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優しい魔王サマ  作者: いつき
本編
19/40

約束ひとつ

 ちらちらと目の前が明るくなるのを感じ目を開けた。いつの間にか寝てしまったらしく、机に突っ伏している。

 ゆっくりと起き上がると、両手を枕にしていたせいか感覚が無かった。

 いつものような……、やわらかいベッドの上でないことに安堵しつつ、わずかに息をはいた。

「いつもみたいって、こっちの方が日常でしょ」

 自分自身に突っ込みつつ、ぐっと背伸びすると体中が痛かった。ここには絹の寝巻きも、メイドもいない。

 ついでに言えば、嫌味を言う美形も、優しいだけの魔王様もいない。そのことを一瞬だけ寂しいと思いながらも、すぐに打ち消した。

「学校、だし」

 パジャマを脱ぎ、かけてある制服に手をかけた。下着を身に着け、シャツを着て、スカート、リボン、ブレザーと順々に、手が覚えているとおりに行動する。

 約一ヶ月ほどやっていなかった動作なのに、すんなりと身に馴染んでいた。

「すぐ、忘れる、よ」

 こんなことばっかりなら、すぐにこの日常に馴染むなら。


 そのとき、メールの着信音が響く。思わず身構えた。


『 送信者:桜

  件名 :英語の日本語訳した? 

  本文 :

  今日当てられる日なんだけど、予習した?? 学校行ったら見せて欲しんだけど。』


 予想していた通りのものが、予想していた時間通りに送られてくる。ある意味、とっても正しいことなんだろうけど、不意に涙がこぼれた。


 ここはもう、あっち側じゃない。


 好きかどうかなんて関係ない。ただいつもみたいに、せめて最後くらい、ゆっくりお茶でも飲みたかった。

 ただいつもみたいに他愛もない話がしたかった。

「っ……」

 ただ――。

「馬鹿だ、わたし」

 今、どうしようもないこと考えたよ、ジル。もしかしたら。

「もし、わたしが、帰りたくないって言ったら」

 ジルはどうしただろうなんて、考えても仕方が無いことを考えた。馬鹿だなぁ、と嘲笑するように呟いて、机からペンダントを取り出した。

 深い色は決してあの人を忘れさせてはくれない。

 この深い蒼はどこまでもあの人の瞳を思い出させて、感傷になんて浸らせてくれない。それをゆっくりと首に着けた。

 制服の下に入れた。

 トントン、と石を制服の上から叩いて、笑ってみる。ひとつ、約束しようか。




「おはよ」

「おはよ、何でメール返事しなかったの?」

「うん、ちょっとね」

 何気ないように言ってから、先に歩き出す。友人と、もう少し親しくしてみるのもいいかもしれない。自己防衛だけでは、この先きっとやっていけないこともあるだろうから。

「勉強した?」

「まぁ。それなりにね」

 常套句のように言って、笑った。いつもどおりの、愛しい日常だった。

「テンション低いなぁ。さては、恋の病かね、お若いご婦人」

「そうだったらどうする?」

 友人のからかいに、サラリと返すと目を丸くされた。

「どんな人?!」

 さてどうやって答えようか。そもそも“そうだったらどうする?”と聞いただけだ。恋ではないかもしれない。恋なんて感情で済ませていいのかさえ分からない。

「すごく、優しくて、お人よし」 

 そして民が好きな魔王サマ。これは言わないけど。


 すべて封印したはずなのに、期待をまだ持っている。

 それがいいことかさえ分からない。でも答えは出してみよう。

 あるかもしれない、再会のために。ないかもしれない、そのときのために。諦めが悪いというジルが納得できるような、少しのことでは動じない答えを。


「ねぇ、あたしの知ってる人?」

「どうかな?」

「それ、どういう意味よ」

 こちらの世界は平和で愛しい。この平凡な日常が何より大切だ。そう気付かせてくれたあちらの世界もまた、何より愛しい。どちらも、わたしにとって大切だ。

「かっこいい?」

「かっこいい、よ」

 でもそれが問題ではなく。

「笑ってほしいなって、思える人」


 だから『忘れて』と言ったけど。もし機会があるなら、会いましょう。

 さようなら、優しい魔王サマ。また会う日までに、わたしは答えを出すと約束します。

 『大切』な人は、どんな人かという、その答えを。――優しい優しい、魔王サマ(あなた)のために。



                                      〜END〜  


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