異世界転生してクビがとぶまでの話
「なぁ、もし何か一つチート級の能力貰って異世界行くなら何にする?」
「……は?」
絶賛大学の春休み。そのとある一日の昼下がり。
長すぎる休みにやることもやりたいこともすでに消化しきって暇を持て余していた俺と友人の遠藤は死んだ魚のような目をしながら朝からゲームに勤しんでいた。
先の発言はその最中、俺がキ〇グボ〇ビーをピッタリカードで遠藤に擦り付けると同時に呟かれたものだ。
「は?じゃなくて。異世界だよ異世界。もし行くならどんなチート能力貰うよ? ……あ、カード全部捨てられた……」
「……チート能力、貰ってもな。俺、人殺しとか絶対無理だし。あと、動物も殺したくないし。……なんか、チート貰ってもあんまり意味ない気がする」
暇に飽きて。ゲームに飽きて。なんでもいいからとりあえず話せる様な話題。
たぶん遠藤はそんなくらいの気持ちでこの話を振ったのだと思う。で、俺も似たような状況だから適当に考えてそんな雑な感じで答えた。
「つーかさ、異世界モノの主人公って結構やばいよな」
「ん?」
「だって、あいつら別に俺らとそこまで違うところないだろ?」
「だな。陰キャなところとかそっくりじゃん」
おい、悲しくなるからそういうこと言うのやめろ。
「でもさ、あいつら普通に人とか動物とか殺すじゃん? なんかそれっぽい理屈振りかざして。お前できる?」
「あー、どうだろ。まぁ、異世界モノの主人公全部が全部そうってわけではないけど……少なくとも僕にはお前が言うタイプの主人公ムーブは無理かな。なんか、理由とか関係なく殺しちゃいけないみたいなのってあるし。そういう風に刷り込まれてるじゃん僕ら」
「それ。だからさ、普通は殺せない。食べるために殺すしかないとか相手が悪い奴で殺すしかないって場合でも、たぶん俺は無理。他の誰かがやってくれるの待つと思う」
「なんかズルいし卑怯な感じはあるけど……僕もそうなるかな……」
「でも、異世界モノの主人公はそういう超えちゃダメな一線?みたいなのあっさり超えるだろ? で、なんかこう……苦悩?みたいなのした感じにして一話もあればすっきりしてるじゃん」
「……僕らには無理っぽいな。人間性捨ててまでチート能力はいらんし……。そもそも僕、異世界で美少女の友達欲しいだけだし。美少女の友達出来ないんだったらチート能力とか何の意味もないし……」
「めっちゃ分かる。めちゃくちゃ年上なのに見た目年齢若干俺より年下なレベルの年齢詐欺してるチョロい吸血鬼の友達とか欲しい。オッドアイでめちゃくちゃ強いけどポンコツで常に自分は凄いんだぞアピールしてくるけどちょっと褒めたらめちゃくちゃ懐いてくる感じだとなおよし」
「早口きっも」
それお前もブーメラン刺さってんぞ。お前が推しについて語ってるときマジでキモいからな。
「うっさい。……つーか、俺らなんの話してたんだっけ? あ、牛歩カード使うわ」
「ごめんて。ディスったのは僕が悪かったからマジでやめて。それで……えっと……何の話だっけ。……あれだ。異世界でチート能力貰うならどれがいい?みたいな。やべ。マジで誰にも追い付けねぇ。これ詰んだわ。あ、ボンビラス星連れてかれた」
「あぁ、そうだったっけ。……で? 俺はそもそも異世界向きの人間じゃないって悲しい結論が出たわけだけど、お前はどーすんの?」
「ん、あー、僕は……時間停止とかいいかなって思ってたんだけど……」
「時間停止って。あれだろ? よくAVとかで出てくる」
「間違ってはないけどそのチョイスはおかしいだろ」
「とか言いながら時間停止の能力ってこと隠してたまに時間止めてエロいことするんだろ? 最低だなお前。死ねよ」
「なんで僕ここまで言われなきゃなんないの? ただ強くてかっこいいみたいな理由で選ぼうと思ってただけなのに。……まぁ、もうそこまで優先度高くないけど」
「いいの? エロいことできなくて」
「初めからそんなつもりなかったっての! ……だってさ、僕ってよく考えたら別に異世界で無双とか興味ないし。むしろ美少女にしか興味ないし。そう考えたらもっと可愛い子とお近づきになれそうなチート能力の方がいいなって」
「洗脳系とか?」
「一番選んじゃダメな奴だろそれ」
「でも、俺らみたいな陰キャが美少女と仲良くなろうと思うとそれくらいはしないときついだろ。陰キャってだけで印象の初期値吐くほど低いだろうし」
冷静に考えてこっちの世界でただのボッチ陰キャだった奴がいくらチート能力あるとはいえ、異世界でハーレム築いてるのって結構おかしな話だよな。なんなら、それが一番のファンタジーまである。
「えぇ、そんなに陰キャって評価低いか? 西園寺さんとか結構僕らが二人で居たら話しかけてくれるじゃん」
「あれはあの人とそのグループが陽キャだからだろ。つーか、あれだ。陰キャが悪いとかそういう事じゃなくて初対面でも楽しく話せるようなコミュ力あるかどうかって話な。んで陰キャの悉くは俺の偏見によるとコミュ力が絶望的にない。聞くけど、初対面のよく分からん奴と仲良く話せる自信あるか?」
「そもそも話す必要ある?」
「そういうとこだよ。どうやって美少女と仲良くなるつもりだよ」
なお悲しいことにこの遠藤の言葉に激しく共感してしまうあたり俺もコミュ力とやらは完全に欠如してるのだろう。
「……まぁ、言い分は分かった。でも、だからと言って自分を変えたいかってなると……それは別にいいかな。なんか、今の方が楽しそうだし」
「……ま、そうなるよな。だから俺らはこんな感じなわけだし」
結局のところ、俺にしても遠藤にしてもそれなりに自分のことを気に入ってしまっているのだ。貴重な大学生の長期休暇を暇だとか愚痴りながら一日中ゲームをして過ごしたり、彼女どころか女友達の一人もいない互いをバカにしてブーメランで死にたくなったり、好きなゲームやアニメなんかについて語り尽くしたり。そういう客観的に見れば結構残念な部類の自分たちのことをわりかし気に入ってしまっている。
