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0.40 代赭 ようよう広がる



 心臓が止まった気がした。


「あら委員長、いらしてたんですね」

 そんな、かすみ先生の一言でオレは正気に戻って、体ごと勢いよく後ろに振り向いた。


 そこには、きっちりとスーツを着込んだシュンさんが、にこやかな表情で腕を組んで立っていた。

 薄いピンクのワイシャツに黒い細めのネクタイをしている。


「シュンさん……」

 思わずオレが呟くと、シュンさんは首を傾げてゆっくりとこちらに近付いてくる。

 スーツを着たシュンさん初めて見た、と混乱した頭でふと思った。


「お早いお戻りで」かすみ先生が少し茶化すように言った。


「今日はうるさいの(・・・・・)が居なかったから」

「またそんなことを仰って」

「だって、本当のことだよ」

 シュンさんは先生に言って、椅子の背もたれ越しにオレに正面から寄り掛かった。


「それで? 二人でどんな話をしてたの?」

「……別に」

「ねぇ教えてよ……あ、もしかして、僕の悪口?」

「言うわけないだろ!」オレはカッとなって思わず大声を出した。


「あんたの悪口なんて、言いたくったって思い付かないんだよ、バカ!」


 オレの言葉に、シュンさんはびっくりしたように目を丸くして、すぐに照れたように「それどう言う意味かな」とかなんとか言いながら頬をかいた。

 そしてそれを誤魔化すみたいに、オレの方を向いて「そういえば」と呟いた。

「一也、目が腫れてるよ。……かすみ先生にいじめられた?」

「冗談はよしてください委員長」

「そうっすよ、何言ってんのあんた」

 かすみ先生の呆れた声にオレも同意して吐き捨てる。

「あはは、ごめん」

 嬉しそうに笑うシュンさんに、オレは居た堪れなくなって唇を嚙む。


 本当に意味がわからない。

 なんで嬉しそうなんだよ。

 恥ずかしい。なんだか昔書いた下手くそな絵日記を覗かれたみたいな気分だ。


 そんなオレの気持ちなんかつゆ知らず、相変わらず寄りかかって来るシュンさんを、オレは出来るだけ厳しい顔で睨み付けた。

「いつからいたんすか」

「ん〜……忘れちゃった」

「マジ最悪……」

 オレが呟くと、シュンさんが顔を綻ばせてふふっと笑った。


「『会いたい』って、言ってくれればよかったのに」


 そんなところから聞いてたのかよ。

「そんなみっともない事あんたに言う訳ないだろ! 恋人じゃあるまいし! 気持ち悪いな!」

「えぇ?」

 オレは思わず立ち上がってシュンさんを軽く突き飛ばした。

「ホント、マジやだ無理最悪」

 オレは呟いて、また力なく椅子に座る。


 突き飛ばした、と思ったけど、シュンさんの体幹にオレの貧弱な筋力が敵うわけもなく。

 シュンさんはまるで仔猫のパンチを食らったぐらいの感じで、びくともしなかった。


 それを含めて、オレはかなりやつれた気持ちで下を向いた。

 本当に、どこから聞かれてたんだろう。

 今更もう自分が何を言ったのかもよく思い出せない。

 どちらにせよ最悪には違いないけど。

 どんな事を話していたっけ。


 シュンさんがふいに「それにしても」と小さく呟いた。

「最後のは…………ちょっと。いや、すごく嬉しかったよ。心臓が止まりそうなほど」


「最後のって何、どれだよ、覚えてない……ってか、心臓が止まったのはこっちの方だし……くそっ……」

「ごめんって……」

「知らない」

「許してよ一也……」

 そう。シュンさんがあんまりにもしょげたみたいに言うから、オレも少し反省してシュンさんの方に向き直る。


 シュンさんの、寂しそうな朱鷺色の瞳と目があった。


「だって……零樹にも言われた事ないからね。あんなこと」

「…………そう言う時に限って、その名前出すの」

「ズルい?」

「マジ最悪」

 前言撤回。反省なんかしてやらない。


 オレは完全に不貞腐れて、目の前に用意されていたパウンドケーキを鷲掴んで口に一気に放り込んだ。


「あらあら、喉に詰まらせないでくださいね」

 そうかすみ先生が優しく言ってくれるのも無視して、オレはケーキを一気に咀嚼する。


 飲み込んだらきっと喉が痛いけど知ったこっちゃない。

 オレは怒ってるんだ。


「ふふっ、一也……ふっ、ハムスターみたいだよ、ふふっ」

 うるさい分からず屋!


 そんなオレに、かすみ先生は上品に笑いながらお茶の入ったコップを勧めてくれた。

 そして、思い付いたようにシュンさんの方を見る。


「そう言えば、どうしてわざわざこちらまでおいでに? 今日は御上(おかみ)と会議だったのでは?」

「一也のこと迎えに来たんだよ。

 これから委員会のメンバーでミーティングをしようと思って。一々電波回線を切り替えて連絡するのもめんどくさくて、ついでだからここに居るかなと思って迎えに来ちゃったんだ」

「そうでしたか」

「…………って言うのは口実で、本当は僕も会いたかったんだよ。一也に」


 言われて、オレはぎょっとしてシュンさんの方を見る。

 シュンさんが寂しそうな、それだけど照れたような複雑な顔をして目を逸らした。

 けれどそれはほんの一瞬で、すぐにもう一度オレと目があった。


「一也はここまでどうやって来たの?」

「ジョギングしながら来ました」

 パウンドケーキをすっかり飲み込んだオレは答える。

「あはは、偉いね」

「別に。少しでも、鍛えようと思って」

「じゃあちょうどいいや。僕のバイクに乗って一緒に帰ろう」

 シュンさんの言葉に、オレはふと思いついて「琉央さんは?」と尋ねた。

「琉央?」

「あの人、今日会議でここに来てるみたいですけど」

「あぁ」シュンさんは呟いて腕を組んだ。


「琉央も今日は会議だったっけ。という事は他の研究室に魁が顔を出してるだろうな。今日はなにするって言ってたかなぁ……」


「二人のこと待ってから帰りますか?」オレが尋ねると、シュンさんは首を横に振った。

「いや、先に一緒に帰ろう。ちょうどいいから、4人でミーティングする前に前提事項として知っておくべき内容を先に伝えるよ。慣れない用語も沢山出てくる」


「行こうか」とシュンさんに促されて、オレは返事をして立ち上がる。


 かすみ先生も一緒に立ち上がって、オレ達を見送るようにドアまで一緒について来た。


「ごめんなさい。散らかしっぱなしだし……ケーキ、もらいに来ただけみたいになって」

 オレが言うとかすみ先生は笑って首を横に振った。


「とんでもないです。またいつでも来てください。

 訓練でも、訓練でなくても」


 その言葉にオレはまた涙が出そうになってぐっと唇を嚙む。

 でも先生の笑顔を見て、オレは少し気が晴れたような気がして、小さく息を吐いた。


「ありがとうございます」


 オレは言って、シュンさんの背中を追って第四研究室を後にした。



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