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優しい魔王サマ  作者: いつき
本編
2/40

夢か現か

 大きい、今まで見たこともないくらい大きな城の門が目の前に立ちふさがる。見上げても、門のてっぺんは見えなかった。

 薄いクリーム色にも似た白い壁。開かれた門。あちらこちらにつく、紋章のようなもの。そのどれもが、正真正銘の城を表している。

 その細部を見やり、我ながらどこで想像しているのかと思う。いや、よく現実逃避含む妄想はしていたけど、これほどだっただろうか。

 それに、そろそろ起きてもおかしくないんじゃないか、と自問する。


 昨日途中だった試験勉強だって結局はしないといけないいんだし……。そんなことを考えていると乗っていた馬が止まった。

 どうでもいいんですけどね、ここに来るまでプラチナブロンドのお兄さんは『魔王陛下』について、ずっと語っていらっしゃいました。

 いったいどれだけこの人、『魔王陛下』が好きなんだろう。と、言うか揺られすぎて腰が痛くていけません。早く降ろしてください。

「さて、まずあの方にご挨拶していただかなければ……」

 そういうが早いか、魔王陛下を愛してやまない(?)プラチナブロンドのお兄さんはわたしを抱上げ、メイド姿(そう、フリルのついたメイド服)の女の人たちに向かって投げた。

 え、と思った瞬間には女の人たちに抱え上げられている。

「丁重におもてなしするように」

 イヤイヤ! 投げたあんたが言うセリフじゃないですから!

 そもそも人を投げるってどういう神経してるのか聞きたいです。悪態をつきたいのは山々なのだが、あいにく気だけは小さいので結局言えずじまい。

 何で夢の中まで我慢してんだろ……わたし。

「承知いたしましたわ。ノアレスさま」

 メイドの一人が顔を赤らめつつそう言い、わたしは抱え上げられたまま一室へと連れて行かれた。


「あ、あのっ!」

 問答無用で服を脱がされ、裾の長いドレスを着せられる。

 手を袖に通され、手際よく背中のチャックを閉められる。緑色の落ち着いたデザインのドレスはわたしのサイズを測ってもいないのにぴたりと体に沿った。

 素人が見てもわかるくらいには高価そうなドレス。さらさらと纏わりつくような触り心地の生地が気持ちいい。

 足元まで覆われてしまう裾には地味になり過ぎないようにか、細かなフリルが使われていた。

 髪はいつの間にか結い上げられ、ドレスと同じリボンで飾られている。まるで……魔法のようだった。

「賢者さま。謁見の間にご案内させていただきますわ」

 一人のメイドが前に進み出て、優雅に一礼した。ふわりとゆれるメイド服と、その身のこなしに心の中で拍手を送る。

 でもさっきから思ってたんだけど、そこにわたしの意思は反映されないんですね? 全くもって。夢のくせに。

 でも、すごくリアルな夢。ドレスの質感まではっきりと分かるなんて。そう思いながら、メイドについて歩く。靴のヒール部分が高くないので歩きやすくて助かった。

「賢者さまが見つかったという知らせは――さぞや魔王さまをお喜ばせになるものなのでしょうね」

 うっとりと、メイドは言った。いや、何がなんだか分からないまま宣言してしまったんですけどね、とは言えない。

 そう思っている矢先、メイドはピタリと足を止めた。目の前にはどこのホテルですか、と問いたくなるような大きな扉。

 簡素な造りかと思えば、装飾のしっかりと施された扉だった。繊細な彫刻の施された取っ手にメイドが手をかける。

「魔王さま。お客さまをお連れいたしました」

 コンコン、と打ち鳴らすと、メイドはよく響く声で言った。

「入れ」

 メイドの声に応えた声はわたしの体を大きく震わせる。とても深く響く声だった。落ち着いて、そしてどこか品のある声を聞いて分かった。


 "この人が、魔王なんだ"と。言われなくても分かってしまうくらいに、その声はその人物を表している。

 いったい、どんな人なんだろうかと、夢の中だと言い聞かせつつ、胸を高鳴らせる。

「失礼します」

 メイドはそう前置きし、扉を開く。

 そしてわたしに目だけで『お入りください』と促した。少し緊張しつつ、前へと進みだす。ちらりと前を見れば、先ほどの美形のお兄さん――ノアレス、さんがいた。

「魔王陛下、ご紹介いたします。私が苦労してお呼びしました、賢者さまです」

「確かに、写真と似ているな」

 恐る恐る、それでも好奇心を押し殺すことができずに顔を上げた。こんな声を出す人はいったいどんな人なのかという、興味に負けて。

 目に入ってきたのは美しい顔だった。ノアレスさんを見たときは人形だと思ったが、この人はなんと表現したら言いかとっさに思いつかなかった。

 少し暗めな赤茶の髪はゆるゆると癖っ毛で、思慮深そうな瞳は濃い蒼だ。

 決して派手ではない、いや日本人に比べれば随分派手な色だが、それでも落ち着いた色の取り合わせなのに、不思議と目は離せなかった。

 額から出た二つの角は重量感があり、それでも違和感がないくらいには魔王さまに似合っている。

 厳しい顔をすれば、それだけで『魔王』のイメージにふさわしい顔立ちだというのに、優しい光とたたえている瞳がそれをすべて否定している。

 どこまでも優しい印象しか受けなかった。

 この人が、『魔王陛下』? 天使じゃなくて?