美少女と友達になりたいなんて言ってはいるが、それはそのために何か自分を変えたり自分らしくもない行動を取るとかそんなことではまるでなくて、自分の気に入っている自分らしい行動を取ったうえであわよくば友達になれたらいいなぁ程度の考えでしかないのだ。
なんなら、美少女と友達になりたいって嘆くことそのものすら俺らは楽しんでいる節がある。
そんなわけだから、こんな結論しか出せないし出すつもりもない。
「……ちょうど今月で決算だし、余計なことに頭つかって疲れたからちょっとコンビニ行かね?」
「おっけ。……あれ? お前ぶっちぎりの最下位じゃんどうしたの?」
「全部お前のせいだよ……」
◇◆◇◆◇
「……ぇ」
「ん? なんか言った?」
コンビニでジュースやらホットスナックやら弁当やらを買い足しての俺の住むアパートへの帰路。
特に話すようなこともなく、さっさと帰ってゲームしながら飯食いたかったので無言で並んで歩いていたのだけど、不意に遠藤がそう呟いた。
「いや……あれ……寝てない?」
前方、遠藤の指さす先。歩道の横、こちらに向かう車線。
一台のトラックが走っていた。それだけなら何の問題もない。
「……え、マジか」
トラックの運転手が寝ていた。
いや、実際のところは分からない。急な病気で伏してしまったのかもしれないし、はたまた何かしらの衝撃でも受けて気を失ってしまったのかもしれない。
ただ、どちらにせよハンドルにうつ伏せになっているその姿はとてもトラックの運転ができるようには見えない。
「なぁ、あれ……ヤバい……っ」
そして、問題がもう一つ。
俺達とトラックの間にある横断歩道。小学生だろう。ランドセルを背負った少女がそこを渡ろうとしてた。それも全く焦る気配なくゆっくりと。だって、彼女にとって横断歩道を渡る自分が轢かれる可能性なんてあるわけがないから。
「君っ!! 危ないっ!」
遠藤が叫んだ。と同時に走った。
何をする気か。考えるまでもなく分かった。
「……っ」
勢いそのままに遠藤が少女を押し出した。それはつまり遠藤は横断歩道の上に居て、そこはトラックの通り道ってことで。
「……っ」
「……ごめん、遠藤」
だから、俺はその遠藤を引き寄せた。そしたら勢い余って横断歩道の上に出てしまって。
仮に立場が逆だったら絶対ぶちギレてるから咄嗟に謝って。
「……ちょっと……うん。異世界行って来るわ」
笑って流してくれないかなぁなんて思いながらそんなふざけたことを呟いた瞬間、ありえない衝撃と共に俺の意識は暗転した。
◇◆◇◆◇
「……マジか」
衝撃。暗転。目を開けるとそこは異世界だった。
いや、ごめん。分からん。もしかしたら違うかも。でも、たぶん異世界。
だって、なんかもう周りの景色が『それっぽい』。でかいトカゲみたいな生き物が馬車の荷台引いてるし。あと、周りの人間も髪色とか目の色とか全然違うし。たまに獣人みたいな奴もいるし。もうほんと……それっぽい。
「……普通に痛い」
夢オチの可能性を考えてつねった頬は普通に痛かった。夢特有の「あ、これ夢だな」って奴もない。たぶん現実。
「……つまり、あれか。……俺、異世界転移したのか」
いや、死んだっぽいから転生の方か?ま、どっちでもいいや。
「えっと……所持品は……」
色々気になることはある。トラックの事とか。これが本当に胃世界と結論付けてしまっていいのかとか。どこからどこまでが確実にあったことだったのかとか。他にも色々。ただ、今の時点でそのどれもが確認のしようがない事ばかりなわけで、そうなるととりあえずは今できることをやっていくしかなくなる。
「財布にスマホ……あとは……なんだこれ?」
てなわけでスウェットのポケットをまさぐると財布(所持金1254円)とスマホ(圏外)、それから見覚えのない四つ折りにされた紙が。
「えっと……こんにちは。私は女神です。貴方は死にました。どうせ説明を書いたところでお前ら陰キャはやれ異世界転生だ無双だチートだハーレムだと騒いで読み飛ばすと思うので詳細は省きますが、お前には今お前が居る世界で第二の人生を歩んでもらいます。要するに異世界転生というわけです。……マジか、女神」
つーか、心なしか当たりキツイな。陰キャに親でも殺されたのか。
「現在のお前の状況についての説明はこのくらいで十分でしょう。この説明で理解できないのであればお前の理解力に問題があるだけなので文句は言うな。言ったら殺す。他人にばっか責任求めてんじゃねーよカス陰キャ」
……俺なんか悪いことした?そこまで言うことなくない?
「私はお前らが嫌いです。神が気を利かせて丁寧に説明してやろうとしてるのに「あ、ラノベで大体分かってるんで大丈夫っす。それより早くチート能力くださいよ。あるんでしょ?」とかふざけた態度とって異世界に送ったあとに都合の悪いことが起きたら「あの女神!ちゃんと説明しとけよ!」とか抜かす貴様らが大嫌いです。大体、お前ら普段はきょどってまともに人と話せないくらいに私相手だとタメ語なのはどういうつもりですか。私は神だぞ。敬意払えよ。なめてんですか。女神様綺麗ですね、足舐めさせてくださいの一言くらい言えねーのか」
もはやただの愚痴なんだけど。
というかこの人、というか神。出会って来た奴が悪すぎる。ラノベ知識で異世界行こうとする奴とか頭悪すぎるだろ。
あと、綺麗だと思ってもそんな一言いうのは絶対まともじゃない奴だからやめといた方がいいよ。
「あと、お前を異世界に転生させるにあたり、お前がどんな人間かある程度は過去を観察させてもらいました。もし仮に人格が破綻しているような奴だとさすがにまずいからです。結果、お前は軽く引くくらい人助けをしている以外はただ友達が少なくて人と喋る理由がないと喋れない陰キャであると理解しました。これなら何か異世界で悪事を働くとしてもせいぜい小悪党が限界でしょう。よかったです」
よくねえよ。わりとボロクソになじられた俺の尊厳どうなってんだ
「先に言っておきますが、お前に尊厳なんてない」
あるわ。
「さて、そんな小悪党なお前ですが一つ問題があります」
誰が小悪党だ。
