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0.43 過日 なぜか問うことさえなくなった


 なんだろう。尋ねようとして結姫先生を見る。

 さっきと打って変わって真剣な顔をした先生と目があった。


「特段変わりが無いとはいえ、正式採用となった委員に対して2点の許諾事項、つまり許可される内容があります」


「許諾事項?」

 オレが尋ねると、先生は口元だけで笑って続けた。


「一つ目は銃器ほか刀剣類、いわゆる“武器”の扱いの一切が認められます。丹電子障害警衛委員会の正式委員であれば、未成年であろうと、軽装であろうと、精神障害であろうと。なんであろうと、所持・使用が全て容認されます。まぁ、戸籍が存在しないので“法律”“犯罪”という概念さえあなた達には元々当てはまらないけれど、国が全ての“後始末”をしてくれると思ってもらって構いません」

 結姫先生は言って「それ」とオレに渡したピンバッジを指差す。


「今渡したそのピンバッジは、丹電子障害警衛委員会の会員証。警察手帳と同じ役割を持つものです。ドラマとかで、よく『警察です』と言いながらエンブレムを見せてるでしょう? アレと同じ。

 これを持っていれば……粗雑な言い方をすれば、何をしても許されます」


 オレは「はい」と返事を返して渡されたピンバッジを観察する。

 白い地に赤い鴉の家紋のような模様が入っている。鴉の足は3本。いわゆる、八咫烏(やたがらす)、というやつだ。

『黎明の鴉』

 都市伝説として、オレ達はそんな名前で巷の噂になってるらしいけど、それもあながち間違いじゃないのかもしれない。


「それとね! 一也君!」

「はいっ、」気合の入った先生の声にオレは驚いて前を向く。


「二つ目の許諾事項をお伝えしますね」

 ふふっ、と笑いながら、なんだかウキウキしながら言った先生は、またゴソゴソと紙袋を漁り始める。


「こっちが本命だっただろう」

 シュンさんが呆れた声を出して腕を組んだ。


「もちろん。着せ替えは幼少期から女子のトキメキの定番です」

「……きせかえ?」

 オレがまごまごしながら首を傾げると、先生がほら、と言いながら紙袋から何かを取り出した。


「一也君の制服です!」

 そう言って先生がオレの目の前に広げたのは、フードの付いた烏羽色の長袖のパーカーだった。

 胸の辺りや肩にはそれぞれ違う素材の生地が使われている。服に疎いオレでも凝った仕立なのがよくわかった。


 左肩にピンバッジと同じ鴉のマークが入っているのが見えて、なるほど制服だ、と納得する。


 ぼっとしているオレをよそに、先生が嬉しそうにこちらに近寄ってきて、洋服のサイズを確かめるみたいに、オレの体にそのパーカーを押し当てた。


「うんうん。手脚が長いから似合うね〜! カッコいいよ!」

「……えっと」どうしていいか分からなくて、思わず下を向く。

 見た目を褒められるのは慣れてない。


「そんなにはしゃぐ事かな」

 シュンさんが呆れた声で呟いた。


 助け舟を出してくれるかな、と少し期待して、オレはシュンさんの方に目を向ける。

 けれど「よく似合ってるよ」と、シュンさんにも微笑まれて、アテが外れたオレは結局また下を向くしかなくなった。


 結姫先生がニコニコしながらオレの顔を覗き込む。

 とても楽しそうな顔だ。

 先生が楽しいならなんでもいいや、と。そう、オレはなんだか諦めた気持ちになった。


「あのね」と、嬉しそうな顔のまま先生がオレに言った。

「この制服は、正式な委員に支給されることが許された特別なものなんだよ!」

「そうなんすね」

「でも残念ながら着用義務はない、あくまで“推奨”なの。特に三形以上の……カイカイさんよりも強そうな丹を無害化する任務が課された場合は、この制服を着る事が勧められている」

「わかりました」

 オレが答えると、先生が今度は控えめに笑って「でもね」と小さく呟いた。


「本当は……この制服の開発に関わった私としては、いつも、どんな任務の時にも、これを身に付けていてほしい。この制服には丹電子障害を防ぐ工夫を沢山盛り込んであるから」

 そう、オレの肩にそっと手を置いて言葉を溢した先生の声があんまりにも寂しそうで。

 オレは思わず黙り込む。


『皆さんを少しでも守れるなら、それが私の生き甲斐です』

 そんなかすみ先生の言葉を思い出す。目の前の結姫先生と重なるみたいに。

 そして、ぎゅっと胸が苦しくなる。


 こんなに沢山の人がオレの心配をしてくれて、世話を焼いてくれて、見守ってくれている。

 それを感じて、嬉しくなるよりも寂しさと焦りが勝った。


 もっと頑張らないと。そう強く思うのに。

 気持ちと体がちぐはぐなままで。

 いろんな気持ちが()い交ぜになって、心が重くなる。

 それが鎖みたいに、オレの体まで支配する感覚に襲われる。


 オレは、どうしたらいいんだろう。


 この気持ちの正体がこの感覚にあると気付く。


 オレは生きることに絶望しながら、きっと目の前の優しさ達に縋っている。


 そんな身勝手さが、もしかして。

 シュンさんを助けたい、と感じている気持ちの原動力な気がして。


 矛盾を感じて、オレの本当の気持ちがわからなくなる。


 この複雑な気持ちを言葉にできない。

 でも、きっとこれが魁君が言った『名前を先に決めない』ことなのかも。

 本当に。オレにはまだ難しい。

 わからないし、苦しいよ。

 どうしたらいい?

 魁君。




「まぁ、皆さん全く着てくれませんけどね!」

 結姫先生の怒ったような声に、オレは少し驚いて我に返る。


「冬になると重宝するんだよ」と、続けてシュンさんの呟きが聞こえた。

「夏でも上着だけでいいから着てください。せっかく丹を防ぐ特殊な生地を開発して作ったんですから」

「だって……肩のマークが目立つんだもの」

「これがかっこよくて良いんじゃないですかぁ〜! 機密組織っぽくて! 委員長ったら夢がないんだから!」


「えぇ〜」とかなんとか。

 そう呟くシュンさんに結姫先生は眉間にシワを寄せながら、オレに制服を渡すように押し付けた。

 そして、制服が入っていた白い紙袋も一緒に渡される。

「一也君、ここに上着以外の制服が入ってるからね。着用方法は委員の皆さんに聞いてください」

「あ、はい」

 オレがあたふたしながら答えると、先生は困ったように笑って「よろしくね」と付け加えた。


「これからも、一緒に頑張ろうね」


 一緒に。

 その言葉が、ふいに油断していたオレの心に沁みる。オレは思わず奥歯を噛んだ。


「はい、頑張ります」




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