0.26 朝顔 いつも言えなかったその言葉が
オレがこの組織に入ってから2ヶ月たった。
『瑞乃レン』という偽名にも、高校にも、新しい生活にもやっと馴染んできた。
毎朝高校へ行って、帰り道に研究室に寄って、共鳴の訓練をして寝る。
高校は国衛士官大学付属なだけあって、体育科目の実技が多い。
それだから目が回るほど毎日が忙しかった。
けれど、研究室では結姫先生(研究室の職員がみんな“先生”と呼んでいたから、オレもそう呼ぶようになった)がなんでも教えてくれるし。
琉央さんは毎晩のように訓練に付き合ってくれて。
魁君は「俺のついでだよ」と言って、ごはんを作ってくれたり、委員会のいろんな話を聞かせてくれた。
共鳴や同調の概念は、未だ掴みきれていない。
けれど、コツを掴んできた気はする。
米粒ほどの小さい丹の塊と同調することからはじめて、やっと一人で安定して同調から離脱までできるようになってきた。
初めて一人で出来た時の琉央さんと魁くんの喜んだ顔がとっても嬉しかった。
シュンさんはといえば。
この2ヶ月の間、顔をあわせることさえ、正直、片手で数える程だった。
あの人はいつも忙しそうで、会えたとしても、屯所の廊下ですれ違う程度だった。
忙しいんだろうけど。
避けられてるんだろうな、とは、少し思っていた。
新人のくせに、戦闘力皆無とも言っていいオレが委員長兼少佐の“相棒”になるなんて。
組織の中でオレを客観的に見るなら、きっと恐れ多い事案に違いない。
だから、それが理由で避けてるのかな、とか。
初対面であんな事があって、オレと話辛いんだろうか、なんて思ったりした。
けど。
あの人とオレが相棒になる事。
それが遺伝子の仕業なら、従うのが摂理なんだと思う。
少佐にまでなった人が、組織の存在意義の根幹であるその事を理解していないなんて、オレには思えなかった。
それにあの日の件も、オレの方が下っ端なのだから、あの人が気にする必要もないような気がする。
だから。
分からなかった。
どうして、避けられているのか。
高校の夏休み初日。
オレに初めての実地任務が課せられた。
内容は、琉央さんと二人で丹に侵された死体の無害化を行う、と言うものだった。
研究室で任務の説明を受けた時『死体』と聞いて、正直、体が固まった。
それを結姫先生に見抜かれて「大丈夫?」と聞かれてしまった。
オレは強がって「大丈夫」と答えた。
けれど、任務の日程を含めて、気を遣われてるのは明らかだった。
凄く悔しかった。
こんなんだから、きっとシュンさんに避けられてるんじゃないか、とか。
つい無駄なことを考えてしまうから。
夕方、オレは琉央さんの運転するミニバンに乗せられて現場に向かっていた。
現場の牽牛町は都心から西に1時間くらい車を走らせたところにあるらしい。
「相棒って、いつも一緒な訳じゃないんだね」
助手席で外を眺めるのに飽きた頃。
オレはぼそっと琉央さんに呟いた。
「今日の任務のこと?」琉央さんが優しく言った。
「普段のこと。琉央さんは、いつも魁君と一緒にいるけど……シュンさんは、そうでもなさそうだから」
「あぁ、アイツに限っては……まぁ、そうだな」
琉央さんは言って少し考え込む。
シュンさんのことになると途端に歯切れが悪い。
琉央さんは極端に嘘がつけない人だ。
この2ヶ月でオレはその事をよく理解していた。
「シュンさんて、どういう人なの?」
「本人に聞くのがいいとは思うけどね」
「まず会えない人に、どうやって聞けばいいっていうのさ。
相棒なのに、予備知識もないままなんて。顔も知らない人のとこに嫁入りするみたいなもんだよ」
「そんな言い方するもんじゃないだろ」
琉央さんは言って、小さく息を吐く。
「どうして、そんなことを聞くのかな」
「シュンさんがオレを避けるから」
「それは……」
琉央さんが吃る。
「一也のせいじゃないよ」
「どういうこと」
「アイツの問題だ」
「シュンさんの問題ってなに?」
「っ……はぁ、まったく」
質問攻めにするオレに、琉央さんは今度は大きくため息をついて呆れた顔をした。
「……僕の上着をとって」
「上着?」
「後部座席にあるだろ」
オレは首を傾げながら、言われた通り後部座席から琉央さんの上着をひっぱり出す。
「右の内ポケットにカードケースがあるから。それを取って」
内ポケットを探ると、手に硬いものが当たる。
黒い革の、少し年季の入ったカードケースだった。
「これ?」
「そう」
琉央さんに渡すと、慣れたように片手で中から小さい紙を取り出した。
そしてそれをこちらに寄越してくる。
「ご覧よ」
オレは受け取って紙を眺める。
写真だ。
3人、階段に座っている人が写っている。
暫く観察してギョッとした。
「え、これシュンさんと琉央さん?」