「お前の過去を見ていくと、お前が死んだ日、お前は友人との談笑の際にチート能力を貰っても意味がないというようなことを言っていました。身の程を知れよカス虫。お前みたいな陰キャが神の恩恵の一つも無しに異世界で生きていけるわけないだろ。付け上がるな。というわけで必ず何かしらのチート能力は選んで身につけること。あと、お前はお前と友人を似ていると思っていたようですがそれはお前の勘違いです。友人は目元優しいイケメンです。でも、お前は何人か殺してるタイプの犯罪者みたいな目つきをしてます。鏡を見ましょう。あと、現実も(笑)」
(笑)じゃねーわ。張っ倒すぞ。
「さて、大体言うべきことは記すことが出来ました」
いや、言いたい放題の間違いだろ。
「最後に、これから先、身の程も弁えず私に与えられたに過ぎない力で調子に乗ってハーレムだなんだと好きに生きるであろうお前に伝えておくことがあります」
人を侮辱する為だけに枕詞使うのやめろ。
「『アップデート』。この私からのありがたい手紙を読み終わったらそう言いなさい。そうすればお前は望む力を手に入れることが出来るでしょう。……たぶん」
最後ちょっと自信なくなるのやめろ。
というかこれで終わりか。こんな歯切れ悪い終わり方か。
「……ま、なんにしても。……アップデート。……っ!」
一瞬、ぐらりと視界が揺れる。
そして、異世界モノにありがちな『自分にだけ見えるステータス』のようなものが眼前に現れた。
違うのは記された内容。ステータスなら名前だったり年齢だったり体力や攻撃力の数字だったりそういうものが記されていた。けれど今俺の目の前に存在する半透明の青い液晶画面のような何かとそこに刻まれた文字が示すのはこれが女神の言う『神の恩恵』の選択肢ということ。
「生前に積んだ善行によって与えられる善行ポイント(ZP)に応じて自由に自分をカスタマイズすることができる、か」
上部に記された簡単で分かりやすくなおかつ色々と追加の説明が欲しくなるような説明。とりあえず右上にある数字の表記がZPってことで間違いないと思う。その隣にZPって書かれてるし。
「まず目次。で、そこから下は全部カスタマイズするためのオプションってわけね」
軽くスクロールしてみただけでえぐい量がある。こんなの全部見る奴いるのか?そもそも俺、異世界来たからって無双したりとかそういうのは無理だし。というか血が出るのがもう無理。
「……んー」
てなわけで血生臭いことになりそうにないオプションを探す。でも、いざ探すと結構難しい。空間転移とかは便利だし良い線いってたんだけどね。漫画で空間ごと敵の首跳ね飛ばす技とかあったの思い出したのでアウトになった。万が一にも人の首跳ね飛ばさざるを得ない事態になったりしたら目も当てられない。いや、そんなことまずありえないってのは分かってるんだけどさ。
「あ、これとかいいかも」
そんなこんなで探すこと数分。とある魔法を俺は見つけた。回復魔法。習得すれば僧侶とかを名乗れそうなそんな魔法。
どうにもこの世界で魔法っていうのは生まれつきその魔法に適性があるかどうかで使えるかどうかが決まるらしい。で、生まれ持った魔法の適正を磨いていくことで魔法の『格』が上がっていく。
そして、このオプションは才能である魔法の適正から努力で伸ばす魔法の格まで全てZPで解決できる。
ただ、魔法の適正はともかく格を上げるのにはかなりのZPが必要となっている。
「まぁでもなんかかなりZPあるし全部ぶち込んどこ」
というわけで五段階存在する格の最上位までZPで習得。
回復魔法ってのはつまり癒すための魔法だ。これで血生臭いこととかそうそう起きない。むしろこれだけ上等な回復魔法が使えたら血生臭い話を避けられる。俺にピッタリの魔法だ。七割くらいZP持ってかれたけど後悔はない。あと、ついでに『無詠唱』って奴もセットで習得しておいた。効果は読んで字の如く。
「余りは……おすすめ?」
残ったZP。せっかくなので目次にあった身体能力向上のオプションをつけれるだけつけておこうかとそこまでスクロール。すると他のオプションよりも目立つ光る枠で覆われ「おすすめ!」と添えられたオプションが三つ。
「どれどれ……。目つきの矯正……ほっとけ」
おすすめの形で人の容姿ディスってくんな。いらんわ。
「魔力最大量、自然回復量向上。……これは普通に欲しいな」
魔法を使うわけだし、なんか現地人の平均より俺の元のスペックは低いらしいし。取っといて損はない。
「で、もう一個は……不死。……ギリ買えるな」
読んで字の如く。ただ、漫画なんかであるみたいに自動で肉片が集まって再生するみたいなのはないらしい。あくまで死なないだけ。本来は他の身体能力向上系のオプションと組み合わせて使うっぽいけど一応俺は回復魔法を使えるのでまぁなんとでもなる。
「……よし。もう、何にも買えないな」
完全にすっからかんになったZP。
俺はそれを確認してよく分からない満足感のなかアップデートを終えた。
◇◆◇◆◇
「お待たせしました。こちらがギルドカードです」
「ありがとうございます」
とまぁそんなわけで俺は冒険者になった。
というかそれしか選択肢がなかった。
この世界での身分を証明するものなんて当然持ち合わせちゃいないし服装だって上下部屋着のスウェットだったものだからこの世界じゃ浮きまくっているのだ。
見た目で人間を判断してはいけないなんていったところで限度というものがある。
何でもいいから危なく無さそうな仕事をしたかったのだけど雇ってもらうどころかろくに話を聞いてもらえない。ま、もし俺が逆の立場だとしても変な格好した身分の不確かな変な奴が店先で雇ってくれなんて懇願したところで雇うわけないし立派な営業妨害なのだからそうなるのは当然の結果なのだけど。
ただまぁこの世界の人は結構優しい。
一文無しでどうしたものかと途方にくれる俺に一つ助言をくれた。
