表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
75/95

0.37 代赭 土を強く踏締めて


「甘いもの、苦手ではありませんか? それに、体重制限とかしてないですか?

 あ! 結姫先生には秘密ですよ! これ、結姫先生にプレゼントで作ったんです!

 でも、ちょっと自信なくて……味見、していただけると嬉しいなぁ、と思って」


「ふっ、大丈夫っす。結姫先生にも言わないんで」


 ちょっとだけ必死なかすみ先生に笑いながら、オレはケーキの切れ端らしき焼き目が多めについた一つを手に取って、ゆっくり口に運んだ。


 口に入れた途端、思った通りのバターの香りが鼻を抜けた。咀嚼すると、ふわふわだと思った見た目よりも随分となめらかで、しっとりして。

 すごく、おいしい。

 しつこくない、けれど満足感のある甘みがかすみ先生らしいな、と思った。


「……超おいしいっす」オレは感激しながら、食べかけの残りも口に放り込む。

 これは、何回でも食べたいかも。

 オレの好きな味だ。


「結姫先生、喜ぶと思う」

 そうとも言うと、かすみ先生は「良かった〜!」と嬉しそうに顔を綻ばせた。


「実はこのレシピ、委員長に教えていただいたんですよ!」

「……シュンさん?」

「はい。委員長はお料理上手でいらっしゃいますから」

「…………へぇ」


 オレはちょっと複雑な気持ちがして、ケーキを味わいながら目線を反らす。

 かすみ先生が何かを察したように「えっと……」と呟きながらオレの顔を覗き込んだ。


「その後…………委員長とは、いかがですか?」

「その後?」

 オレが尋ね返すと「はい」と、かすみ先生が頷いた。


「同調共鳴検査の後、共鳴深度について一也さんが随分と悩んでいたと……。結姫先生が心配していらっしゃいましたよ」

「あぁ……」オレは呟いて下に視線を向ける。


「もしよろしければ、ケーキ、もう一つ召し上がりませんか? 作りすぎちゃったので」

 かすみ先生が言って、オレに近くにあった椅子を勧めてくれる。

 そして、紙コップを机の傍にあるカゴから取り出して、慣れた手つきで冷蔵庫から取り出した紅茶を注いでくれた。


「残ってしまっても、手作りなので消費期限が短いんですよ」

 駄目押しするみたいに、そう言うかすみ先生の言葉に押されて、オレは素直に勧められたパイプ椅子に座った。


 気が付くと、机の上にはいつの間にかお手拭き用のティッシュとか、紙皿、楊枝まで用意されていた。


 オレはそれを見て、なんだか懐かしくて。

 母さんのことを思い出して、ちょっと目頭が熱くなる。


 母さんも、オレと一緒にいるときはこうやって世話を焼いてくれた。

 自分でやるって言っても「ついでだから」とか言って目の前にいろんなものが並べられて。

 いつの間にかティッシュ箱がオレの隣に移動していたり。使わないって言ってるのに「フォーク使う? スプーンにする? 箸がいいかな」とか。いろんなことを尋ねてきたり。飲み物が勝手に用意されていたり。


 看護師だったっていうのもあるのかもしれないけど。

 こういう、些細なことに気が付くところって、きっと“母らしい”っていう部分なのかもしれない。


 煩わしいって、そのときは思っても。

 結局。オレは、母さんがいなくなってから、こうして他人の仕草を見て母さんのことを思い出してしまう。


 オレは人の性別に疎い方だけれど。

 女性らしさって言われる部分の偉大なところって、もしかしてこういう“ささやかにいつもそばにある愛情”なのかもしれない。


 あぁ、思っていたより随分と、愛されていたのかも。オレは。


 思わず涙が出そうになって、唇を噛んだ。


「あら……いかがしましたか?」

 先生の言葉に、オレは咄嗟に「いや」と言った。


 けれど、顔を覗き込まれた時に、オレが涙目であったことがおそらくバレて。かすみ先生がひどく心配そうな顔に変わったのがよく分かった。

「何というか……」と、オレは口ごもる。

「かすみ先生を見て……死んだ母さんのこと、思い出して」


「私を見て?」


「そういう……オレのこと……っ、心配して、手を焼いてくれるところが……」

 オレは思わず涙が溢れて下を向いた。


 やだな。

 なんで、こんなにうまくいかないんだろう。


 ようやく生活に慣れてきたと思っても。

 ふとした時に思い出すんだ。


 きっと、シュンさんと琉央さんのことを考えたせいだ。

 だからこんな感傷的な気持ちになるんだ。


 母さんがいなくなって、悲しくて。

 その気持ちから逃げるためにここにきたのに。

 結局逃げられなくて。

 やっと見つけた自分の生きる価値だって。一生懸命にやったって。全然シュンさんに追いつける気もしない。

 そもそも、零樹さんに似てるっていう理由が邪魔をして、シュンさんとまともに話すことすらできないし。


 どれだけ頑張ればいいんだ。


 どれだけ頑張れば、オレは。

 この悲しみから逃れられる?


 オレはどうしたらいい?



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