1.00 シノの夢 hn
その夜も、いつもと同じ夢を見た。
同じと言ってもその夢達は、連続した短編小説のように、少しずつ違う場面で僕の前に現れる。
何編もある夢の中で、今日は一番穏やかでとても優しい夢を見た。
*
代赭色の砂漠の上。
俺は静かに息をして、隣にいる■■と呼応する。
彼は暗い色の髪と汚れた顔を黒い外套頭巾で隠している。
けれど、夜の闇を湛えたその瞳は真っ直ぐに前を見据えていて、そしてその視線と同じく、彼は真っ直ぐ俺の聲に応えてくれる。
(顔はよく見えない。彼は一体誰なんだろう)
まだ目指す地は遠い。
頭を過ぎる。俺達と故郷で別れた二人のこと。
彼等は無事、着いただろうか。
(彼等?)
考えるだけで心が重くなるけれど、どんなに悔い重ねても、もう後戻りは出来ない。
俺は使命を全うしなければならない。
あの地に居る■を殺す。
その為だけに俺はこの地獄の様な世界で懸命に生きてきたのだから。
(一体何のことだろう?)
例え、この先どんな事になったとしても。
(どんな事になっても?)
『シノ』
喚ぶ聲がする。
『少し休もうシノ。もう暗くなる。砂を掘って、寝床を作ろう』
俺も名を喚ぼうとするけれど、聲が上手く出てこない。
その代わり『あとどれくらいで着くだろう』と俺の口から零れた。
(けれど、これは僕の意志じゃない。夢の中では最初から何もかも、一字一句全て決まっていてる。それがまるで正解みたいに)
『さっき赤い天辺が見えた。あと少しだよ』
深く、優しい聲がする。
この聲が好きだ。連れ去られた俺が、自分の体に戻ってくる気がするから。
(どういう意味なんだろう。僕はここに居るはずなのに)
俺は『そうだね』と言って、荷物を近場の低木の傍に降ろす。
そして、枝葉を集めて火を点けて、獣除けに小水を周りにばら撒いた。
だんだん暗くなってくる。
焚き火の傍に二人で座り、持ってきた干し肉を少し食べる。
『あの二人は大丈夫かな』
俺が謂った。
『大丈夫だよ。僕達に次いで強いあの二人だよ? きっときちんと群勢を率いて、僕達が着く頃にはもしかしたら決着が付いているかもしれない』
『そうだね』
(決着とは何だろう?)
俺は膝を抱えて手を焚き火にかざす。
どんどん寒くなってくる。
俺は隣の温もりに身体を寄せて、ひとつ息を吐いた。
『考えたら、長い旅路だったね』俺は聲を零す。
彼も『うん』と謂って、外套を身体に巻きつけて身動ぐ。
『でもね、こんな事を言うのはよくない事なのかもしれないけど』
『なに?』
『僕は、この長い出来事の中で……この世に生まれ落ちてよかったと思ったんだ』
『どうして』
『こうやって、シノに会えたから』
俺は彼の聲に、ぐっと唇を噛んで、自分の外套に包まって膝を抱える。
『どこからそんなこと……——』俺は謂う。
(まるで、本当に僕に言われているようで。僕も僕と同じ気持ちになる)
嬉しいんだ。心底、涙が出るほどその言葉が。
それでも、この先を考えると悲しくて、ひどく寂しい気持ちになる。
そして思う。
俺はこの気持ちを知っていると。
(知っている? 僕が知っているのか? それとも夢の中の僕が知っていることなのか?)
『僕も不安だよ』彼が謂う。
呼応して俺の考えを読み取ったように。
『でも■を殺したら、きっと僕達のような命はもう生まれない。だから、次に悲しみが生まれないように、僕達がやらなくちゃいけない』
『■を殺したら、どうなると思う?』
『わからない……でもね』彼が聲を零す。
『たとえ、この世の理が崩れて世が滅んでも……僕は……シノが生きていればいい。シノが、僕の生きる支なんだから』
俺は悲しくなって、眉間に皺を寄せる。
そんな事を謂って欲しいんじゃない。
それでも、世に落ちるはずがなかったこの命を支とさえ謂ってくれる彼に、僕はひどく心を寄せてしまう。
(僕は、生まれるはずがなかった命なのか?)
『そう云うところが……』
俺は思わず零した。
『嫌いだ』と謂おうとした。
けれど、思い直して『羨ましい』と言葉を変えた。
『どうして?』彼が謂う。
『俺は、そんな風に人を信ずることができないから』
『そうかな。僕はシノが羨ましいよ。シノみたいに僕も自分を信じていたかった』
自分を信じる。
そんな事、至極当たり前な気がする。
だって、生まれた時から手元にあるものなんて“自分”しか無いじゃないか。
(確かにそうだと思う。けれど、それは僕の気持ちにそぐわない)
『俺達が逆だったら……何か変わっていたと思う?』
俺が謂うと、彼は首を傾げて笑った。
『もしもの話は解らないよ』
少し暇が空いて、彼が『ねぇ』と言葉を零した。
『シノも寂しい気持ちなら、一緒に譜を謳って。昔みたいに』
(今更、なんて子供じみた事をするんだろう)
昔。どれくらい昔のことだったかと思いを巡らせる。
そして思い出したのは、本当に遠い記憶。
お互いに小さかった時の事。
『僕とシノで、心配事を半分こしよう』彼が謂う。
(僕と彼は、どれ程前から一緒に時を過ごしていたんだろう)
彼が戸惑いがちに、微かに俺に身体を寄せた。
外套越しに温もりを感じる。
そして、それさえ懐かしく感じる。
『ねぇ、もっと深く呼応して』
彼が謂った。
(歌を歌うなんて、突飛な発想だ。そう思うのに)
俺は彼の言葉に素直に頷いて、彼と一緒に譜を口遊む。
『Lluiji』
(これは何処の言葉なのだろう)
懐かしい。
深く呼応する。
俺の意識が掬い上げられるように。
(なぜ僕は意味を知っているのだろう)
自分自身を思い出す。
(この聲を持つ、彼は誰なのだろう)
『Ill r-rtlaw Soi nney Chw okgwa
(そして僕に思い出させた)
MMokk Solriqa
(声)
MMo sba
(姿)
sal he mshiy Yol u-n kamlkoliJo Molli
(名残も遥か遠く霞めども)
yiaLL
(嗚呼)
Nldljinak-it Hkkeney Gwillha
(君と共にいた時のこと)』
そして最後、彼は俺の真名を喚んだ。
まるで、今生の別れのように。
(そして、この夢の終わりを告げるように)
『Ll jilljall 梓乃』




