0.40 代赭 うだるようなその場所に
シュンさんと訪れた屯所の第二会議室は、あの日と同じ木の匂いがして、オレの気持ちを落ち着かせてくれた。
実を言えばあの日以来、ここへは来ていなかった。
特に意識していた訳ではないけれど、なんとなく足が向かなかった。毎日忙しかったし、新米のくせに一人でここに入るのは気が引けたからだ。
先に奥に入っていったシュンさんが臙脂色のソファに座って足を組んで座る。
オレはその向かいのあの日と同じ南京椅子に腰を下ろした。
「一也とここに来るのは、あの日以来だね」
シュンさんが言って、どこから持ち出してきたのか脇に置いてあった電気ケトルにミネラルウォーターを注いでお湯を沸かし始める。
「嫌な思いをさせたね。改めて、ごめん」
「別に。気にしてないってこの間も言ったじゃないっすか」
オレの言葉に、シュンさんは小さく「そっか……」とため息交じりに呟いた。
『第二会議室で話そうか』とシュンさんが提案したから、オレも一緒にここに付いて来た。
けれど。ここで話そうとシュンさんが言い出した時、オレは少し不思議だと思った。
というのは、“シュンさんはオレとこの場所に居るのを嫌がりそうだ”と少し感じていたからだった。
シュンさんとあんまり一緒に過ごすことはできていないし、遠い存在なのは確かだ。
けれど、一緒に食事をしたあの日以来、オレはこの人の輪郭を少しだけ理解したような気がしていた。
シュンさんはきっと、とても感覚が鋭い人なんだと思う。
一つのことに、他人が感じる以上のことを感じて、それらを全て飲み込んでいる。それが、おそらく“瀧源シュン”という人だ。
だから、決して表には出さないけれど感情の落差も激しいし、その“感情”自体の感覚に必要以上に考え込んで、嫌気が差して。
そんな堂々巡りを、いつもこの人はしている気がする。
だからきっと、全部の出来事が、記憶が、忘れられなくて苦しいんだ。
気にしなくていい、という事が、この人の中にはきっとない。
それが、この人の醸し出す不思議さなのかも。
「さてと……どこから話そうかな」
言って、シュンさんが足を組み直した。
「新しい任務の話ですか?」
「うぅん。なんと言えば良いかな」
オレの問いかけに、シュンさんが唸りながら呟く。そして間をおいて、すぐに真剣な顔をした。
「結論から言う。組織内に内通者がいる可能性がある」
『内通者』
その言葉にオレは驚いて唇を噛む。
けれど、オレは黙ってシュンさんの話に耳を傾ける。
上長、上官の話は最後まで黙って聞くように高校で教えられたからだ。
「概要は後で話す。まず、今のところ信用して良い人間を列挙するから覚えろ」
「はい」
「僕たち、丹電子警衛委員会のメンバー4名。第一研究室主任研究員、睦琥央輔先生。第四研究室主任研究員、卯ノ花結姫先生。以上6名だ」
「了解しました」
オレが言った瞬間。ちょうど電気ケトルがカチッと鳴った。
お湯が沸いたな、と少し気が逸れてよそ見をする。すぐに、いけない、と思ってシュンさんを見たらシュンさんも気が逸れたみたいで厳しい顔からいつもの(魁君曰く)なよなよしたシュンさんに戻っていた。
シュンさんは早速、品のいい花柄のティーカップを棚から二つ引っ張り出して来て、中にティーパックを放り込んでお湯をゆっくり注ぎ始める。
ティーパックはいつも魁君がカフェに作り置きしてくれているやつだ。
「俺のオリジナルブレンド、シュンちゃんも“お気に”なんだよ」とかなんとか言っていた気がする。
上からここまで持ってくるってことは、本当に気に入ってるんだな。
「やっとここに慣れてきたばかりなのに、きな臭い話でごめんね」
なよなよしたシュンさんがお湯を注ぎながら呟いた。
「第一研究室の睦先生は、まだ会ったことないよね?」
聞かれてオレは素直に頷く。
「はい、まだ会ったことはないです」
「そっか。あのね、睦先生は気のいい頭がツルツルしたおじさんなんだ。僕が12歳でここに来た時からとてもお世話になってて……。そういえばあの時からもうハゲてたな」
「へぇ」
「今度紹介するよ」
シュンさんが言って、淹れ終わったカップの一方をオレに差し出してくる。
その様子が『内通者』という話題となんだか不釣り合いで、オレは少し顔をしかめる。
深刻な話のはずなのに、シュンさんはいつもの通りのらりくらりとしていて。
調子が狂う。
けれど、もしかして、と少し思うところがあってオレはシュンさんをちらっと観察する。
こういう話題だからこそ、こうやっていつもの調子で話をしてくれたり、わざわざ紅茶なんか淹れたりしてくれてるのかな。
第二会議室で話そう、と言ってくれたのも、もしかしてそう言う事?
気を遣ってくれたのか?
オレは嬉しい反面、やっぱり悔しくて下を向く。
そんな気遣い、してくれなくていいのに。なおさら惨めになるじゃないか。




