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優しい魔王サマ  作者: いつき
本編
13/40

ほんの五百年前の話

 十六という年齢に感じられないほど、少女の瞳は愁いを秘めていた。

 生まれてずっと、自分の髪と瞳がわずらわしく思っていた。人より数倍回転の早い頭と、その性格により少女は孤立していた。

 しかし、少女は“寂しい”とは思わなかった。そういう感情を知らなかった。ずっと、一人だったから。



「お嬢ちゃん。そこからは魔物の領域だよ」

「そう、じゃぁ、すぐに行くわ」

「そうしな。見つかったら喰われちまう」

 人のよさそうな男はそう笑い立ち去った。

 少女は小さく『国境の形くらい覚えてるわ』と文句をいい、人間側でない方の領地に足を踏み入れる。

「どっちにしろ、私には関係ないし」

 人間ではあるけれど、この容姿のせいで恐れられる。

 今は帽子とサングラスで誤魔化しているが、これさえとればあっという間に奇異の目で見られてしまう。

 魔族と人間の間で不可侵条約が結ばれてから、百年も経とうとしていた。しかしそのとき結んだ相手の魔王はまだ生きているらしい。

「寿命が長いって、暇じゃないのかしら」

 会ったこともない魔王に同情する。もともと長生きの魔族ではあるが、その中でも魔王は別格、さらに長い寿命を持つという。

 そんなことを考えながら、少女は足を進めていく。

 国境から魔王の住む城はすぐで、ここからでもその白い壁が見えている。『人間に攻撃されても平気っていう無言の圧力かしら』とこぼした瞬間、少女は後ろから殴られた。

 少女の体はあっさりと後ろの男に抱きかかえられる。驚くほど細く、軽い少女の体を男は担ぎ、そして城へと連れ帰った。





「しつこいわね!! 私はスパイじゃないって言ってるでしょ! 大体、スパイが何でこんな目立つ格好してんのよ! 普通に考えておかしいでしょ」

 少女の怒声が大きく響いた。滅多に見せない怒りだとも知らず、少女を囲む男たちはしきりに『怒りっぽい』と零している。

 怒りで赤くなった顔も気にせず、少女は再度言葉を吐き出した。

「私は戦争になったとしても、どっちが勝とうが関係ない。人間が勝とうが負けようが関係ないのよ!!」

 どっちにしろ、自分の居場所なんてありはしないのだから。漆黒の髪と瞳、それが人でも魔族でもないと言われているようだった。

 どちらにも、そんな色合いの人間はいないのだから。似た色を持つ者はいる。しかしこれほど真っ黒なモノを持つ者は滅多に生まれない。

「人間の癖に偉そうに」

「そもそも不可侵条約が結ばれているのに、何故人間がこちらへ入る? 条約違反ではないか」

 機嫌が悪い理由は、もちろんいきなり後ろから殴られたうえに、こんな馬鹿たちの相手をしていることだ、と少女は自分に言った。

 落ち着け、と言い聞かせる。

 しかし少女は抑えきれない怒りをついに爆発させた。

「百年も前の条約、誰が覚えているっていうの? 人間が国境に近づかないのはね、あんたたちに殺されるのを恐れているからよ」

 無性に、腹が立ってる。機嫌が悪いだけでは済まされないほど、怒りが湧き上がっていた。

「勇者が現れれば、条約なんて守られるわけないでしょ」

 条約なんてものを未だに信じてるあんたたちは殺されるの。

 少女の言葉に男たちは反応し、剣を掲げた。その怒りを押し殺すように剣を振り上げる。

 少女はそれを冷静に見つめていた。自分が殺される瞬間でさえ、目を閉じまいとしているようだった。

「それは本当か?」

 しかし剣が少女へ到達することなく、ぴたりと首の前で止まる。変わりに届いたのは、涼やかな声だった。

「あなたね」

 少女は笑う。先程殺されそうになったのを忘れたかのように、少女は笑いかける。

 男たちが一斉にこうべを垂れたのもまた、少女の予想の内なのだろうか、見向きもしなかった。

「ダンテ・リュシラーズ」

「そういうお前は誰だ」

 少女に話しかけた青年は立ち姿も堂々とした、正真正銘の魔王だ。

 ワインレッドの髪はゆるく癖がつき。その間から覗く瞳はどこまでも鋭い。何より目立つのは額から突き出た二本の角。

 少女はまじまじと見て、再び笑った。どこか悪巧みをしているような、そんな笑い方だ。

