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0.24 雲雀 めんどうなほど途方もない




「一也〜、大丈夫〜?」


 目を覚ました時、オレは訓練室の床の端の方に仰向けに転がっていた。

 イマイチ状況を把握できなくて、声の方を見てやっと、オレ自身の身に起きたことを一から全て思い出した。


 一瞬、母さんが死んだことも忘れていた。

 それだから、少し、自分が目を覚ました事に残念だと思った。

 あのまま何かわからない、大きなものに身を任せて飲み込まれてしまった方が、全てを忘れて幸せだったんじゃないかと思ったから。


 けれど目の前にいた魁君を見て、そんなことなかったかも、と思い直した。

 心配そうな顔でオレを見る魁君の鮮やかな躑躅色(つつじいろ)の目が、うるうるして、今にも泣きそうだったからだ。


「大丈夫」

 オレは言って体を起こした。

 本当はまだ頭がくらくらして。

 眩暈もするし、まるで麻酔から目覚めたみたいだった。


 けれど、そんなオレの様子に魁君がとても安心したように「よかった」と呟いたのを見て、オレも心底「よかった」と思った。


「琉央さんは?」

 眩暈を誤魔化して尋ねる。


「ゆきちゃんと話し中。あ、ゆきちゃんてのはさっきの研究員さんね」


 話。何だろう。

 オレは何かいけないことをしたんだろうか。

 あのまま。

 怖い、その先に行こうと言われたから。

 その通りに、自分なりにしたつもりだったのだけど。


 少し黙り込んで、思わず「オレ、また迷惑……」と呟いた。


「何言ってんの!! 迷惑なんかじゃないよ!

 すごいよ! 初っ端でここまで成果出したなんて!」


「……どういう事? よく分かんない」

 オレが尋ねると、魁君は「ん〜〜〜〜」と目と口を線みたいに伸ばして首をひねった。

「なっんで琉央くんってば途中でほっぽり出して行くかな〜。本当にサイコパス〜」


 オレも一緒に首をひねると、魁君は笑ってオレの隣にぴったりと膝を抱えて座り込んだ。

「俺たちが何者なのか。丹電子障害っていうのは何か、聞いた?」

「うん」

「ビンに入ってたのが丹っていう諸悪の根源的存在だって事は?」

「聞いた」

「じゃあ、今しがた一也がしたことが“同調”と“共鳴”っていう動作だって事は?」


「…………聞いてない、と思う」

「もおぉぉぉぉ。一番重要なところ抜けてるじゃん〜〜」


「あのね一也」と魁君は言ってオレの方に向き直った。


「丹を無害にするためには丹と“同調”して仲間と“共鳴”しながら丹を“抑止”しないといけないんだよ」

「……」

 黙り込むオレに魁君は「うーーーん」と唸る。


「言葉じゃうまく説明できないんだけど……。ビンの中の丹を見たとき……そうだな、頭ぼっとしない?」


「する。おかしくなる。」


「それ! それが“同調”ね。で、一也は気を失った。つまり“同調”の末、丹に負けちゃったわけ」

「……勝ち負けがあるの?」

「まぁ、言葉の綾だけど。

 丹に意識を持って行かれて気を失ったでしょ? 丹に呼ばれて、それに心のまま応じて」


 オレはその“同調”の時のことを思い出す。

 確かに。

 あの感覚が“同調”で間違いないのならば。

 あれは、多分、多幸感っていうものなんだと思う。


 例えがうまく思いつかない。

 けれど、夢の中にずっといて。

 苦しみを全て忘れて。


 後先の不安なんてどうでもよくて。

 ただそこにある快楽に身を任せているような。


 そんな感覚だった。


「それでね」と魁君が言う。

「そのまま意識を持っていかれると死ぬんだ。自分を忘れて。丹に飲み込まれたら最後。それが丹電子障害」


「……オレ、死んでたの?」

「こんなんじゃ死なないと思うけど……まぁまぁ危ないって感じ?

 ちなみに、触ってもアウトだし、触ってなくても意識持ってかれたらアウト」


 オレはぞっとして膝を抱えた。


 魁君は続ける。

「厳密に言えば、一般人も丹と“同調”はする。でもね、俺たちみたいにその様子を事細かに思い出すことはできない。

 そもそもこの感覚を享受する器がないんだ。

 この感覚を認識する暇もなく、わからないまま、一瞬のうちに丹に飲み込まれていく。

 器がある、“同調”の事を事細かに覚えてるってことは、丹に勝つ事ができる。飲み込まれる事を防ぐ事が出来るって事」


「……オレには器があるってこと?」


「そう」

 魁君が言って、傍に置いてあった瓶を拾い上げる。


「このビン、見覚えがあるんだっけ?」優しい声だった。

 うん、とオレは頷く。

「オレ、あの日。魁君や琉央さんに会った日、……いけないってわかってた。けど……——」

「——無意識に近付いた?」

 魁君に言われて、もう一度頷く。

「引き寄せられたんだ」

 すると魁君は満足そうに「それそれ〜」と頷いた。


「一般人もね、引き寄せられてるんだよ。でも、それは全て無意識。引き寄せられたってことにさえ気が付かないまま飲み込まれる」

「オレは気が付いたってこと?」

「そう! その“気が付く”っていうのが肝心」


 オレは下を向く。

「じゃあ」と呟くと魁君が「ん?」と首を傾げた。


「みんなも、魁君も、引き寄せられるの?」

「もちろん。というか……多分だけど、オレなんか一也より強烈に引き寄せられてると思う」


「………ふーん」

 オレはよく分からないまま相槌を打った。






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