でもない。(する人が珍しいのか?)
ついでに言えば、つい最近まで、そんなことに興味があるようには見えなかった。
「だから、心臓に悪いくらいのイケメンなんだってば。というか、まだ好きかどうかなんて、分かんないし」
そっと、友人は胸元に手を置いた。
知っている。彼女がここ最近、肌身離さず持っているそれが何なのか。体育の授業の後、チラリと見えたのは、深い青の石がついたネックレス。
彼女が装飾品をつけるタイプでないことは知っていたので、少々驚いた。しかし、聞いていいものかどうかも分からず、結局聞けずじまいになっていたのだ。
今もそう、聞こうとして、彼女の微妙な表情に気がついてやめた。
「好きかどうか分からないって」
「だって分からないんだもん」
苛立ったようにそう告げて、眉を寄せた。と、そのとき、まだ残っていた数人の生徒が歓声を上げた。
「ねぇ、校門のとこ見て!」
「何、あの人ー。かっこいいーー」
「誰か待ってるのかな? 誰待ってるんだろー」
ばっと雪乃が窓辺に走りよる。それから壁に身を隠すようにして、窓から外を覗いた。あたしもそれに習って、そっと覗いてみる。
もちろん、身を乗り出したっていいんだけど、友人の手前、どうしたらいいのか分からなかったのだ。
「雪乃?」
「あのさー、桜。裏門から出ない?」
気まずそうに、彼女は笑う。
微妙にその笑顔が引きつっているように見えて、首をかしげた。そして好奇心に負けて、あたしも目を凝らして窓から外を覗いてみる。いったい、どんなイケメンがそこにいるというのだろう。
「わぁー」
思わず声が出た。そして魅入ってしまう。目が逸らせずにいると、ちょいちょいと下から腕を引っ張られた。
「ごめん。桜。……奴に紹介したいとか言ったわたしが馬鹿だった! 訂正する。死んでも奴に桜は会わせられない! たとえ桜がAB型だったとしても!!」
何のこと? と思いつつ、先ほど見た男の姿を思い出していた。
流れるようなプラチナブロンドが印象的な人。光を浴びてキラキラと白っぽく光るのがひどく幻想的で、思わず触りたくなるくらいさらさらと揺れている。
端正な横顔は日本人離れしていて、彼が北欧の辺りから来たのかな、と想像させた。冷たささえ含む白い肌も、不健康そうでちょっと怖い。だけどその恐怖さえ、彼の美しさの一部なんだろうと思わせる。
「かっこいい、というか綺麗な人だね?」
「――そうね。見た目がいい人間なんて、結構ざらにいるのかもね」
雪乃が気まずそうに呟いて、そっと窓の外を確認する。そのときだった。彼がこちらを向いた。
「「っ!!」」
あたしと雪乃が同時に息を呑む。彼の伏せられた瞼から現れたのは、あたしが知る中でもっとも鮮やかな赤色だった。宝石の赤も、夕日の赤も、炎の赤でさえ霞んでしまう、まっさらな赤。
この赤に対抗できる色なんて、もう鮮血の赤くらいしかないんじゃないだろうかと、そっと思った。
「桜、裏から出よう! 早くっ!!」
いきなり雪乃が立ち上がり、手をとって走り出した。
いきなり引っ張られたあたしは、バランスを崩しながらついていく。そしてそのまま靴箱から出て、裏門を目指した。
「どうしようっ」
雪乃の口から、焦ったような声が出て、次の瞬間手を離された。
「桜、先帰って! わたしと一緒にいたらちょっと危険かも」
まさか来たの? いや、でももう来れないって言ってたし……でもでも、さっき見たのって!!
と、雪乃はあたしに分からないことをいくらか口に出し、きっとこちらを睨みつけた。
「と、とにかく、早く帰って! 冗談抜きでヤバイ!!」
「え? ちょっと雪乃。危ないってどういうこと。ヤバイって、それじゃぁ」
雪乃が一番危ないじゃない、と言おうとした瞬間、冷たい風が吹いた。と、同時に腕を掴まれる。……目の前にいる、雪乃以外の手があたしを拘束していた。誰が??
「ユキノ、随分と往生際が悪いんですねぇ」
「桜を、放して! ノア。桜は関係ないでしょう?! っていうかね、あんた! もうこっちとあっちを繋ぐ道なんて作れないんでしょ?! どうやって来たの?? そもそも、何しに来たの?!」
凄い剣幕で怒っている雪乃。
そんな彼女を見るのは初めてで、驚いて目を見開いた。少しだけ冷めたような表情をする彼女だったのに、今はとても感情的だ。いつもの冷静さの欠片もない。
「魔王陛下の御心のままに、ですよ。ユキノ。何しに来たのかは、言う必要がありませんね」
ユキノ、と彼女に呼びかけるこの人……ノア、と呼ばれていたこの人は、雪乃の名前をひどく軽々しく呼ぶ。
馴れ馴れしいと言うよりも、重んじていないとでも言うのだろうか。どこかからかっているようにさえ思える。
「ジルのせいか!」
「よしてください。私はただ、あなたを」
にっこりと、美しい顔が醜く歪んだ。背筋を走る寒々しい予感に、体が勝手に震える。綺麗なのに、この人怖い。
「攫おうとしているだけですから」
「攫おうとしているだけって、軽々しく言うな、この魔王至上主義者!! 鬼畜! 吸血鬼! 帰れ」
「まぁ、魔王陛下至上主義も吸血鬼も正しいから言い返しませんけど、帰れません。あなたを連れて行くまで」
あなたも、何か考えているんでしょう? もう一度、会いたいとは思いませんか?
