0.08 浮上 出口を探しても
琉央さんは魁さんの言った通り、静かに、でも優しく言葉を選んでくれた。
厨房の奥の、冷蔵庫と棚の間の人が一人分通れるくらいの隙間の、その奥にある引き戸をくぐる。
壁と一体化して、一見木製のようなそのドアは、裏は金属製で、まさに“隠れ家の扉”といった感じだった。
オレは琉央さんの後について、薄暗い一本道の階段を下っていく。
やっぱり、カフェはカモフラージュだったらしい。
「秘密基地っぽい」オレが思わずそう呟くと
「そうだね。確かにここは秘密基地だよ」
と琉央さんが答えてくれた。
返事が返ってきた事が意外でオレは押し黙る。
そんなオレをよそに、琉央さんは少し機嫌がよさそうに
「秘密基地の割に使い勝手は良い場所だから、きっとすぐ覚えられる」とも呟いた。
階段をしばらく進んだ先、少し広がった明るい場所に出た。
地下なのにとても明るく感じて天井を見ると、天窓が付いていた。
床は濃いグレーのカーペットが敷かれていて、小綺麗な長くて白いソファが二脚と、少し大きめのガラスのローテーブルが一台置いてある。
よく見ると、テーブルの後ろ側に壁に嵌ったウォーターサーバーが見える。ビルトインというやつだ。
「ここが待機スペース」
琉央さんが言った。
「仕事に行く前及び外部から人を呼んで会議をするときに使う。水は好きに飲んでいい」
「はい」
「座ろう。説明すると長くなる」
さっさと歩いていく琉央さんに付いて、オレもスペースの奥に進んでいく。
消毒された匂いがする。
カーペットの消毒液の匂いだと思う。
何気なく考えたはずなのに、咄嗟に冷や汗が吹き出た。
体が先に思い出して、頭が後から追いついてくる。
あの時もこんな匂いがした。
事故のときだ。
思い出す。
崩れ落ちる瞬間。
ここが今にも崩れるんじゃないのかと不安になる。
背中が凍る。
怖い。
「一也」
琉央さんの声でオレは我に返る。
声の方を見ると、琉央さんは不思議そうな顔でオレの事を見ていた。
「何か気になる?」
「いや……」
オレがとっさに言うと、琉央さんは、そう、と一言呟いてさっさとソファに腰掛けた。
「特段気がかりがないなら、まず仕事について説明したい。いい?」
「はい」
オレは返事をして、努めてゆっくりテーブルを挟んで琉央さんの反対側に腰掛けた。