0.00 Cafe Dawn 3
少し前のオレだったら上手いこと断ってた気がするのに。
魁君って、そういうタイミングとか、“世渡り”が上手なんだな。
さすが、琉央さんの相棒。
——なんて。
オレは変なことを考えながら、ツツジ君に教わった通りに紅茶を淹れつつ唇を尖らせた。
「いらっしゃいませー」
ツツジ君の楽しそうな声が聞こえて、オレも厨房からちらっとカフェの店内を覗き込む。
それにしても、驚く程盛況だ。
本当に電話予約だけなのか疑いたくなる。
客を席に通したツツジ君が厨房に帰ってきた。
「レン。悪いけど、3番にお水とおしぼりお願い。注文は俺が取るから」
「はい」
オレは言われた通りにお水とおしぼりを持って3番テーブルに向かう。
最初は乗り気じゃなかったけど、久しぶりにちゃんとしたバイトも悪くないかな、なんて思い始めたオレは、随分とツツジ君に絆されていると思う。
それに、あんなに生きる事が億劫で、何もかも投げ出したかったはずなのに。
バイトが楽しいかも、なんて思ったり。
そもそも、小説を読むだとか、ゲームをする、みたいな他愛もないことを“やりたい”って思ったのも、なんだか久しぶりな気がした。
そんな考え事をしつつ、3番テーブルにおしぼりとお水を手早く配膳する。
3番の丸テーブルには女の人が二人で座っていた。
二人とも垢抜けて社会人のように見える。
今日は平日なのに。わざわざ休みを取ってきたのかな。
「ご注文は後からもう一度取りに来ます。少々お待ちください」
オレは言って、そのまま立ち去ろうとした。
すると、手前に座っていた髪の長い方のお姉さんがオレを呼び止めるような感じで「えっと、」と呟いた。
振り返ると、にこやかな顔と目があった。
「もしかして、新人さんですか?」
聞かれて「そうです、けど」とオレは小さな声で答える。
「わー! メニューに書いてあったからそうかなって思った! じゃあ、せっかくだから、ワンコインで占ってください!」
「えっと……」
マジか。
思いながら厨房に視線を逃す。
助けを求めようとしたツツジ君は、違う作業をしているみたいで全く目が合わない。
しょうがない。
看板にも書いてあるし。せっかく言い出してくれたお客さんにも悪いし。とか、よく分からない言い訳を用意して小さく溜め息を吐く。
こんなに早く占い師デビューをしてしまうなんて。
嘘ついたらごめんね、お姉さん。
そう思いながら、オレは近くの空いている椅子を傍に寄せて座った。
「相談相手になら……」
「やったー! 相談させてくださーい」
お姉さんは嬉しそうにそう言って、体をこちらに向けて座り直した。
正面から向かい合う。
「手とか出した方がいいの?」とお姉さんが笑った。
「いいっすよ、どっちでも」
「わーじゃあお願いします!」
オレの前に左手が差し出される。
少しホッとする。
目を見て人と話すのはあんまり好きじゃないから。
出された手をそっととる。
細い手だな。
爪は長くて、良く手入れされてる。
ピンクとベージュの混じったネイルだ。
オフィスで目立たない感じの。事務職か何かかな。
薬指に指輪がある。結婚してるのか。
「何悩んでるんすか」
オレは考えながら呟くように尋ねる。
「最近、仕事がうまく行かなくて。
あ、上司! 上司がムカつく〜」
「ふーん」
ちらっとお姉さんを見る。
化粧は濃いめ。髪は長いけど、まとめないでそのままだ。染めてちょっと痛んでる。
結婚してるし、家事もそこそこやってそうだけど。
自分のこと綺麗にして、仕事もして、家事もやってる。この長い爪で?
「上司ね」
オレはもう一言呟く。
上司。
上司のせいで、仕事がどう具体的にうまくいかないのかな。
もしくは、その具体的な理由も分からないのかな。
なんか。見栄張ってそうだな。
上司がどうっていうより、そもそも私生活と仕事、バランス取るの大変そう。
「明るいフリしてるけど。まぁまぁ無理してるんじゃないですか」
オレは思った事を呟いた。
「少し仕事から離れたら? ってかなんでそんな無理してるんっすか」
「え〜バレた? ってかやっぱり私無理してる? でも、仕事は、全部上から降って来ることこなして、同時にルーティンワークこなして、イレギュラー案件こなして。
あ、超忙しいね〜あはは」
「そう」
本当は。
この人の生き辛さって、上司とか会社の所為じゃないような気がする。
もしくは、会社だけだったら、もう少しうまくいってる?
いや、そうしたら次は私生活の欠点に目がいくんだろうな。
なんとなくそうオレは思いながら次の言葉を探す。
きっと「その“理想”の生活、あなたの身の丈に合ってないよ」と言うのが正解だ。
その身の丈に合ってない生活に身を合わせるために、仕事もきっと無駄に空回りして頑張ってる気がする。
そうして、うまくいかないと全部人のせいになるんだ。
こういう時、どう言ったらいいのかな。




