0.07 浮上 いつも同じ場所に引き戻す
オレがぼうっと考えていると、魁さんが「あれぇ」と呟くのが聞こえた。
「シュンちゃん昨日今日まるっといなかったんだっけ」
「そろそろ戻ってくる」
「忙しい人だねぇ〜シュンちゃんは」
「それがアイデンティティだから」
琉央さんは少し呆れたように呟いて、それに魁さんは何の気もないように「なーるほど」と返事をした。
「それじゃあ先に部屋を案内しようか! 綺麗にしておいたんだよ」
勢いよく立ち上がった魁さんに、よく分からずオレが「案内?」と聞き返す。
魁さんが「あれ」と驚いたようにおじさんの方を見た。
「おっちゃん説明してない感じ?」
「あと何日か病院に居てもらうつもりだからね。まだ言ってない」
「ここが屯所、つまりこれから住む場所ってイメージだよ、ってことも言ってない?」
「言ってない」
「共鳴とか、丹とか、遺伝子診断とかも、もしかして?」
「言ってない」
おじさんの言葉に魁さんは「うひゃー」と言ってわざとらしく肩をすくめた。
「そっからか〜。説明係のシュンちゃん大変だ」
「いや、説明は琉央に頼むよ」
「マジで?」
「僕?」
おじさんの発言に、魁さんと琉央さんの声が重なった。
そして間髪入れず「聞いてないけど」と琉央さんの不機嫌そうな声が聞こえた。
「準備してない。タスクが残ってる。余剰はない」
「まぁ、そう言わずにやってくれないか」
「タスクの問題以上に、そういった事は僕より魁やシュンのほうが適任だ。僕自身、的確に口で説明する自信がない」
琉央さんが少し早口で捲し立てる。
おじさんはため息をついた。
「言い分はわかるけど、これは残念ながら業務命令だ」
「……上から?」
「そう、分かった?」
「……分かった」
琉央さんが考えるように小さく俯く。
「まぁ、個人的に言えばこの子は君にとても似ているよ」
おじさんが言う。
「まさか、そういう個人的な理由でその命令は決定した?」
「いや? 性格もそうだけども、検査結果がお前に一番近かったんだよ。仕事の説明の前に、生活の説明もお前からしたほうがいいだろう」
「エビデンスと算段はある?」
「ある上で話してる」
おじさんの言葉に、琉央さんは「そう」と小さく言って「ならいいよ」と席を立った。
「一也」
「はい」
琉央さんに呼ばれてオレは思わず立ち上がる。
「おいで。案内する」
「あ、はい」
オレは側に置いていたカバンを持って急いで琉央さんの側に駆け寄る。
「あれ、俺行かなくていい系?」
後ろから魁さんの声が聞こえた。
「僕の仕事だから、君は明日の仕込みでもしててよ」
「あ〜はいはい」
琉央さんの言葉に魁さんは軽く返事をしてテーブルの上を片付け始める。
仕込みってなんだろう、と気にはなったけど、琉央さんに聞くのは少し憚られた。
「何時までに、どこまで済ませればいい?」
琉央さんが腕時計を見ながらおじさんに尋ねる。
「今日の14時まで。屯所の概要及び業務概要、そして君たちの趣味まで」
「組織形態以降は?」
「後日」
「了解」
静かな声でやりとりする琉央さんに、オレは唇を噛んで下を向いた。
2人の口調が怖い。
オレが来ていい場所だったんだろうかと不安になる。
ふと、後ろから袖を引かれて、オレは思わず振り返った。
見ると、魁さんが優しく笑って顔を近づけてきた。
「大丈夫だよ。琉央くん、一也の事嫌いで嫌がってるんじゃないから。それに、ああ見えて超面倒見いいんだよ」
オレが間抜けに魁さんの顔を見ていると、後ろから「一也」と琉央さんに呼ばれた。
「はい」と返事をして琉央さんの元に駆け寄る。
オレが思わず魁さんの方を振り返ると、魁さんが笑ってオレに手を振っていた。
「俺にもなんでも聞いてね」
オレはちょっとホッとして、厨房の扉の前でオレを見ていた琉央さんにもう一度駆け寄っていった。