0.27 朝顔 たった一つの後悔だ
「よくわかったね」
琉央さんが微かに笑う。
「……真ん中に写ってるのは?」
「シュンの前の相棒」
「相棒なんていたの」
「いたよ。ただ、一也がここにくる前に殉職した」
「っ………そう、なんだ」
殉職。
オレはその言葉に息を飲んで、また写真に目を落とす。
その人を挟んで、右側にシュンさん、左側に琉央さんが写っている。
琉央さんは今より少し襟足が長い。
そしてシュンさんは、満面の笑みで相棒に寄りかかって、今よりも遥かに子供に見えた。
「シュンさん、幼い」
「いつも零樹さ……その相棒にくっついて歩いて。鳥の雛みたいだったよ」
「へぇ……」
オレは零樹さんと呼ばれた人に視線を移す。
どことなく、見たことのある顔を見ている気がした。
「似てるんだよ」と琉央さんが言う。
「え?」
オレは聞き返した。
「一也に、その……零樹さんが」
「……そう?」
「似てる。表情、仕草、趣味趣向、特徴が」
「へぇ……」
ふと視界に入ったバックミラーで、写真の中の零樹さんと同じ角度で自分の顔を写してみる。
確かに、髪を少し伸ばしたら結構似ている気がした。
見たことがあるような気がしたのは、おそらく自分だったらしい。
「でも」琉央さんが呟く。
「声が、特に似てるんだよ」
「声?」
「瓜二つなんだ。聞けば聞くほど」
「ふぅん……」
オレは黙り込んで写真をまじまじと見つめる。
誰かに声が似てるなんて初めて言われた。
そもそも、自分の声を意識して話した事なんて一度もなかった。
「だから」と、琉央さんは考えるようにぽつりと呟いた。
「アイツも……心中複雑なんだ。おそらく。君と零樹さんが似ているから。アイツの気持ちは、僕には到底分かりかねるが」
「……そう」
「そう」
琉央さんはそう呟いたきり。
そのまま、暫く何も言わなかった。
オレは外を眺めながらぼうっと考え事をする。
確かに。
死んでしまった、大切な人にそっくりな人が、正にその人の代わりとして目の前に現れたら。
かなり動揺するんだろうな。
遠く霞んだ思考回路で想像する。
死んだ母さんにそっくりな人が、母さんの代わりとして目の前に現れたら?
似ている表情でオレを見つめて。
似ている仕草で手を握って。
似ている声で「一也」と呼ばれたら?
ダメだ。
涙が出そうだ。
耐えられない。
オレは考えるのをやめて外を眺めることに集中する。
夕暮れに染まる高速道路の防音壁が涙で霞んで見える。
オレはそっと、涙を溢さないように目を閉じる。
シュンさんにとって、きっと零樹さんはかけがえの無い存在だったんだろうな。
あの様子だと、きっと随分早くからこの組織にいるんだろうし。
長い時間、一緒にいたなら。
きっと一層。
似ている。
なのに全くの別人が前にやって来たら。
嫌だな。
代わりがオレなんかじゃ、尚更。
嫌だろうな。
代わりになれるわけがない。
オレは深くため息を吐いて、目を開く。
まだ視界がぼやけていた。
視線だけ写真に向ける。
零樹さんも歪んで見える。
感傷的な気持ちだからか、また涙が出そうになる。
ズルいな、と。心底思う。
隣にいる満面の笑みのシュンさんが、やっぱり驚くほど幼くて。
悔しい。
オレはまた窓に寄りかかって外を眺める。
防音壁の隙間から赤焼けた空と赤い太陽が見えて、車の動きに合わせて光がチカチカ漏れる。
オレにいろんな変化が訪れても、やっぱり世界の様子や現象は変わらない。
そう、なんだか不思議な気分になる。
暫く外を眺めていた。
同じ景色の繰り返し。
そしてふと、あぁ、そうか、と納得する。
なんで、シュンさんのことがあんなに気になっていたのか。
分かった気がした。
似てるんだ。
大切な人を失った気持ちを背負っているところが。
あの人の、本心の在りかを見失ったような目線が。
オレが気持ちを隠している仕草に似ているから。
全部投げ出してしまいたいのに、そう出来ない悲しさを。
あの人から何となく感じたのかも。
だから、怖いんだ。
同じ気持ちを共有できてしまうから。
オレの気持ちの奥底を覗かれた気分になるのかも。
納得してもう一度写真を見る。
だけど、それを知っているからこそ。
助けてあげたい。
役に立ちたい。
「オレもそうだよ」って言ってあげたい。
写真の中のシュンさんの笑顔が胸をかきむしる。
だからきっと、オレはそう思うんだ。




