0.45 過日 内側から始まる
丹化第四形態ヒトガタ、都市伝説名『人間十字架』らしき反応が数体分発見されたと通達があったのは、シュンさんの元で手伝いをし始めて一週間と少し経った頃だった。
「今回は全員で出動しよう」
そのシュンさんの言葉に従って、オレも学校から帰ってすぐ出動準備をすることになった。
魁君のスパイ活動も、結姫先生の探り入れも、今日まで特段進展は無い。
「なんか、第六研究室のみんな、俺に秘密にする以前にまるで“何も知らない”みたいなんだよね」
そう魁君がシュンさんに報告しているのを、オレも昨日小耳に挟んだ。
それがどういう状況を示す事なのか、オレにはよく分からなかった。
けれど「一枚岩とはいかないかもしれないね」と、難しい顔をしたシュンさんの様子に、今までに無い不安を覚えたのも確かだった。
魁君に手伝ってもらいながら制服を着て待機スペースに行くと、既に制服を着込んだシュンさんと琉央さんがソファに座ってそれぞれ資料を読んでいた。
シュンさんはロングコートを着込んで、左腕に赤い腕章を付けている。
一方の琉央さんは、魁君と同じ、丈の短い上着を羽織って、中にいつも着ている薄汚れた白いつなぎを着ていた。
魁君の上着には金色のボタンと襟にファーが付いているけど、琉央さんのにはファーが無いしボタンの代わりにファスナーが付いている。
と、そこまで観察して、三人とも赤い胸当てを上着の中につけていることに気付く。
「心臓を守るための胸当てだよ」と言った魁君の指示通り、オレは上着の上から付けたのに。
「カズ、超似合ってるでしょ!」
何故か自慢げに二人に向けて言い放つ魁君に「ねぇ」とオレは声を掛けた。
「なんでオレだけ上着の上から胸当てつけてるの」
「新人だから。念には念を入れて。暑くなっても脱がないように」
魁君ではなく、シュンさんがオレに向かってそう言い放つ。
緊張する。
オレは思わず唇を嚙む。
こうやって言われると、シュンさんと正式に出動するのはこれが初めてなんだ、と。強く意識させられる。
肩が強張る。
けれど同時に。
やっと同じ場所に立てる。そう、期待感と嬉しさを感じる自分もいる。
「汗まみれになっても洗濯手伝ってあげるから我慢してね〜」
「あ、えっと……はい」
そう言う問題じゃないんだけど。
へらへらと笑う魁君にそう思うけれど、喉まで出掛かった言葉は飲み込んで、オレは大人しく頷いた。
「どちらにせよ、甘く見てると怪我をする。気を引き締めて行こう」
シュンさんが言って、意地悪な顔で「ね? 魁?」と付け加える。
「はぁい。ごめんなさぁい」
魁君が言いながら唇を尖らせた。
本当に大丈夫なのかな。と、オレも思う。
けれど、新米が言う事じゃないな、と思い直した。
それに隣で「本当に。こっちの寿命が縮む」と琉央さんが呟いていたので良しとする。
「本部との回線はどうする」
琉央さんがシュンさんに尋ねる。
「本部?」
オレが呟くと、琉央さんがオレの方を見て「あぁ」と返事をした。
「僕たちが出動する時は、基本的に国家防衛隊本部の作戦司令部に対し、責任者が専用回線で任務状況を逐一報告する必要がある。本来なら。けれど例外的に、いや、意図的に、僕達が先に発見した事例や面倒な時は連絡しないで事後報告で済ませる」
「そうそう」
シュンさんも頷く。
「今回の作戦は二手に分かれる予定だから、本来なら二回線分開けないといけないんだけど……僕としたことがうっかり本部に報告するの忘れちゃったんだよね。
と、言うことで、今回は気にしなくていい」
「ウケる〜。確信犯じゃ〜ん」言って魁君が腕を頭の後ろに組んだ。
「二手に分かれるなら、今回のケースはペア同士の共鳴深度が【0.40】以上ないと厳しい」
琉央さんが手元のタブレットを煽りながら口を開く。
「形態変化の危険も否めない。三形以上の個体と対峙している最中で共鳴が切れると危険だ。
従って、深度【0.46】の一也と魁、深度【0.68】の僕とシュンで反応があった周囲を捜索し、発見した方へ他二人が後から合流しよう」
「りょうか〜い」「はい」
オレは魁君と一緒に返事をして、小さく息を吐いた。
シュンさんと一緒に行きたかった、とは思った。
それに、シュンさんとの共鳴深度が琉央さんよりも低いという事実が、実戦でもこうやって影響してくるのを目の当たりにするのは、やっぱりとっても悔しい。
でも、確かに。
琉央さんの作戦意図も、バカなオレなりによく分かるつもりだ。
ヒトガタの丹化形態は最終形態を第一形態として、現在、第七形態まで確認されていると教えられた。
形態変化というのは、丹電子障害が進行、死体が形状変化を始め、次の形態段階に進むことを言う。
ヒトガタの場合、いわゆる七形から四形までは、死体の本体が動くことはほぼなくて、丹化して飛び出した一部分が動き出す程度らしい。
けれど、四形が形態変化を起こして、三形『カイカイさん』になった途端、死体が途端に自立歩行を開始してこちらに襲いかかってくる。
だから。
それが何体もいるかもしれない、と言うことは、今回の任務はそれだけ危険性が高いということだ。
前回、魁君が瀕死に陥ったように。
何か予期しない事象やミスがあったら、4人のうちの誰かが同じように瀕死の状態になって。
最悪。死ぬかもしれない。
今回、オレは所謂“荷物持ち”としてこの任務に参加する。
サバイバルナイフが一本支給されているけれど、あくまで“非常用”だと言うことは、誰に言われなくったって分かっている。
恐らく。
オレが四形を発見しても、オレは誰とも共鳴することはない。
駆けつけた琉央さんと魁君、またはシュンさんが無害化を行う手筈だろうと思う。
オレも役に立ちたい。
シュンさんと同じ場所に立ちたい。
足手まといになりたくない。
でも、実力が追いつかないのも。
オレが一番知っている。
「それでいい?」
琉央さんがシュンさんに尋ねる。
「そうだな」
シュンさんが小さく呟いた。それから少し思案するように口元に手をやる。
真剣な顔で何かを悩んでいるようだった。
少し間を開けて、シュンさんが口を開いた。
「琉央、悪いけどプランを変更しよう」
シュンさんがオレの方を見る。
瞳の朱鷺色に、オレは心臓が掴まれた気がした。
「一也。やっぱり僕と組んでくれ」