それがギルドの冒険者ってわけ。身分なんかが曖昧でもなることができて住民や場合によっては貴族や国からの依頼を斡旋してくれる。今の俺にはぴったりのお仕事だ。ギルドカードで最低限の身分は保証されるし、依頼を重ねてギルドの信用を勝ち取っていけばいずれは『ギルド所属の冒険者』という身分で今回あっけなく断られてしまった八百屋さんやらに雇ってもらえるかもしれない。
そんな打算と妥協で冒険者になったわけだが、早速俺は壁にぶつかっていた。
「まさか薬草採取の依頼がないとは……」
駆け出しの冒険者と言えば薬草採取という偏見を持つくらいには俺にとってなじみの深い依頼。
しかし、冒険者の階級別にボードに張られた依頼書のなかにそれはなかった。
慌てて受付嬢さんに聞いてみると「薬草くらい皆さん勝手に自分で採取しますよ。わざわざギルドへの手数料と依頼の報酬なんて割高なもの払って誰が依頼するんですか?」との回答。
なるほどたしかにその通り。ギルドに寄せられる依頼はつまり住民や貴族、それから国が自分で解決することが困難、もしくは金で解決してしまいたいことが中心に寄せられる。自分でもできることをわざわざ無駄なお金を払って依頼しようと考える人はかなりのめんどくさがりかよほどの金持ちか。
ただ、それはそれとしても困った。
見た限りボードに張られた依頼のほとんどは大まかに区別すると特定の魔物を討伐してその一部を持ち込むことで依頼達成となる『討伐依頼』、それか特定の魔物の特定の部位を必要とする『納品依頼』の二種類となっている。どちらも殺さなきゃいけない。
一応、それ以外の依頼もあるにはある。例えば依頼主の商人が別の町に行くまでの安全を守るといった『護衛依頼』。それから指定の鉱物やら植物と思わしきものを獲得し依頼主に渡す魔物とは無関係の『納品依頼』。数は少ないものの良い依頼だ。なにしろうまくいけば死人どころか血も出ない。
惜しいことにどちらの依頼も冒険者になっばかりの俺の階級では受けられない難易度ということになっているけれど。実力も信頼も必要とするであろう依頼だ。まぁ仕方ない。
ともあれ問題なのは俺がまともに受けることのできる依頼がないということ。
俺のような駆け出し冒険者、ギルドの定める階級では『鉄級』に値する冒険者の受けられる依頼は先の討伐依頼、もしくは魔物を殺しての納品依頼のみ。魔物であっても命を奪う覚悟なんて出来ているわけもあるまいし、そもそも女神様に貰ったチート能力も俺のは回復に特化してるから殺そうと思っても殺せるかどうかも怪しい。もちろん昔は剣の世界で神童と呼ばれ期待された少年だったとかそういう過去はないので武器なんてまともに使えもしない。というか重くて持てるかどうかも怪しい。
「なぁおい!」
「ん?」
どれもこれも俺的にNGな依頼ばかり。
かといっていつまで経っても依頼を受けないと今日の暮らしも危ぶまれるしギルドの信用を得るってのも難しくなる。
どうしたものかと悩む俺にかけられた声。振り向いてみれば見た感じ中学生くらいに見える赤い髪に赤い目の少し焼けた小麦色の肌の少年が腰に剣を携えて勝気な笑みを浮かべて立っていた。
「俺がパーティ組んでやるよ!」
「……あー」
めっちゃ上から来るなこいつ。
そんな俺の想いは知る由もなく少年は若干ふんぞり返るようにして言葉を続ける。
「ありがたく思えよ! 将来の聖金級冒険者、フレイ様が組んでやるんだからな!」
「へぇ、聖金級……」
一番上の階級。たしか世界でも三人程度しかいない英雄なのだとか。
なるほど。要するにこいつはその英雄に憧れる駆け出し冒険者ってとこか。じゃなきゃ俺みたいな今日冒険者になったばかりの変な格好の奴に声掛けようなんて思わないだろうし。
「おう! お前は運がいいぜ! あと数年もしたら一時期とはいえ英雄のいたパーティに居たって自慢できるんだからな!」
「はは。そりゃいいね。ことあるごとにその話題でマウントとれるや」
ちょっと都合悪くなったらすぐに「お前、英雄とパーティ組んだことあんの?」って話すり替えてやりたい。
「……マウント?はよく分からねえけど、組むってことだよな!? じゃあ、どれ行くか決めようぜ!」
「あ、ごめん。パーティ組む気はない」
「はぁ!?」
良いリアクション。若いっていいよね。
「なんでだよ! 英雄になる男とパーティが組めるんだぞ! 他に組む奴だっていないだろうが!」
詰め寄るフレイ。近い。近いよ。同性にこんな距離詰められたって鬱陶しさしかないよ。というか組む奴いないってなんなの?俺のボッチ具合って傍目から見るだけで分かるくらい酷いの?
「んー、いや、俺と組んだってそっちに意味ないしさ」
「あ? ……あぁ! そういうことか! お前、弱いんだな! 大丈夫、任せとけって! いざとなったら俺が助けてやるから! 後ろから襲われないように見張っててくれるだけでも別にいいぜ!」
「あー……」
なにこいつ。もしかして良い奴か。
けど、ごめんな。俺のはそういう問題じゃないんだわ。
「……実はさ、殺したり死体見たりとか無理なんだよね。だから組んでも迷惑しか掛けないだろうしやめといた方がいいよ」
パーティを組むってのは考えないでもなかった。
それなら俺が直接殺さなくて済むしいいかなって。
でも、よく考えたらその場には俺だっているのだ。ってことは殺された魔物の姿を見ることになるのは間違いないし、死の瞬間のグロい音や絵面を見聞きする羽目になるかもしれない。勘弁してほしい。断末魔なんて聞いたものなら一月は寝込む自信あるぞ。
俺だってそれが必要なことだってことくらいは理解してる。
殺すなんてかわいそうだ!やめるべきだ!なんて甘いことを言うつもりもない。大体そんなこと言い出したら飯食えなくなる。
でも、自分が直接的にそれに関われるかとなると話が違う。
極論、俺は自分の目の前や近しい存在でもない限りは無関心を貫ける。テレビで報道される事故や事件で死んだ人の名前なんて五分もあれば俺は忘れられる。でも、自分で殺せば、自分の目の前で死ねば、それはきっと一生俺にまとわりつく。
それは無理。マジ無理。
「……は?」
呆けたような表情で俺を見るフレイ。
分かるぞ。お前なんでそんなんで冒険者なったんだよって思ってるんだろ?
