0.04 浮上 僕たちの深いところに
翌日、オレは東藤おじさんに連れられて病院を退院した。
正しくは国立病院への再入院という手続きらしいけれど、そこのところはオレの知った事じゃなかった。
「協力してあげる」
そう言ったオレに
「それなら、再入院先に行く前に寄りたい場所がある」
朝迎えに来たおじさんにそう言われ、オレはおじさんの運転する車の後部座席に乗り込んだ。
「どこに行くんですか?」
オレが尋ねると「挨拶まわりだよ」と告げられた。
車に揺られて30分くらい。
外を見ると、テレビで見た事がある都心一番の繁華街が目の前に広がっていた。
初めて来た。
都心郊外に住むオレにとって、人が多くて危ないイメージしかここには無かった。
けれど、窓から覗く昼前の繁華街は閑散として、思っていたイメージとはかけ離れた雰囲気が漂っていた。
もっと昼でも人が多くて、怪しい人たちがたくさん闊歩している場所だと思っていたのに。
朝の光に照らされたその場所は(快晴だったからかもしれないけれど)とても綺麗で、表現し難い、ひんやりした落ち着きさえ感じた。
大通りから小道に入って少し走ったところで、おじさんの車がゆっくり停まる。
「ここだよ」と運転席から声がして、オレは反対の窓を見た。
「あそこだよ」と指差された先には『Cafe Dawn』と書かれた吊り看板があった。
「カフェ? 誰かと待ち合わせ?」
僕が尋ねるとおじさんは
「まぁ、そんなところだけれど、待ち合わせというより、目的地があそこだ」
と笑った。
オレはよく分からずふーんと生返事をする。
遠目から見たそのカフェは、烏の濡れ羽色の壁で、少し重そうな焦げ茶色の両開きのドアが付いている。
そして、その重苦しそうな雰囲気を誤魔化す感じで、大きな窓がドアの横の壁に嵌め込まれていた。
最近流行っているカフェというより、昔からある馴染みしか通わない喫茶店と言った方がいいのかも。
こんな所が目的地なんだろうか。
ガラス張りで受付のあるオフィスだとか、秘密基地みたいな地下実験室だとかに通されると思っていたのに。
もしかして、カフェはカモフラージュで、中に基地があったりするんだろうか。
オレは眉間にしわを寄せながらそのまま車を降りて、おじさんのあとをついて行く。
重そうなドアを開けたおじさんについて中に入ると、そこは本当にカフェだった。
入ってすぐ左手にレジがあって、廊下の奥にゴツいテーブルと細い足をした椅子、肘掛がヤケにお洒落なソファが並んでいるのが見える。
部屋の一番奥に、天井から床まで一面ガラス張りの窓から中庭も見えた。
なんだか不思議な内装だ。
そんな事を考えながら薄暗い廊下をおじさんについて進んでいく。
「東藤ですー。誰かいる?」
部屋の中まで進んだところで、おじさんが奥に向かって声を掛けた。
すると、奥から階段を駆け下りてくるような音がして、中庭の見える大きな窓の脇にある厨房のドアが開いた。
出てきた人は、オレが思い描いていた人物像とは全然違った。
その人は赤い髪を後ろでまとめた、若い男の人のようだった。