「エリファレット・メイザス」

 見る者を魅了するような笑顔の後、少女は縛られていた両手をひねり器用に縄から手を抜き出した。

 ついで足を縛っていた縄も数秒で外してしまう。特殊な結び方をされていた縄が、スルスルと解かれるのをその場にいた男たちは目の当たりにした。

「私を助けてくれるなら、この国に繁栄をもたらしてあげてもいいわよ?」

 自らをエリファレットと名乗った少女は魔王を真っ直ぐに見つめた。

 その瞳は絶対の自信から煌き、人を惹きつける力を持っていた。魔王でさえ抗えないほどの魅力を、その瞳は持っていた。

「もし繁栄しなかったら?」

「さぁ? しないなんてありえないから考えたこともなかったわ。

それ今じゃなきゃダメかしら、答えるの。できれば繁栄しなかったときに考えたいんだけど」

 少女は考えていた。

 ――ずっと、ずっと。同じ人間であるにも拘らず恐れられ、虐げられるならいっそ、魔族に取り入るのもいいかもしれないと。

 そうすれば、もしかしたら自分の居場所が手に入るかもしれない、と。

「魔王の、ダンテだ。そう呼んでくれてかまわない」

「エリスよ。よろしく」

 それが出会いで、始まりで、終焉までのカウントダウンの初めの一秒。お互い握った手が、その始まりだった。





「で、エリス。人間間と貿易しつつ、どうして最近あちこちで不穏な空気を感じる?」

「……多分」


 あれから数年した。


 約束どおりまずまずの成果を上げたエリスは『賢者』の称号を与えられていた。しかしここへ来て、何故だか雲行きが怪しい。エリスはその原因をある程度予想していた。

「ダンテ、もしかしたら」

「『勇者』がこちらに向かっているそうです」

 エリスの言葉を遮るように入ってきた情報に、エリスはため息を零した。やっぱり、と。

「エリス」

「いいわ。迎え撃ちましょう」

 エリスの口元が歪む。

 美しい顔立ちゆえに、禍々しさが前面に引き出される。獲物を見つけた美しい獣の姿だった。

「百年経って、廃れてしまうような条約モノを作るからいけないのよ」

 美しく、あくまで笑顔で。

「あなたが死ぬまでもつような条約、結びましょう」

 戦争が嫌いだと言ったあなたのために。たとえこの次に勇者が来たとしても、揺らがないような。

「でも、あなたが死ぬまでよ」

「十分だ」

 それで千年はもつだろう、とダンテは冗談めかしに言った。

「そうね」

 見届けられないのが残念だけど。エリスはマントを翻し、城内から外を見やった。遠い、人間の住む国を見て笑う。

「本当に私が悪魔の娘なら、人間なんてすぐに絶えさせるわ」

 それもいいかもしれない。私を罵り、虐げ、疎んできたのだから。

「俺は人間も好きだぞ?」

「私よりよっぽどそうでしょうね」

 そっと抱き寄せられて、大人しく体を預けた。

 そこまで寂しそうに見えたのだろうか、とエリスは考える。居場所というのは存外温かくて、心地よくて、少しだけ泣きたくなるものだとここ数年で学んだ。

 孤独の意味も、寂しさも、エリスはこの年でようやく知った。

「ねぇ、ダンテ」

 私、あなたのために何かできてる?

「十分すぎるだろ」

 その言葉に『本当の意味で、よ』と小さくもらし、体重をかける。これくらいの負担、何ともないと知っている。

「ダンテ、あなた平和が好き?」

「あぁ」

「人も魔族も幸せだといい?」

「そうだな」

 それを聞き、エリスは嬉しそうに微笑んだ。

「じゃぁ、私は」

 そのためにやることをやるわ。

 それくらいしか、存在意義を見出せないのよ、と今度は寂しそうに笑うエリスをダンテは黙って抱きしめなおした。





 そして数年後、様々な話し合いを経て条約は再び結ばれる。


 お互い戦争をせず、干渉をせず、しかし最低限の友好関係だけは保つ、どちらにも不利益のない条約。

 しかしそれは裏を返せばどちらにも利益がないということ。それに協力した人間が、魔王と手を結んでいると知った人間はその人物を恨んだ。

 何故その頭脳を、同じ人間ではなく魔物のために使うのか、と。

 どうして敵である魔物などに手を貸すのだ、と。そして『賢者』は『裏切り者』と同義語になった。



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