夢イコール異世界(?)
ファンタジーです。苦手な方、ご注意ください。
人以外のもの、人外のもの――悪魔と呼ばれるもの。
それらが飛び交う中、一人いる自分。周りは血の海で、木も枯れ果て、砂もパサパサと水気がない。そこにあるのは絶対の死――。
その中に一人たたずむ自分は、一体何なのだろう。自分が持っている剣には黒々とした血がこびりついている。自分の血でないことは確かだ。
禍々しいほど黒く、振るってもとれることを知らない、わたしを内側から蝕むような血。
『新しい王よ。真の王よ。我は問う。貴殿の名を……』
一人の白髪の男がわたしに膝を折り、絶対の忠誠を示す。わたしはそれを無感情な瞳で見つめていた。そして口を開く。
自分の名を、静かに、それでも高らかに。全てのモノたちへ、知らしめるために。
「わたしの名は……」
東雲 雪乃、それがわたしの名前。
そこではっと、我に返った。いったい自分はどんな妄想を脳内で繰り広げているんだ。
こんなことするのは小学校低学年の男子だろう。今時そんな痛いことする小学生もいないかもしれない。
いやいや、きっとこれが悪いんだ。そう責任転嫁しながら、目の前にあるテキストを見つめた。これのせいで、わたしは現実逃避を開始したのだ。
しかも年頃の女の子にはあるまじきとも言える、色気も何もない妄想。普通、もう少し夢のあるものを想像すると思う。まともな女の子なら。
そして自分に言い聞かせた。
こんなことしてどうするの? 雪乃。ごくごく普通の、そう非凡すぎるくらい平凡な高校二年生のあなたが。
特別勉強できるわけでもなく、特別美人というわけでもないあなたが。
何となく伸ばしている前髪と、適当に整えられているセミロングの髪は今時珍しいくらいに真っ黒で、オシャレさに欠ける。
かといって染めないのは、これといったメリットを感じないから。そんな髪の先をしばらく見つめ、ほっと息を吐いた。
友達は多くもなく、少なくもなく……しかしそれほど重要な存在でもないし、依存しているつもりもない。
いないならそれでもいいけど、いればそれにこしたことはない。一人だと変に浮くから群れてる、それだけの理由で話す人。
ひたすらに目立たぬように、大人しく、それがわたしの信条とも言える生き方だ。この妄想はその範疇を超えている。
自分さえよければ、他人なんて――とか言うつもりはないけど、それに近い感覚は常に持っている気がする。
人はそれをわがままだとか、自分勝手とか……最近では俺様、なんて言うのを知っているし、好かれないことは分かっているから隠してるけど。
十六年、そうやって生活し続けてきて今更、今更この生活に嫌気がさしてきた。何となく受けて受かった高校に、増えるだけの面倒なこと。
今だってそう。明後日から始まる期末試験に向けて勉強中。
チラリ、と助けを求めるように時計を見ると、とっくに日付は変わっていた。それを自覚した途端、眠気が牙を向いて襲い掛かる。
もう、いやだ。
『こんな世界――、イヤだ』
初めて出した、そのセリフ。うとうととする意識の中、その言葉はやけにしっかりと響いた。……響いて、それからまた声が聞こえる。
『……て、ちょう……』
何て言ってるの? 誰が、言ってるの?
『こっちへ、来て……い』
すごく綺麗な、澄んだ声。全く、知らない女の声。
『そんなに嫌なら、こっちへ来て頂戴? 私の、後を継ぐ者を探しているの』
それを最後に、わたしの意識はプツリと途切れた。フワフワと、全てを包み込んで放さないまどろみはいつも通り訪れる。
その最後の瞬間でさえ、わたしの日常だった。最後の最後でさえ、わたしの生活になんら変化など訪れなかった。
変化が訪れるその瞬間まで。
まどろみと同じく、目覚めもまた突然だった。
パチリと目が開き、視界が一気に広がる。そこは、『お花畑』だった。季節のばらばらな、たくさんの花々が所狭しと咲き乱れている。
蒲公英、向日葵、秋桜、菫、桜も、梅もあって呆然とした。そしてすぐに納得する。
夢、だ。我ながら、なかなか乙女チックな夢だな、と感心しながら花を見やる。わたしの性格じゃないと自覚しつつ、花を見るのは嫌いじゃない。
花弁に触ってみても、しっとりとした手触りがあって、とても夢とは思えないほどリアルだった。
「きれい……」
夢の中だから当然か、と思い、半分立ち上がりかけていた体を戻した。夢の中くらい、好きに過ごしても罰は当たらないはずだ。
そう思った瞬間だった。
無数のいななきが聞こえ……って、いななき? 慌てて後ろを向くと、始めてみる"馬"がいた。いや、多分、がつく。
なんたって遠いし。でも上に乗っている人と比べるとこんなに大きいんだ、とか、テレビで見るより早いな、とか、考えても仕方のないことしか浮かばない。
でも、ねぇ……。すっごい速さでこっちに向かってくるんですけど!! 小さかったのが、瞬く間に形を作り、はっきりとした『馬』がわたしの目に映る。それがほぼ一瞬の出来事だった。
え、こんなに早いもんなんですか?! 馬って。
逃げなければ潰されてしまう、と頭では十分なほどに分かっているのに、まるで体は動いてくれなかった。
ただ、硬直するってこういう時に使うんだ、とわけの分からないことを考える。意外に冷静になっているのは、どうしてだろう。
その馬たちが目の前に迫ってきた。
あ〜、夢の中だから死なないんだよね。が、その馬たちは、ピタリとわたしの目の前で止まった。
そしてその馬から一人の男の人が降りて、わたしを見る。がしゃんと重そうな音が響いた。
そしてそれを始めに、次々と同じような音が響く。慌てて振り向けば、四方八方を囲まれていた。え、どうして?
