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0.34 百舌 においも手触りも覚えているのに


 ————ビュン


 そう、風を切る音がした。

 蠢く手に向かって何かが飛んでいくのが見えた。


 それを目で追う。

 手に何かが貫通して地面に深く突き刺さった。

 赤黒い手指が痙攣して、少しして動きが止まる。

 ボウガンの矢だ。


 思わず矢が来た方向に顔を向けた。

 広場の反対側のベンチの後ろ。

 ボウガンを片手にこちらを見ている白髪の頭が見えた。


「シュンさん……」オレは思わず呟いた。


 琉央さんが魁君に走り寄るのが視界の端に映る。

 目玉がたくさん付いた奴をワイヤーで拘束するのに成功したらしかった。


 はっとして、オレも魁君に駆け寄る。


 近くに寄った時には既に、琉央さんが自分の音叉を噛みながら、叩いた魁君の音叉を魁君の顳顬こめかみに当てていた。


『魁、魁——』

『    』

『「しっかりしろ!……ツツジ()っ——」』


『     』


 ぞっとした。

 音叉を噛んでいないのに共鳴できたからじゃない。

 魁君の身体から丹の聲が聞こえて、魁君が連れ去られてしまいそうなのを感じたからだ。


 でも反対に。

 音叉の音と一緒に聞こえる魁君と共鳴する琉央さんの聲に、オレはとてつもなく安心してしまった。


 北の国の湖みたいに静かで深い。

 そんな聲が、熱に侵されていく魁君をひんやりと優しく包んでいくのを感じた。


 こんなに優しい聲なのか。

 普段の琉央さんからは想像が付かない。

 オレと同じ、相棒に自分を思い出させる黒の遺伝子の聲。


 共鳴深度の事をふと思い出す。

 そして目の前の景色と重ねる。

 2人はこんなにも、測定不能なくらい、深く共鳴するんだな。と。




 突然。

 音が途切れる。

 共鳴が切れた。


 見ると、琉央さんが音叉を口から離したらしかった。

 そして魁君の上着の内ポケットを漁って何かを取り出す。

 棒状のプラスチックケースだ。

 琉央さんが歯で上のキャップを外して、中から細い透明な棒を取り出す。

 それから、それを握り込んで魁君の太腿に突き立てて、ぐっと強く押し付けた。


 途端。

 カチッ、と棒から音がした。

 同時に魁君の身体から、丹が消えていくのを感じた。


 琉央さんが深く、ゆっくりと息を吐く。


 少し間があった。


「レン」


 不意に呼ばれて思わず、はい、と返事をした。

 早くからオレがここに居た事に気が付いていたみたいな呼び方だった。


「来てくれて助かった」


 琉央さんが魁君の太腿に棒を押し付けながらこちらを向く。

 翡翠色の瞳と目が合って、聲と同じ色だ、とふと思った。


「る……ハクさん」


 名前を呼び間違えていたことに気が付いて、咄嗟に訂正した。

 それに、ハク(琉央)さんは少し笑ってまた溜息をついた。


「ありがとう」ハクさんが言う。

「飛び出して来てくれたから。それが見えて敵のアプローチに気が付いた」


「でも……——」

——何も出来なかった。


 そう言おうとしたオレの肩にハクさんが手を置いた。

 その手が少し震えていて、オレは何も言えなくて、思わずハクさんの顔を覗き込んだ。


 ハクさんは無表情だった。


「シノが第4に連絡を入れた筈だ。あと10分程で先生がこちらに迎えが来る。レンはツツジと一緒に迎えの車に乗って戻れ。ツツジにアドレナリンを打ったと先生に伝えろ」


「はい」


 オレが答えると、ハクさんが持っていたプラスチック棒をツツジ君の太腿から離した。

 そして、ツツジ君の体をオレに預ける。


「頼んだ」


 そう言ったハクさんの顔は良く見えなかった。

 ハクさんはそのまま、ワイヤーで押さえつけられている丹の方へ歩いて行ってしまった。


 ツツジ君の身体が腕からずり落ちそうになって、オレはツツジ君を抱え直す。

 ツツジ君は気を失ってぐったりしていた。それでも呼吸はゆっくりと落ち着いている。


 良かった。心底思った。

 人が居なくなるのは、もう二度とごめんだ。

 それなのに。

 オレは何も出来なかった。


 少し遠くにいるハクさんの背中を見る。

 悔しい。けれど、とても頼りになる背中だと思った。


 向こうからシノさんが走ってくる。

 拘束した丹の前で、二人が一二言言葉を交わす。


 そして、琉央さんが音叉を叩いて口に咥えて、シュンさんも同じように自分の音叉を口に咥えた。


 音がした。

 下から浮き上がるような音が、足元から身体に抜けていく。


 ドキッとした。


 シュンさんの音だ。

 少し間を置いて、琉央さんと共鳴していくのを、この少し離れた距離でも感じた。


 そして、次の瞬間。


——ぐんっ、と。


 シュンさんの音が重くなって。

 どんどん沈む。


 引っ張られる。

 共鳴していないのに。

 体全体が引っ張られるくらい強く。

 とてつもなく、近くにシュンさんを感じる。


「……うっ」


 オレは思わず嘔吐いた。


 共鳴の速度に合わせて、心臓の音が早くなる。

 息も上がってくる。


「……はぁ、はぁ、はっ……」

 喉が張り付く。

 全力疾走したあとみたいに。



『おいで』


 シュンさんの聲がする。


 オレは怖くて共鳴を切ろうとする。

 なのに。

 体が言うことを聞かない。

 共鳴が切れない。


 知らない。


『おいで』


 知らない。

 知らない。


 こんな聲。

 オレは知らない。


 シュンさんのひどく哀しい聲に、オレは耐えられなくて——





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