俺も思う。なんでだろね。
「色々あってさ。冒険者くらいしか選択肢なかったんだ。ま、そういう訳だから、パーティは他の人と組んでよ。例えば……この人とか」
「あ? なんだお前?」
ギルドに入った時、中に居た冒険者の多くが俺を見た。たぶん格好のせい。
で、冒険者の登録をする間にその好奇の視線は徐々に数を減らし、最終的には僅か数名となった。
今、俺が腕を掴んだのはその一人。受ける依頼でも探してたのかちょうど隣に居たので掴んだ。鉄級、それも駆け出しの俺の代わりと言うと失礼な話だが、たぶんこの人はパーティを組んでくれる。
俺を見る目が好奇のものでも悪意を帯びたものでもなく、ただ純粋に新人を心配するようなものだったから。
陰キャの趣味たる人間観察。悪意や敵意というものに対してはこちとら特に敏感なのだ。過敏と言っても過言じゃない。
「ほら、お前がパーティ組んでもらうんだから早く頼めよ」
「ばっ、おまっ、この人はこのギルドでも数少ない銀級冒険者のグリさんだぞ!」
可愛らしい名前じゃないか。カステラとか作ってそう。
「良かったじゃん。パーティを組む相手が優秀に越したことは無いだろ?」
「バカ! 俺とグリさんじゃ釣り合ってないって言ってんだよ!」
「聖金級になる男が何言ってんのさ。「英雄になる男が組んでやる!」くらい言いなよ」
「殺されるだろ!」
「何言ってんの。見てみなよ、この優しい目を」
「……優しい、目……?」
「おっと、二、三人は殺してそうな目の間違いだった」
改めてよく見ると人相わっる。バカでかい斧背負って体中傷だらけなのも相まってめちゃくちゃ怖いわ。
これ俺より人相悪いだろ。
「おい、ガキ。それで? お前は俺に喧嘩を売りたいのか?」
ガッと頭を掴まれる。
目だけ動かして見上げてみれば件のグリさんが青筋浮かべて俺に笑いかけていた。
「あはは。すみません。優しそうな人だったのでつい口が滑りました」
「優しそう? 俺が? 嘘を吐くならもう少しましな嘘を吐くんだな」
「あ、人相は悪いと思ってますよ。でも、人を見る目にはちょっとだけ自信があるんですよ俺。で、そんな俺の直感が貴方を良い人だと言っている。聖金級を目指す新人冒険者に冒険者としての心得をパーティを組む中で教えてくれるくらいにね」
「……」
「……ダメですかね?」
ついうっかり口が滑った。良い人かどうかは知らないけど少なくとも新人の心配をするくらいの情は持ち合わせている人だ。うまく話を持って行くことが出来ればフレイとパーティを組んでくれるかもと思ったのだけど。
これだから陰キャは良くない。普段まともに知らない人と喋らないせいで口を開くとうっかり余計なことを言ってしまう。
「……はぁ。まぁ、いいぞ。俺も暇だったからな」
「……だってさ」
良かった。良い人で。
「ほ、ほんとですか!? ゆ、夢みたいです! まさかあのグリさんとパーティが組めるなんて!」
「やめてくれ。俺はそんな大した奴じゃない」
明らかに俺を誘った時よりテンション高めのフレイ。そして、困惑気味のグリさん。
ともあれ丸く収まってよかった。
「ありがとうございます。グリさん」
「別にお前の為じゃない。ただ暇だっただけだ」
はいはい。そうですね。
「分かってますよ。じゃ、俺はこれで」
「ん? 待て、お前は行かないのか?」
「……? あぁ。俺、殺すとか死体とか絶対無理なんで」
「…………お前、なんで冒険者になったんだ?」
あはは。ほんとなんでだろね。こっちが聞きたい。
◇◆◇◆◇
稼ぐ手段が見つかった。
魔物を殺さず、そのうえグロいものも見なくて済むようなそんなやり方が。
きっかけはとある一人の冒険者。
フレイとグリさんを送り出し、さぁこれからどうしようかと考えていると銅級らしい冒険者がギルドにやってきた。全身傷だらけの満身創痍といった具合で。
俺のこの世界での計画としては、少なくとも魔法の『普通』をちゃんと把握できるまでむやみやたらに何かをするつもりはなかった。というか怖くてできない。
そりゃあチヤホヤはされたい。なんかいい感じの雰囲気で「仕方、ない、か……」とか意味深な発言しながらかっこいい感じで魔法使いたい。で、モテたい。
でも、そんな理想よりもそれをすることで生じるリスクの方がよっぽど怖い。
例えば、居るか居ないかも分からないけど、世界を裏で牛耳るようなヤバい組織に目をつけられたり。そうでなくても権力者に目をつけられて自由を制限されたり。もうちょっと現実的なのだと回復魔法を使うことを仕事にしている人達の仕事を奪ってしまいかねないとか。それが原因で余計な恨み買ったりとか。
そういうのを考えるとある程度この世界に慣れてこの世界の『普通』を学んでそのうえで必要に応じて少しずつ貰った力は使っていった方が良いと思った。
だから、仕事を探す時だってそういう回復魔法の需要がありそうなところは考えずに動いた。
でも、俺が見た感じだとその冒険者は本当に死にそうな感じだったのだ。
死にかけの人間なんて見慣れてない。見慣れてないから足を引きずって体中に大小傷があって血を垂らしている冒険者に俺は「これ死ぬんじゃないか?」って思ってしまったのだ。
実際、よくあることというわけでもないらしくてギルド内もちょっとざわついていた。
それが余計に俺の焦りとか恐怖に拍車をかけた。
そして、窓口まで行って崩れ落ちるように座り込んだ冒険者が俺にとどめを刺した。
それが限界。
それ以上は耐えきれない。
俺は他人の不幸を一緒に悲しんでやれるような優しい人間じゃないし、困っている人が居れば体が勝手に動いて助けてしまうなんていう性格が底抜けに良い人間でもない。
でも、俺は駆けよった。なぜか。自分の為だ。
俺が、助けられるのに見捨てて殺して感じる安い良心の呵責に耐えきれないと思ったから。だから助けた。他の誰でもない俺の為に。
幸いなことに回復魔法の適正というのはどこにでもあるようなものでこそないものの数万人に一人とかそんな珍しいものではなかった。
で、俺は決めた。ならこれで程よく楽してお金を稼ごうと。
この世界で治療というと一般的には緑色のポーションなる液体を用いて一時的に自己治癒力を爆発的に向上させることで普通なら治らないような傷も治すといったもの。本来はありえない自己回復力を無理やり引き出す為か短時間にポーションを連続で摂取すると期待される効果が発揮されないことがあるそうだ。
冒険者が傷だらけだったのもそれが影響している。で、回復魔法は原理こそよく分かってないらしいがとにかく結果的に『傷を治す』。優れた回復魔法だと奇跡なんて呼ばれ方をすることもあるらしい。
では、奇跡とまでは言わずとも、便利な回復魔法を供給しようじゃありませんか。
気をつけることは多い。そこらの冒険者が使えたとしても優秀ではあるもののおかしくないような程度で、怪しくない程度に治療をできるように『普通』を見極めなければならない。値段もある程度は考えないとポーションを売っている人達に恨まれかねない。
それでもこの世界における回復魔法の立ち位置がまるで分からなかった時に比べればよほど不安は薄い。
そういう意味ではぶっ倒れた冒険者にも感謝しなくては。
「……ま、そんなわけで俺は冒険者から冒険者専用のポーションに転職したわけです。どうですか? 一回復しときません?」
無事依頼を終えて帰ってきたフレイとグリさん。話せる箇所だけ大まかにあったことを話す。そして、ついでに商売。
二人とも大怪我ってわけじゃないけどちょっと切り傷とか打撲とかあるっぽいし治さない?安くしとくよ?