彼が雪乃にそう問いかけると、彼女は彼を罵っていた声を止めた。そしてがっと顔を赤くして、こちらへ歩み寄る。
「わたしはっ!!」
「もう一度、会いたいでしょう? ユキノ。人は時として素直になることが必要ですよ」
ぐっと腕を掴んでいた手に力がこもり、あたしは眉を寄せた。イタイイタイーーー。すっごい痛いんですけど!
「いっーー」
「ほら、私はあなたの言うとおり鬼畜ですから、あなたが行かないのであれば、この少女の腕を折ることくらい簡単にできるんですよ?
ご友人なんでしょう? しかも、私があなたに追いつく前に分かれてまで守りたかった」
ぎりぎりと力が入れられる。抵抗のしようもなく、ただ声を出さないように唇をかみ締める。
何かすっごい声を出すのが嫌だ! こいつに負けたみたいになるから、絶対声を出してやんない!!
「わたしは、あっちの人間じゃない。なら、もう行っちゃダメだよ。ジルに、まだ答えられるほど明確なものが何もない。桜を放して。腕の一本や二本なら、わたしのをあげるから」
ぐっと雪乃が腕を差し出す。しかし彼はにっこりと笑った。そう、怖いくらい美しく。
「面倒ですね。ここで押し問答するのも。この手は使いたくなかったんですが」
彼が辺りを見回す。当然のように、裏門に人影はいない。
運悪く放課後、運悪く職員会議中、運悪く部活休業……全部、運が悪いだけなの? 本当に?
「わたし、まだ帰ってきて数日しか経ってないんですけど」
「こちらは一ヶ月と半分経ちましたかねぇ。時間軸はバラバラなんですよ。
あなたがたの一秒が一年に換算されるときもあるし、その逆もある。あなたがこちらで一年経っていると感じても、あっちでは十分しか経ってない、とかね」
あなたが帰ったときは、時間を調整したので時間のずれはなかったようですが。
「やはり賢者の力がないというのは、大きいですね。精度がまるで違う。あなたの居場所を探すのに、どれだけの魔力を使ったか」
「こっちの往来で魔力とか言うなーー。というか、使わないでください。いや、本当に」
ぱちん、と彼が指を鳴らした。
長く細い指が、音を奏でた瞬間、自分の包んでいた空気が『異質』のものになったのを感じた。いや、感じずにはいられなかった。どんなに鈍い人間にも分かってしまう。
これは、この世のものじゃない。
「雪乃!?」
「ごめん! あとで詳しく説明するから」
とりあえず、逃げよう。
彼女はそう言って、制服のポケットから何かを取り出して、きゅっと握り締める。
何か鎖がその手からはみ出しているが、一体何を握り締めているのかは分からなかった。ただ手に収まるくらい、小さなものなんだろう。
「ジルは望んでないんでしょ」
「あの人が、口に出すと思いますか?」
雪乃が首を振る。それから決心したようによし、と一回頷くと、顔を上げた。にやり、と彼女が小さく笑う。
「ごめんね! ノア。神のご加護をっ!!」
ばし、と彼に投げつけたのは、多分ロザリオ。十字架がきらきらと光り、次の瞬間腕を放された。
「桜、とりあえず走れっ!!」
手を伸ばされたので、とりあえず握る。そしてそのまま走り出した。目指すは裏門。その門さえ超えてしまえば、こちらのものとでも言うように、雪乃は走る。
「あぁー。もうロザリオ買っといてよかった。安物でも効くんだ」
安心した声を出した瞬間だった。
「ユキノ、私がこちらのものではないと覚えてないんですか?」
ぐいっと襟を引っ張られる。あたしも雪乃も『うぎゅっ』という、何とも言えない声を出した。
「あなたの持っているロザリオ……というものらしいですね、これ。これは効きませんよ? 十字架も」
「どうしてっ!!」
「私たちが嫌うのは、円と五芒星が合わさったシンボルです。あっちではそれが神の存在を表すものですから」
がしっと掴まれたまま、彼は裏門へ向かい、そしてあたしたちを裏門から出した。そして、そこで手を離す。そのときだった、体を支えていた地表がぽっかりと消えてしまう。
「えっ?」
「嘘でしょっ?!」
雪乃が焦ったように彼へと向き直る。
「ノアレス!」
「十字架もロザリオも効きません。残念でした。……まぁ、神のシンボルというだけあって、ちょっと気分悪いですが。
まったく皮肉なものですよ。私と似ている名をもつ神のシンボルが苦手だなんて」
あぁ、図書館通いで知っていたさっ! ノル神という神だろう。――でも、でも~~。
「あのシンボルマークしか効かない、とか書いてなかった」
悔しそうな雪乃の声が聞こえて、それからあたしたちは足元から落ちていく。
ぎゅっと心臓が持ち上がる感覚がして、体の中の血が一気に上へ向かっている気がする。ジェットコースターか、はたまた高速エレベーター、そんな感じ。
「来てよかったです。思わぬ収穫もありましたしね」
彼の紅い瞳が、こちらを向いていたのはただの気のせいだと思いたい。
あたしの日常ががらりと変わった。
……この美形吸血鬼と出会ったその瞬間から。
そして、オマケ其の九の最後に繋がるのでした。……中途半端すぎる。