「その黒髪。まさか――本物の賢者さまですか?」
その声はわたしに一番近い人の声だからこそ聞き取れた。だから、後の人が何を言っているのかは定かじゃない。
えっと、ケンジャサマ……? どんだけメルヘンな世界? あ、でも服装は王子様みたいな豪華な感じじゃない。
実用に向きそうな、動きやすそうな、まるで中世の兵士か何かのような格好をしている。
周りの人も似たり寄ったりだが、口々に何かを言っている。
「まさか……。本当にいたのか?」
「偽者では」
「いや、髪が黒い。染めていたとしても、あんなに綺麗に染まるものなのか?」
「ノアレスさまの苦し紛れの虚言ではなかったということか」
聞き取れるのはここまでだ。それをもっと聞き取ろうと耳を澄ませた、が、近くにいた男の人はわたしがなかなか返事をしないことに痺れを切らしたのか、再び口を開く。
「賢者さま、なのですか?」
じっと、みんなの視線が集まるのが分かった。注目されている。わたしの次の言葉が、みんなの心を決めるのだ。夢なんだよね?
なのに、この真剣な目はそんなもので済ませていいものかどうかと考えてしまう。
「賢者さまなのか」
「この目で見られる日が来るとは」
「何百年待ったことだろう……」
そうよ、ここは、わたしの世界じゃない。ここで何を言ったって、学校には何の関係はない、だって夢だもの。
明日からの生活になんら支障をきたさない、わたしだけが見ている世界。
だから、腰に手を当て、まっすぐに目の前の人を見つめる。そして、叫んだ。
「そう、私は賢者だ。お前たちに知恵と幸福をもたらす者!! この力が欲しくば、崇め、奉れ!」
跪く人たちの前で、気持ちよくそれを見てしまうわたしは、どれだけ性格悪いんだ、と思ったのは一瞬。
次の瞬間にはそれは高笑いに変わっていた。あ、デジャヴ、さっきもこんなこと思ってた。そう思うと同時に声が聞こえる。
『最高だわ、あなた。予想以上のことをしてくれる。いいわ、あなたに決めた。退屈しのぎもかねて、ね』
それ、どういうこと?
聞き返そうとして周りを見回す。しかし周りにいるのは男ばかりで、先ほど聞いた澄んだ高い声を出すような人は見当たらない。
気のせいか、そう思ったときだ。全く違う声が聞こえる。
「今の言葉、本当でしょうね?」
上から、そう何様のつもりなのか、そいつは馬の上から聞いてきた。
夢の中でせっかく気持ちよかったのに、それも台無しになる。周りの人からの意味を持たない声はかなり気分がいいものだけど。
「そうだけど、何?」
嘘をついてしまった気まずさを払拭するように少しだけ胸をそらし、言った。いつもなら取り繕うような笑顔を載せる顔が、小さく歪んでいるのが頭のどこかで分かった。
逆光で顔の見えない男――多分男は、すっと馬から降りてきて目の前で跪く。
「お待ちしておりました。我らの希望の星」
そして右手をとられ、そのまま。そのまま口付けられた。もちろん、手に。
その男が顔を上げて、わたしは初めてそいつの顔を見た。
キラキラと日の光を受けて光る、プラチナブロンドは触り心地がよさそうなサラサラショート。
こちらを見つめる瞳は息を呑むほど鮮やかな紅玉の色。端整なその顔は、白を通り越してわずかに青白く感じる。
モノクルをかけているそいつの顔に一瞬見とれ、それから未だ掴まれたままの右手を振り払った。
「……っ!!」
夢だということも忘れて、睨み付ける。それしかできなかった。
今声を出せば、怒りで震えていたことだろうし、顔が赤くなっていくのが自分でも分かった。初めて男の人からこんなことされたので、怒りよりも恥ずかしさが先に立つ。
しかしそいつはわたしの怒りにも、顔が赤いのにも気がつくこともなく(気がついて言わないだけか?)、突然立ったかと思うと朗々としゃべり始めた。
「あなたをここへ呼び出したのは、この私。ノアレス・ルスアルクです。
我らが魔王陛下のために、私が三ヶ月もかかって準備に準備を重ね、やっとのことであなた様を呼び出したのです」
こいつは、えっと魔王陛下、に忠実……? ということが分かるだけで、後は理解できなかった。『呼び出した』?
え、夢の中へってことですか? そう聞き返そうとしたが、あっという間に馬上へと引き上げられる。
「あ、ちょ……」
「暴れると、落ちて死んでしまいますよ?」
綺麗な顔でにこっと笑われると、さすがに何も言えず、わたしはその言葉に従った。
原案者の誉様に感謝!