0.37 露命 さあこちらにおいでと
ブンッ、と。
降ろされる腕の風圧を肌に感じた。
そう思った。
けれど。
間をおいても、予想していた衝撃は、俺の体に訪れなかった。
俺は視線を上に向ける。
目の前に何かが立ち塞がっていた。
風にはためく上着の裾が視界の端に見えた。
『琉央くん……っ』
声にならない聲で目の前のハクくんを呼んだ。
ジリジリと体重をかけて押し倒そうとする奴の身体を、ハクくんが必死に止めていた。
一瞬ハクくんが体を引く。
そして思いっきり腕を振り上げて奴を突き飛ばした。
ゆっくり視線を上にあげる。
上着が汚れている。背中から転んだのか。
手にはトマホークが握られていて、場違いだけど少し笑った。
持って行かないって、言ったくせに。
ハクくんが腰にかけてあるワイヤーに手を掛ける。
そのまま奴に向けてフックごと投げた。
奴が妙な動きでそれを避ける。
ハクくんがもう一本のワイヤーを投げようと腰に手を伸ばした。
その時だった。
トトトトトトッ——
奴の傍に落ちていた、俺が斬り落とした奴の腕がこちらに向かって突進してきた。
指の力だけで俺の方に向かってくる。
ハクくんがそれに気付いて俺の方に振り返ろうとする。
けれど本体の突進によってそれが阻まれた。
手だけであんなに動くなんて。
聞いたことがなかった。
ノーマークだったな。
俺を完全に取り込もうとしてるのか。
俺は腰の拳銃に手を伸ばす。
ダメだ。
手が言うことを聞かない。
間に合わない。
————ビュン
そう、風を切る音がした。
目の前まで迫ってきた奴の手に何かが、ガッ、と突き刺さった。
奴の手の動きが止まる。
俺は目を凝らす。
ボウガンの矢だ。
手を貫通してそのまま地面に突き刺さっている。
もしかして。助けが来た?
その向こう側。
ハクくんがワイヤーを投げるのが見えた。
ワイヤーの一本が本体を捕捉する。
そして、もう一本のワイヤーを奴の胴体に引っ掛けて、二本の両端のペグを地面に突き刺してリールを作動させた。
ワイヤーが巻き取られて、奴はどんどん地面に突っ伏していく。
ハクくんが踵を返してこちらに駆け寄ってくる。
自分の音叉を噛みながら、俺の首に掛かった音叉を手に取る。
そのまま、腕に叩いて柄を俺の顳顬に当てた。
音が響く。
心臓が自分の元に帰って来る。
そんな気がする。
『魁、魁——』
聲が聞こえる。
共鳴する。
ハクくんの聲だ。
途端に。
一瞬、夢から醒めたみたいに頭がクリアになって、次にはすっと意識が遠退いた。
「『しっかりしろ!』」
そう珍しく声を荒げるハクくんの顔が、俺の記憶の最後だった。




