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0.65 過日 けたたましく鼓動が鳴く


『いやだ』

『たすけて』

『いっしょにいて』


『ねえ』


『きいて』


『きいてててててててててててて』


「っ、ぐ……ぅうう…っ!」


 脳みそが揺さぶられる。

 立っていられない程の目眩がオレを襲って、無防備になった五感全てに奴の聲が流れ込む。


 口に唾が溜まって、思わず奥歯を強く噛んで無理矢理喉の奥に飲み下す。


 マズい。

 このままだと。

 身体が言う事を聞かなくなるかもしれない。


 オレは手探りで通信機のスイッチに手を伸ばした。

「4番……、こちら、6番! 3番が交戦中、応援を————」

『あああああああ』


「————うっ! ぐ……」


 頭を思わず押さえ込む。

 オレはそのままよろけて、地面に勢いよく突っ伏した。

 顔から前のめりになって、コンクリートの床に頬を擦り付ける。


 痛い。

 動けない。

 金縛りにあったみたいに。


 ドンッと、地面が揺れる。

 頬を伝って激しい振動を感じる。


 同時に、首筋を奴の聲がヌルく撫でる。


『いたい』


 ゾッとする。

 なのに拒めない。

 (へそ)の下から脳天にかけて、神経が抜き取られる。


『いたい』


「うっ、」


『あいたい』

『あいたい』

『あいたい』

『あいたい』


『あ   あ   あ   』     


 息が止まる。


 オレは必死だった。

 震えて言う事を聞かない手で音叉を鷲掴んで、ところ構わず叩いて、口に咥えた。


 なのに。


「っ、」

『    』


 聴こえない。

 音叉の音が。


 比べ物にならない程大きな聲に全て掻き消されて、同調も共鳴も、全て拒絶される。


「うぁ…っ!」


 シノさんの声と、恐らくシノさんが床に転がる様な、地面を掠る音だけはっきりと聞こえるのに。


 どうして。

 焦る。


 肝心なものが聴こえない。


 悔しくて奥歯を強く噛みたい。

 それさえも許されない。


 なんで。

 なんで、なんで、なんでっ…!


 視界がぼやける。

 シノさんを見る事さえ、身体が許さない。


「うっ……ぁ」


 もう一度シノさんの声が聞こえて、無理矢理、身体を微かに動かす。

 視界の端で、シノさんのシルエットが見えた。

 シノさんが地面に倒れ込んでいる。

 そして、何か、恐らく奴の本体が、ゆっくりシノさんに近付いていく。


 ああ、シノさん。

 シノさん。


 息ができない。


 ダメだ。


 奴が身体をしならせる。

 何本もある腕が振り上げられる。


 やめろ。

 遠くに連れて行くな。


 シノさん。


 オレの相棒なのに。

 何も出来ない。

 こんな酷いことがあってたまるか。


 ダメだ。

 シノさんはまだ。


 オレと一緒にいてくれなきゃ。


 細長い、蠢く奴の腕の切先(きっさき)が、シノさん目掛けて何度も振り下ろされる。


 ダメだ。


 嫌だ。嫌だ! 嫌だ!

 シノさんを連れて行くな!


 もう、一人になりたくない。


 オレを置いて行かないでよ!!


「ああああああっ! くそっ!! やめろっ…! やめろよおおぉっ!!!!」


 全身の力が限界を超えて出力されていたと思う。

 手元に落ちていた音叉を感覚のない手で鷲掴んで、無理矢理投げる様に地面に叩き付けて柄を咥えた。


『あんたに置いて行かれたくない』

『いやだ!』

『しぬな!!』

『てを離すなよ!!!!』


「『シュンさん!!!!』」


 叫ぶ様に聲を発したのか、実際に叫んだのか。自分の事なのに分からなかった。

 けれどその聲が、揺さぶられていたオレの脳を静止させて、オレの感覚を一気に現実に引き戻したのは確かだった。


 全身に一気に血流が廻り始める。

 痺れていたところに感覚が一気に戻ってくる。


 大きく息を吸った。

 動き出した足を踏み出して、オレは思い切り走り出していた。


 目に見えた光景は悲惨だった。

 無防備に転がったシノさんの腹をめがけて、奴の腕が何本も束になって。

 今まさに、振り下ろされるところだった。


 頭が真っ白になった。


帰れ(死ね)


 オレは謂った。

 そしてそのまま、人間の体にもう一体人間がくっついたような、奴の連結部めがけて強く突進した。


「くそっ!」「ぐぎゃ、」


 柔らかい胴体に体ごと突っ込んだオレは、奴と一緒に倒れこむように地面に叩きつけられた。

 奴の聲が止んだ。


「レン!!」


 シノさんの声が聞こえた。


 オレも起き上がろうとする。

 けれど、足が言うことを聞かない。


 奴がゆらゆらと起き上がるのが視界の端に見えた。


 オレは必死に、腹ばいになって、腕の力だけで奴から離れようとする。


 その時だった。

 体がいきなり宙を浮いたような感じになって、目の前にシノさんの顔が現れた。

 オレの脇の下にシノさんの腕がある。

 シノさんに体を持ち上げられたのか、と一拍遅れて理解した。


 そして、オレはシノさんに支えられながら倉庫の端に連れてこられて、そこにそっと座らされた。


 シノさん越しに奴を見る。

 奴が、スパイクに足を取られながら、ゆっくりこちらに向かって歩いてくる。

 けれどシノさんはそんなのお構いなしに、奴に背を向けたままオレの前に(しゃが)み込んだ。


 シノさんは顔中傷だらけでで、髪もボサボサだった。


「無謀にもアイツに体当たりしたこと。怒るのは後にするから、よく聞いて」

「はい」

 オレが小さく答える。

 すると、シノさんはオレの音叉を掴んで膝に叩きつけた。

 シノさんの顔が悲しそうに見えたのは、きっと錯覚じゃなかった。


「僕と深く共鳴して」


 言って、オレの口に音叉を咥えさせる。


二度と(・・・)、僕を放してくれるなよ」


 静かに、でも力強く言ったシノさんは、今度は自分の音叉を膝に叩いて、そっとそれを口に咥えた。


 シノさんの視線が、オレの目を射抜いた。




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