0.05 浮上 にがく苦しい
ようだったというのは、髪が長かったし、案外と童顔の綺麗な顔で、男女の判別が一瞬つかなかったから。
右目の下に星が三つ、左頬に蝶のペイントか刺青を入れていて、オレより背が少し低い。
けれど、きっとオレより年上だろうとは予測できた。
「おっちゃん遅いよ〜」
思ったより落ち着いた声で言ったその人は、にっこりとオレに微笑んでくれた。
「はじめまして。待ってたよ」
オレはドギマギして目を逸らす。
この人、何者なんだろう。
疑問に思ったけど、人好きのする顔だとも思った。
「疲れてるでしょ。空いてるとこ座って」
そう臙脂色のソファに座るよう促されて、先に座ったおじさんの横に座る。
その人もオレの目の前に腰かけた。
「俺は和泉 魁。何でも聞いて。源氏名はツツジだよ」
「源氏名……」
オレが眉間にしわを寄せると、その人は愉快そうに「偽名偽名!」と笑った。
「偽名で呼んでくれてもいいけど、みんな魁って呼んでくれるし、もしよかったら魁って呼んでね」
「はぁ」
オレが困って目をそらすと、魁さんはオレの方を覗き込んだ。
ドキッとして唇を噛む。
「そういえば名前聞いてなかった!」
「え?」
「なんて名前?」
言われて「うっ」と吃る。
「あ、偽名じゃなくて自分自身の名前を教えて。偽名はもう少ししたら上から支給されるはずだから」
オレは少し間をおいて、おじさんの方を見た。
オレの視線に気づいたおじさんは落ち着いた声で「教えてもいいんじゃないかな」と言った。
「暁星一也、です」
オレが前を向いてそう言うと魁さんは物珍しそうに「へぇ〜」と相槌を打った。
「漢字は?」魁さんが言う。
「……漢字?」オレは戸惑う。
「…………夜明けの暁にスターの星で暁星、一也は一にカタカナのセみたいな、なるって読む字の也」
「うわぁ〜めっちゃいい名前!! 羨ましいなぁ〜。ってか素直に答えてくれるんだね、超いいこじゃん。ウケる」
笑顔の魁さんにオレは少しムスッとする。
答えてやったのに、ウケるってなんだ。
そんなオレをよそに、魁さんは「あ」と思いついたように立ち上がる。
「飲み物出してなかった。コーヒー淹れてこようか。お茶がいい?」
「なんでも……」
オレが答えると魁さんは「ん〜」と少し悩んでから「じゃあ、紅茶にしようかな」と言った。
「紅茶の方が好きそうな顔してる〜」
「え」
「そうだ! あと、2人いるんだけどね。紹介する。今呼んでくるから」
オレの戸惑いをよそに、魁さんは軽い足取りで奥に引っ込んでいってしまった。
オレは辟易しながらため息をつく。
マシンガントークってやつだ。
そういえばしばらくの間、友達とも、もちろん今はどこにもいない家族ともこんな風に話をしていなかった。
とても疲れた。
ともあれ、一体あの人は何者なんだ。
「あの」とオレは呟いておじさんの方を向く。
「あの人は……?」
「君と同じ、能力を持って集まった人間だよ」
「へぇ……」
あの人が。そう少し考えて、オレは下を向く。
あと2人。ということは、あの人を合わせて3人か。
オレの他に3人も同じようなのが居るんだと思うと、なんだか不思議な気持ちになった。
「オレみたいなのが居たんだ」
オレの呟きにおじさんが「驚いた?」と言ってにっこりと笑った。
「いや、単純に……、不思議に思って。あと3人も居たんだって」
オレが言うと「そうだね」とおじさんも呟いた。
「君と同じように、協力してくれると言って、今ここに居るのは3人だ」
「これで全員?」
「全員。君を含めてやっと4人になった」
「協力しないって言った人もいるんですか」
「居るよ」
「……ふーん」
オレは言って下を向く。
詳しく聞きたかった。
けれど、反対に聞いてしまうのが怖くて口をつぐむしかなかった。
確かに。
もし、何も心配なく、幸せに生きている時に『戸籍を捨てるか』と聞かれたとしたら。
間違いなく、監視される道を選ぶんだろうな。
だって、戸籍を捨てて国に協力すると決めたら、もう二度と大切に思っていた人に会えないんだから。
胸が苦しい。
誰とも知れないその人達が心底羨ましい。
妬ましくて涙が出そうになる。
なんでオレだけ。
病院を出るときに捨ててきたと思った感情が蘇ってくる。
ここにいる3人がオレと同じような境遇だったらいいな、と。
少し考えて、苦しさが落ち着いていくのを感じる。
オレだけじゃない。
酷い妄想を思い描いている自覚はある。
それでも。
それがオレの今唯一の慰みであることに違いはなかった。
魁さんは、どうやってここに来たんだろう。