0.02 浮上 しわがれた僕たちに
そんなオレの元に例のおじさんがやってきたのは、事故から10日、オレの目が覚めて7日目の昼過ぎだった。
「初めまして」
そう言って、オレの目の前に唐突に現れたそのおじさんは、究極的に胡散臭い格好をしていた。
歳は30代後半くらいで、髪はナスのヘタみたいな形。真っ黒な背広を着て、黒い手持ちかばんを持っていた。
誰。
そう思ったけれど声が出なかった。
あっけにとられているオレをよそに、おじさんは勝手に奥からパイプ椅子を引っ張り出してきてオレが寝るベッドの横に座った。
そのまま名刺を押し付けられて、オレは仕方なく受け取った。
名刺には『国家緊急対策委員会』と書いてあった。
何の対策だか意味がわからなくてまた困惑した。
「行政から派遣された君の身元引き受け代理人の東藤です。
君が暁星一也君だね」
はい、と一応返事をした。
「突然で驚かせたね」
そうおじさんが言うから、今度は「はぁ」と声を漏らすことしかできなかった。
睨んだら目が合った。
思いの外真剣な目だった。
「君は賢そうな子だね」
おじさんが、多分優しく笑った。
「単刀直入に言おう。君は国の危険因子だ。よって、君を国の観察下に置くことになった」
何が、と言おうとしたら遮られた。
「突飛だとは思うけれども、どうか最後まで聞いて欲しい」
そう言われても、とも言おうと思ったけど同じ事だと思って黙り込む。
全く意味が分からない。
オレが怪訝そうな顔をすると、おじさんは鞄から綺麗にファイリングされた書類を取り出して続けた。
「君は人類の危機を救う事ができる、或いは人類を滅ぼす可能性のある存在だ。
君の治療の際に行われた検査診断の結果、君にはある特定の能力があると分かった。
君にその能力があると分かった以上、その力を野放しにしておくことは出来ない。
君には選択権がある。
君の能力について詳しい説明を聞き、戸籍を捨て国を守る為に私達に協力をするか。
詳しい説明を省き、国の監視下で普通の生活を送るか。
今から24時間以内に決定し、私に知らせて欲しい」
呆気にとられる。
その様子を見たおじさんが申し訳なさそうにオレを見た。
「おじさんも雇われの身でね、申し訳ない」
オレは眉間に寄るシワを抑えながら下を向いた。
申し訳なさそうな顔をするおじさんは、やっぱり胡散臭くて。
むしろオレを試しているんじゃないだろうかとさえ思えた。
オレは少し黙り込んで、奥歯を噛む。
そうして自分のこみ上げるイラつきやどうしようもない悲しみを努めて押し込んだ。
意味が分からない。
「何言ってるのかよく分からないんですけど。何かのドッキリ?」
オレは言った。
「残念ながらドッキリじゃない」
「証拠は?」
「申し訳ないけど、今君に見せられるものは何もない」
眉尻を下げるおじさんにオレは震える唇を誤魔化してふーんと相槌を打った。
「それならもう一度、説明して」
「さっきの話かい?」
「そう」
「さっきと同じ説明になるよ」
「それでもいいです」
オレが睨むと、おじさんは口を少しだけ緩めてオレの顔を覗き込んだ。
「君の治療の際に行われた検査診断の結果、君にはある特定の能力があると分かった。
君は……この国にとっての希望だ。だから私達に協力してほしい。
ただ、君の力は強すぎる。
もし君が私たちに協力してくれないという事になれば、君を国の観察下に置くことでこの国を守るしかないんだ。
君には選択権がある。
君の能力について詳しい説明を聞き、戸籍を捨て国を守る為に私達に協力をするか。
詳しい説明を省き、国の監視下で普通の生活を送るか。
今から24時間以内に決定し、私に知らせて欲しい」
おじさんは言って、足を組んでオレの方を見た。
「追加事項として。24時間以内であれば、いつでも機密に触れない程度の質問には答えるよ」
オレは顔を上げておじさんを見る。
頭が回らない。
理解が追いつかない。
やっぱり、あんまりにも、いきなりだ。
おじさんの様子を見ると、オレをじっと見つめたまま動かない。
答えを待っているみたいに。
または、答えは決まっているだろうとでも言うように。
何か、オレが言うまで。
この先には進まないのはすぐに分かった。