オマケ 其の六
「私たちの間に、愛なんてないでしょう?」
ノアが楽しそうに笑う。
桜はきゅっと唇をかみ締めてから、握っていた手を開いた。じっとりと汗でぬれていて、不快にしか感じない。それが桜をいらだたせる。
「何が、あるの?」
ノアがまた、ニヤリと口角を上げた。
この時点で気付いておかなければいけなかった。こいつへは注意しても、しすぎるということはないのだと。
「狩るものと、狩られるものの上下関係」
そういうとノアは桜の手を掴み引き寄せる。激しく口付けられて、膝ががくりと折れた。
「絶対に、あんただけは好きにならない」
「知っておりますよ。私も、あなたを愛していません」
またそうやって、口付ける。桜の手がノアの服の裾を掴んだ。ノアの手は桜の頭へと回る。そして左手は腰へ。
「ですがそうですね、しいて言うならば、あなたの血の味を、愛しています」
首筋に口付けられた瞬間、落ちた、と桜は小さく呟いた。
こちらはこちらで何か分からない。
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「とっておきの、夜の過ごし方を教えて差し上げます。いかがですか?」
「この、鬼畜、悪魔、吸血鬼っ!!」
ノアの瞳が怪しく光り、桜は軽々と抱き上げられた。
「いい眺めですね」
そう言って、ベッドへ投げ上げる。
どさりと重く音が響いて、桜の服がふわりと空気を孕んだ。桜が起き上がろうとひじをつくと、すかさずノアが膝で押しとどめる。
「赤く熟れた頬も、潤んだ瞳も、薄く開いた唇も、私を誘っているのですよ」
ぞわり、と頬をなでられた瞬間、桜の背筋に寒気が走る。しかし同時になんともいえない感覚に襲われた。
「あなたの嫌がる仕草は全て、男を煽るモノです。まったく、無意識とはタチが悪い」
「余計な、お世話」
ぎゅっとノアの指の感覚から逃れるように目を瞑る。
しかしそんなことできるはずもなく、ノアの手が上下する度にわずかに肩を揺らした。そんな桜を見ながら、ノアは小さく笑い声をもらす。
「これだから、あなたの血を吸って以来、誰の血も吸えなくなったんです。どう責任をとるおつもりで?」
「あんたに餌付けするのは、あたしだけで十分でしょう」
ぐっと桜の手がノアの手首を掴んだ。ノアは笑みをかみ殺し、桜の手に口付ける。その感覚にさえ、桜は肩を震わせる。
「一つ聞いていい?」
ノアの手が桜の服の裾にかかる。するりと手が入り込んで来て、肌の表面を撫でた。
「どうぞ」
「あんたの心に見合う、血の量っていくら?」
「あなたの血、全てですかね」
あれー。桜ちゃんがただのいじめられっこになっていく。
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「血を吸われてる間だけ、あたしはあんたの一番?」
「そうですね」
くすり、と桜の首筋を舐めながらノアが言った。桜はノアの背中に回した手に力を入れる。
「では吸われている間、あなたの一番は誰ですか」
「そんなの……、わから」
分からないと言おうとした瞬間、ノアの牙が深く穿たれる。
ぎゅっとノアの背中に爪を立てた。意趣返しのつもりで、痛みの分だけ爪を立てる。ジュルリ、と液体をすする音が耳元でした。
「一言で済むでしょう」
「誰だって、言わせたいの」
「『ノア』と、ただ一言言えば、くれた血の分だけ、守ってあげます」
桜の口元が一回きゅっと絞られたあと、恐る恐る開かれた。
この二人を書くと、いっつもこんな感じ。