「……回復魔法が使えたのか」
「……お前、案外すごかったんだな……」
「いやぁ、それほどでも。……あはは」
別に凄かない。全部人から、もとい女神からの貰い物だし。
感心するような表情を見せる二人に微かに罪悪感のようなものを抱きつつ、俺は曖昧に微笑む。
「だが……そうだな。そういうことなら一度試しに治療をしてもらうか。いくらだ?」
「お、まいどありー。うんうん。軽傷ですから銀貨五枚ですね」
ぶっちゃけまだこの世界での通貨の相場がよく分かってない。
銅貨の上が銀貨、その上に大銀貨、金貨、大金貨、白金貨、聖金貨とあるらしいってのは冒険者と話をする中で分かったけれど、銅貨一枚の価値やらそれぞれの貨幣の交換レートなんかはさっぱり分からん。十枚で一段階上とかだったら楽なのにどうにもそうじゃないっぽいし。
ただ、市販のポーションってのは大体一つ銀貨十枚前後で売られてるらしい。
で、ギルドに併設されている酒場のビールみたいな飲み物に冒険者が銀貨七枚払ってた。
自然治癒力に依存しない分ポーションよりは回復魔法の方が質は高いと言える。ってことはそれより根が下がるのは流石にダメ。ただ、治す傷の程度によっては価格も変化させる必要があると思う。
そういうわけで当分は軽傷と重傷でわけて値段を設定することにした。
客の反応を見ながら徐々に細かいところは変えていけば大丈夫だと思う。
「まいど、あり……?」
「あっはは。こっちの話なんで気にしないでください」
これ通じないんだな。
勉強勉強。
「じゃ、失礼して。……【ライトヒール】」
高等な魔法になればなるほど詠唱が長くなる傾向にあるらしい。
ただ、これは回復魔法のなかでも初歩の初歩。せいぜい切り傷程度しか治せない。そんな魔法なのでかっこいい詠唱なんてものとは無縁だし、そもそも俺は無詠唱のオプションを習得してしまっているので必要という意味では詠唱はなくてもいい。かっこいいからこれより高等な詠唱の必要な魔法に関しては余裕があれば絶対にするだろうけど。
「……」
微かにかざした手元が光り、それが収まるとグリさんの腕にあったちょっと痛そうな感じの切り傷は一つ残らず消えていた。どうせだし他の箇所のも治せば良かったかな。腕を出されたからついついそこだけ治すようにしちゃったけど。
「……なるほど。ポーションを飲んだ時の倦怠感がない。これが回復魔法か……悪くないな」
「ついでですし他の傷も治しちゃいましょうか。もちろんお金はいりませんから」
「いやいい。技術を安売りするな」
別に気にしなくていいんだけどね。
グリさんは人の善意に付け込むタイプに見えないし。むしろ付け込まれるタイプじゃん。
「そうですか。フレイは?」
「今日の傷は勲章だからな。治さなくていい」
「そっか」
出来ればもう一稼ぎと行きたかった。
まぁでもこの一時間くらいで銀貨三十五枚も稼げたし別にいっか。受付嬢さんにおすすめされた安くてサービスの良いらしい宿は一泊銀貨三十枚。泊まるだけならなんとかなるだけ稼げてるし残りでご飯でも食べよう。
「じゃ、俺はこれで。また明日」
うんうん。貰った能力のわりにはしょぼいことしかしてない気もするけど、異世界生活なんとかなりそうかな。
明日も稼げますように。スウェット以外の服が買えますように。
◇◆◇◆◇
王選騎士団、団長。この国の最高戦力、そのトップ。
それが私、アズサ・ヒロツカ。
もう思い出すのも難しいくらい昔の話、私は『贄』となった。
そして、女神の定める輪廻ルールによってこの異世界で奪われた人生のやり直しをすることになった。
それから今までそれなりに色んなことがあって今の立場に落ち着いている。
「レイン。ギルドに変な格好で黒髪黒目の回復魔法の使い手が居るはずよ。連れてきなさい」
私の仕事はこの国を内部から外部から守ること。
一人でやれないこともないけれど、数が居た方が便利には違いない。だから、それなりに使える人材の確保も大切な仕事だ。
それに異世界人を野放しにしてくわけにはいかない。
「変な格好、ですか……」
「そうよ。変な格好で黒髪黒目の回復魔法の使い手」
レイン。男にしては少し長めの銀髪と切れ長で緑の目が特徴の男。私の部下。
その整った顔に疑問を浮かべ確認するように繰り返すレインにもう一度私は同じことを言った。
「あぁ、それから」
「……?」
「手っ取り早く勧誘するなら貴方が死ぬのが一番よ。それを放っておけるほど他人に無関心な人間ではないから」
「自殺、ですか。したことは無いのですが、渋られてしまった時は試すことにします」
「……冗談よ。やめなさい」
いや、実際一番手っ取り早い方法ではある。あるのだけど、だからといってそれを強要するつもりはない。
真面目なのは良いけれど、冗談の一つも通じないというのもそれはそれで……。
「とにかく、どんな手を使ってでも連れてきなさいということよ。あれは遊ばせておいて良いようなものじゃないのだから」
「かしこまりました」
異世界人というだけで放っておくわけにはいかない。
野放しにしておけばどんな問題を引き起こすか分からないからだ。
だから、手元に置いておく。それができないなら殺す。
「今回は、どっちだろうか」
レインが去り、私以外の誰もいない部屋。
だから私の独り言は誰にも拾われることなく、空気に混ざってそのまま消えた。
◇◆◇◆◇
お風呂がない。
異世界で最も絶望した瞬間だったかもしれない。
異世界転生から女神の存在、チートにギルド。わりと色々そのまま受け入れてたつもりだったけど、体を暖かいお湯で洗えないって聞いた時は困った。
王族や貴族なんかだと普通に入ってるらしいけど、平民は普通『浄化魔法』とかいう汚れや呪いなんかを消す魔法の込められた魔法具とやらで清潔感を保つのだとか。