 そう聞き返そうとしたところで、ノアレスさんが口を開いた。

「今日からこの方には魔王陛下の教育係をしていただきます」

「はい?」

 間の抜けた返事に、ノアレスさんは眉を寄せた。

 何ですか、その目。なんか文句でもあるんですか? と言いたげな目だった。お前こそ何だ!! その目は! と、突っ込みたい気持ちをぐっと抑える。

「そうか。よろしく頼む。賢者どの。俺はジル。ジルベールだ」

 ニコっと、魔王さまは邪気のない笑顔で言う。

 第一印象を裏切らない、優しい話し方だった。そして、このひとは天性の女泣かせだと直感で感じ取る。

 本人が意識せずにこの笑顔を使う、というのはたちが悪い。……なんて、言えませんけどね。

「それ相応の見返りあるのなら」

 ノアレスさんの笑顔が怖いので、喜んでやらせていただきます、と思いつつ、先ほどの自分の発言を思い出して言った。

 ええ、半ば脅されたような感じがぬぐえませんけど、やらせていただきますとも。

 口の中で言いつつ、でも一応賢者ということでえらそうな口なんて利いてみる。似合わない、と自分でも分かった。

「ありがとう」

 これは、反則だと思います。

「ああ、あと……」

 まだ何かあるんですか、魔王さま。

「わざとらしいその物言いは、あなたには似合わない気がするが?」

 ねぇ、ばれてるの? ばれてるのか!! わたしがニセモノだって。

「わ、分かりました」

 そう返すと、魔王さまは満足そうに微笑んだ。……ばれてる、わけではない、はずですよね? 





 結局何も分からぬまま、しかしいくつもの不安要素を残して『客室』へと案内された。

 わたしの部屋の三倍はありそうな部屋を見渡す。ベッドに腰掛けると、体が沈む。柔らかくて、気持ちいい。このベッドで寝たらいい夢見られ……、ってこれが夢だし。

 手触りだって最高だし、まるで、起きているときのような――感覚?

「え――?」

 浮かんできた予想に頭を振る。ありえない。

 でも、一度思いついてしまった考えはしつこく思考に絡み付いて、なかなか消えてはくれなかった。

 そう、『夢ではない』という考えが。ドレスも、ベッドも、今思えばメイドたちの体温でさえ、はっきりと感じられた。そっと、頬に手をやる。

 そして思いっきり横に引っ張った。

「いっ……!!」

 鈍い痛みが走り、動きが止まった。

 ねぇ? 嘘でしょう? ゆ、夢の中だって、痛みは感じる……はず。

 慌てて、脱がされた元の服を手に取る。制服を脱いだときに着た、色気のかけらもないパジャマ。今度こそ、手から力が抜けた。

 パジャマが手から滑り落ちる。"がしゃん"と硬質の何かが床とぶつかる音がする。探ってみて出てきたのは携帯電話だった。

 夕食を食べに一階へ行ったとき、ポケットに入れたままだったことを唐突に思い出す。

 え、じゃあ、これってやっぱり……。

「夢じゃ、ない?」

 時刻を確認すれば『AM 7:00』と映っている。

 メールも、着信もない、ということはとりあえず騒がれているわけではないということか。それともこっちへ来てそんなことできなくなったということか……。

 『AM 7:01』と時計が動いたので、携帯自体が駄目になったわけではなさそうだと安心する。

 え、でもたいていこの場合、携帯なんか使えないのがお約束だったりするのでは……??

 あまりにもリアルすぎる夢の続きだと信じ込ませようとするのに、言うことを聞かない頭は猛スピードで回転している。

 このぐらい緊張状態で勉強すれば成績も上がるんじゃないかと、変な考えが浮かんだ。


 『高一女子 行方不明』


 『事件か、家出か』


 『少女 東雲 雪乃さんは……』


 次々に浮かぶ、新聞の見出しにくらりと眩暈がした。これは本当に、夢じゃないんでしょうか……?

 そのとき、耳に聞き慣れた音楽が聞こえる。友達からのメールが送られてきたときに流れる有名アーティストの曲だった。


『 送信者:桜

  件名 :英語の日本語訳した? 

  本文 :

  今日当てられる日なんだけど、予習した?? 学校行ったら見せて欲しんだけど。』


 シンプルな文面は全くいつもどおりで、だからこそこれは現実なのだと実感した。適当に返事を打って、それから深呼吸する。

 電話で話してみる? ……信じてもらえるわけがないのに?

 そう、パニックになったっていいことはない。だから、落ち着かなければならない。落ち着いて。

「いられるか!!」

 思わず声に出すが、そのとおりで、何をどうすればいいのか見当もつかない。あの人たちに何て言う?

『わたし、違うところから来ちゃったみたいなんで、帰してください。嘘ついてごめんなさい』?

 高々と(気持ちよく)啖呵切っちゃったのに? そんなことより。

「……っ」

 恐い。わたしの身に何が起こっているのか、全くわかっていない。それが、恐くてしかたがない。大体、魔王って何? ……一体、どうすればいいの?

 頭を抱えて、そこでハタと思い当たった。自分がするべきことを。

「逃げよう」

 そう、逃げるのが一番。見たところ、城にはメイド以外の女の人もいるみたいだし、パジャマよりはドレスのほうが目立たない(……はず)。

 本当はメイド服が欲しいところだけれど、そんなことは言っていられない。

 ゆっくりと扉を開けると、幸い鍵もかかっていない。『賢者サマ』は尊敬されているようだし、逃げ出すとは思われていないのだろうか。それに人もいないし、行くなら今しかない。

 音を立てないように、ゆっくりと足を外へ出し、素早く扉を閉める。一瞬だけ魔王さまの笑顔が頭をよぎり、良心が痛んだ。あの瞳は、曇らないだろうかと。



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