魔法具ってのは込められた魔法を魔力さえ注げば誰でも使うことのできる便利アイテムのことでライトなんかにも使われている。
浄化魔法事態はそこまで珍しい魔法ではないらしいけれど、もちろん俺はそんな魔法の適正持ち合わせてないので宿で浄化魔法の魔道具を借りる羽目になった。無駄な出費。しかも、たしかにさっぱりはするけどこれじゃない感が凄い。
「というわけで水を出せる魔道具と火を起こせる魔道具を買う目標を立てた。後者は熱を起こせる魔道具でも可」
てなわけで翌日、ギルドを訪れてすでに来ていたフレイの隣に腰かけそう宣言する。
「お風呂って……お前、貴族かよ……」
「そうだったらなぁって思ったことならある」
「願望は聞いてねぇよ。大体、コップ一杯の水出すだけでもそこそこの魔力がいるのに風呂なんて無理に決まってんだろ!」
「まぁそこはほら。時間かけてさ」
「無理だっての!」
たぶん、チートのおかげで魔力量は人並外れてあると思うからなんとかなると思う。
ま、実現できたらフレイも呼んでやろう。
「そもそも、他にもっと買うものあるだろ!?」
「……? 例えば?」
「装備だよ! お前一応冒険者だろ!? 昨日はとりあえず冒険者登録だけしに来たのかと思ってたけど、なんでそんな変な服しか来てこないんだよ!」
変とは失礼な。凄い楽なんだぞ、このスウェット。
「や、でも俺たぶん一生依頼とか受けないからさ。基本ここで座って怪我した人が来るの待ってるだけだし」
装備ってのはつまり防具だったり武器だったりのこと。闘うわけでもないのにそんなもん買ってどうするよ。悪目立ちしてるっぽいから服に関してはたしかに何かどこでも売ってそうな奴を探して買うべきだと思うけど。
「ま、それはともかくさ。……依頼、受けなくていいの? 結構人集まってるっぽいけど」
「あっ、やべっ。良い依頼見つけるために早くに来たのに!」
ボードの前でたむろする冒険者。それを指さすと慌てたようにフレイがその輪に走って入って行った。
朝から大変なことで。もし、怪我して帰ってきたらサービス料金で治してあげよう。
◇◆◇◆◇
「すまない。少し時間を頂いてもいいかな?」
ボード前の依頼争奪戦。それが終わり、目に見えて人が減ってすっきりしたギルド内。机に突っ伏して暇を持て余す俺に声がかけられる。振り向くとイケメンが居た。
少し長めの銀髪に切れ長の目。知的に光る緑の瞳。それからすらりと伸びた長い手足。
非の打ちどころのないイケメンだ。強いて言うならイケメンなところが気に喰わないくらい。
「個性的な黒の衣服。黒髪黒目。間違いない。君が例の少年だね」
俺達の無言を肯定と受け取ったのか口を開くイケメン。
なーんか面倒事の匂いがするなぁ……。
つーか、例のってなんだ例のって。俺まだこの世界二日目だぞ。
「……あー。その……何か御用で? 怪我してるなら治しますけど」
「あぁ、そうだね……」
と言いながら懐からナイフを取り出しそのまま左腕に勢いよく突き刺す。
そして、穏やかな笑みを浮かべながら血の滴る腕を俺の前に出して言った。
「せっかくだ。治してもらおうか」
「……あ、はい」
こいつ頭大丈夫かな?
「【ライトニングハイヒール】」
さすがに昨日グリさんの腕の切り傷を治した程度の魔法じゃこの怪我はキツイ。
となればもう一段階上の魔法が必要となる。
「……うん。完璧だね」
「……はは。ありがとうございます」
傷一つ残っていない腕を満足げにさするイケメン。
ご満足いただけたようで何よりですよっと。
……けど、これミスったな。いきなり奇行にはしるものだからびっくりして治しちゃったけど、完全にこっちの力量測られてんじゃん。
ちょっと治しきれないくらいの方が良かったか?何企んでるのかさっぱりだし。
「名前。聞いてもいいかな?」
「……両親に知らない人に名前教えちゃダメって教育されてるので」
「これは失礼した。私はレイン。ただの騎士さ」
「騎士、ですか?」
騎士。騎士ってこの世界でどういう立ち位置なんだろ。
何となくのイメージだと国とかの権力者に仕えてるって気がするけど。なんか嫌な感じがする。
「見えないかな?」
「……いや、凄いしっくりきますよ。それで、そんな騎士様が一体何の御用でしょう?」
聞きたいような聞きたくないような。
でも、目的を聞いておかないと迂闊に喋るわけにもいかないし。
そもそも、俺まだこの世界二日目だよ?そんな目立つようなこともしてないじゃん。なんで明らかに俺に狙い定めて探しに来るような人が居るのさ。おかしいじゃん。
「上司の命令でね。優秀な回復魔法の使い手がギルドにいるはずだから迎えに行ってくれと頼まれたんだ。特徴も回復魔法の腕も一致している。君で間違いない」
「……残念ですけど、俺ではなさそうですね。俺の回復魔法は優秀と言うにはお粗末なものですから」
「では、ここで私が死にかければ君の実力がはっきりするね」
「……っ」
こいつほんと頭おかしい。
何のためらいもなく自分を刺しやがった。
それも左胸。そういうことに詳しいわけじゃないけどそれでも分かる。そこは死ぬ。
「…………なるほど、たしかに君は団長の言うように遊ばせておくにはもったいないくらいに優秀らしい」
もちろん慌てた。詠唱は当然省いた。光が包み傷一つない姿へと戻ってイケメンはふっと笑みを浮かべてそう小さく呟いた。
なにわろとんねん。
◇◆◇◆◇
「お前には二つの選択肢があるわ。私の部下になるか死ぬか。どちらがいい?」
「……それ、実質一択じゃないですか」
レインとかいうイケメン。
着いてきてくれないなら死ぬとかいう最低な脅しをかけられて連れていかれたのはバカでかい建物。
その時点で嫌な予感は膨れ上がっていたけれど、案内された部屋で目の前の女と相対してこんな言葉を吐かれたものだからいよいよ確信した。
自由な異世界生活は今日で終わり。さすがに早くない?まだ二日目なんですが?
「死にたいの?」
「それもしかして貴女の部下になるの死ぬよりしんどいって意味だったりします? それならもうちょっと真剣に考えさせてほしいんですけど」
「まさか。そんなことないわ。レインがよく言ってるもの。アズサ様と居ると天国が見えるって」
「過労死一歩手前じゃないですか」
名前はアズサ。黒髪黒目だからもしかしたらって思ってたけど、同郷の可能性が高まったな。
普通にこの世界にもそういう名前の人が居るだけかもだからはっきりとは分からないけれど。
「それで? 私の部下になるってことでいいの?」
「その前に一つ聞きたいことが。どうやって俺を見つけたんですか?」
「お前は知らないかもしれないけど、相手の魔法を詮索するのはマナー違反よ」
「つまり情報網が優れてるってわけではなくそういう魔法を持ってるってことですか。で、俺がマナーを知らないことに理解があるってことは俺が元々この世界の人間でないことも知ってると考えるべきですかね」
「……次、くだらないことを言ったら殺すわ」
ひぇっ、おっかない。
せめてこのアズサ様とやらが同郷出身かどうかだけでも確認しておきたかったんだけど、変なこと言うとクビがとびそう(物理)だ。
「お前は今日から私の部下よ。何も知らないまま連れてこられたことは知ってるから教えてあげるけど、私はこの国を守る最硬の盾にして最強の剣である王選騎士団団長、アズサ・ヒロツカ。つまりお前は今日から王選騎士団の一員というわけよ。回復魔法が得意みたいだからそれを活かしてもらう。分かった?」
アズサ・ヒロツカ。
名前的にやっぱり……。
「分かりました。で、その名前、やっぱり団長さんは俺と同郷ですか?」
「ずかずかと女性のプライベートに踏み込むのは感心できないわね? 一度頭を冷やしてあげましょうか?」
「全身氷漬けにされるとかいうオチが見えたんで遠慮しておきます」
「残念だけど私、水魔法は使えないの。だから、逆さに吊るして頭から冷水につけてあげる」
「それなんて拷問ですか?」
凍らせるのに使うのは水魔法なのか。派生みたいな感じなのかな。
「でも、まぁ、あれですね。わざわざ故郷を隠すなんてよっぽど生い立ちが複雑か言ったら面倒なことになるかくらいでしょうし。団長さんはたぶん俺と同郷なんでしょうね」
隠すってことは外で聞いても答えを得られる可能性は低いと考えた方が良さそう。これは魔法に関しても同じことが言える。
一応は断る選択肢がまともに用意されていなかったとはいえ、これから上司になるような人なのだから少しでも多くのことを知っておきたい。
特に魔法。さっきから部下になることの確認を取ってきているけれど、もし団長さんの魔法がその問いにイエスで返すことで隷属化するとかいうタイプの魔法だったらさすがに笑えない。そんな魔法があるか知らないけれど警戒するに越したことは無い。
同じような理由で名前を教えるのも避けたい。名前を知ることで相手を支配する魔法とかもファンタジーだと割とあるような魔法だし。
そもそもこの人、俺の事をたったの一日で見つけたわりには俺の事言うほど知らないんだよなぁ。レインが俺に名前を聞いたってことはたぶん名前も知らないんだろうし。
でも、なぜか異世界人ってことは知ってて回復魔法を使えることも知ってる。
状況から判断するに情報を収集する魔法というよりかは映像を収集するような魔法だろうか。
それなら俺が回復魔法を使えることを知っていてもおかしくないし、逆に名前は誰にも一度も名乗ってないので知らないのも頷ける。
ただ、それだと俺の回復魔法が致命傷でもあっても普通に治せるレベルだと知られていたことが腑に落ちない。
とまぁ、バカなりに色々考えつつ探りを入れる。
殺すって警告されたけど、こればっかりはやらざるをえない。何も分からない人の下につくとか怖すぎるし。
「……心配しなくても私の部下になることでお前が私に隷属させられることは無いし、お前の名前を知ったところでお前を隷属化させる魔法なんて私には使えないわ。そんなものなくてもお前はすでに私の部下兼奴隷よ」
「最後の聞き捨てならないんですけど」
心を読まれた?
いや、だとすれば俺のことなんて大概何でもわかるはず。名前を知ったところでという発言から現状団長さんは俺の名前を知らないと推測できる。そこに矛盾が生じてしまう。
「……俺の名前分かります?」
「興味がない。それに私に読心の魔法は使えないわ」
「そうですか」
本人否定してるし、やっぱり心を読めるなら名前も知らないのはおかしい。
…………ダメだ。魔法についてはそもそも俺の知識が薄すぎる。とても絞り込めない。
「ま、それはともかく。同郷かどうかくらい教えてくれたっていいじゃないですか」
「お前、しつこいわね?」
嫌がっている。でも、否定はしない。
もし、何か出身を言えない理由があるのなら、一言「同郷でない」と否定すればいいだけなのに。俺がそれを信じるかどうかはともかく違うならそう言えばいい。
そういう意味ではやっぱり団長さんは俺と同郷と考えてほぼ間違いない。それはつまりあの口の悪い女神さまに何かしらのチート能力を貰っているということ。
ただ確証がない。それが気持ち悪い。
「……はぁ。分かりました。そんな目で見ないでください。胃がキリキリします」
向けられた本能が危険信号を発するような視線に両手を上げて降参のポーズ。
そして、続ける。
「もっとすべき話をしましょう。例えば、俺は団長さんの部下になるわけですけれど、一体お給料はいくらもらえるのかとか」
「一月で金貨十枚。ちなみに冒険者の月に稼ぐ平均は金貨三枚もないくらいよ?」
なにそれめっちゃ高給取りじゃん。いまいちお金の価値分かってないけど。
「金貨十一枚になりませんか? その分ちゃんと働きますから」
「お前、通貨の価値が分かっているの?」
「いや、かなり曖昧です。けど多いに越したことはないかなって」
「……はぁ。まぁ、それくらいならいいけれど」
ため息一つ。食い下がられるのが面倒だとでも思ったのかわりとあっさり要求を呑んでくれた団長さん。
「やった。まいどありー」
「使い方間違ってる。あと、先に言っておくけど給料の分は死んでも働かせるから」
「……」
「……なに?」
「いや、この世界でまいどありって言っても意味通じなかったんですけど団長さんは特に知ってるんだなぁって」
「……」
「……」
「……そう。ふふっ……あはははっ」
「そんなに面白いこと言いましたかね、俺」
「えぇ。とっても面白いわ。全部どうでもよくなるくらい」
にこやかに笑う団長さん。
このあと俺は雇われて五分足らずでクビになる(物理)とかいう超貴重な体験をすることになった。