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0.23 雲雀 くじらが陸にいた頃

「これから琉央先生に教わって、そこの訓練室であなたの能力検査と、訓練の導入を行ってもらう。

 一応異常感知器はあるしガラス張りだけど、監視カメラがない唯一の訓練室だから。気兼ねなくね」

「ありがとうございます」

 オレが答えると、結姫さんはにっこり笑って「よろしく」と呟いた。


 そうだ、と結姫さんがまとめた書類を抱えながら魁君を見た。

「魁君、お願い事頼んでもいい?」


「りょうか〜い」

 魁君が答えて、部屋を出て行こうとする結姫さんについていく。


「あ」と結姫さんがこちらを振り向く。


「琉央、ちょっと魁君借りるから」

「魁は僕のじゃない。魁がいいなら好きにすればいい」

 琉央さんは無表情のままスタスタと左手のガラス張りの部屋に入っていく。


 はいはい、と結姫さんが呆れた声で返事をするのが聞こえる。

 オレも、失礼だけど少し呆れてため息を吐く。


 じゃあね、と言う結姫さんを見送って、オレは琉央さんに続いてガラス張りの訓練室の中に入った。


 琉央さんが後ろ手で照明のスイッチを入れた。

 ブンッ、という音が鳴って、辺りが明るくなる。


 柱も窓もない、体育館みたいな空間だ。

 薄いグレーの床で、天井と壁は白い。

 壁際の床に恐らく通気口らしい柵付きの溝があって、あとは天井に点々と埋め込み式の照明と報知器の様なものが付いているだけ。


 どんな訓練なんだろう。

 一応、体を動かしても問題ない服装だし、何が起きても心の準備はできているつもりだ。


 オレは琉央さんと一緒に訓練室の真ん中まで進んでいく。

 緊張して思わず唇を噛んだ。


「訓練を始める前に」

 琉央さんが言った。


「一也は、丹電子障害(たんでんししょうがい)という言葉を知ってる?」

「……都市伝説の?」

「そう」


 訓練になんの関係があるんだろう。

 少し眉間にシワを寄せながら、オレは「学校で噂が流行ってた」と答えた。


「なら、その噂、どこまで知ってる?」

 琉央さんに尋ねられて、オレは考え込む。


「昔流行った病気で……赤いアザが身体中に回って死ぬ病気。原因は分かってない。って事くらいしか知りません。

 ウィルスのせいだって言われてたけど、不衛生だった事がそもそもの原因で、今はそんな症状になる人も居ないから。

 病気というか、色んな症状をまとめて丹電子障害って言ってたんじゃない、っところまで」


「もし、その病気が今も伏在しているとしたらどうする」

「ふくざい?」


「今も何処かで人を殺している。隠れて見えないだけで」


「え、」オレは思わず体を強張らせた。


 背中が緊張する。

『人を殺している』その言葉があまりにも強烈だった。


「じゃあ、病気はまだあって、しかも不衛生が原因じゃなかったってことですか?」

「そう」琉央さんが答える。


「原因の真相は、その噂とはかけ離れた全く違う物だ」

 その言葉にオレが押し黙ると、琉央さんがポケットから何かを取り出した。


「これに見覚えはない?」


 見ると、琉央さんが持っていたのは赤い塊が入った瓶だった。

 はっとする。

 あの日、オレが勝手に触ったやつだ。


「ごめんなさい」

 咄嗟に謝ると「いや」と琉央さんが言った。


「語弊を恐れず言うけど、荷物を触ったことを謝る必要はない。

 あそこは一也の家にもなる場所で、家にあるもの全ては一也の物でもある」


 オレが「でも」と言うと、琉央さんは少し表情を緩めて「気に病む必要はないよ」と言ってくれた。

「第一。触ってはいけない物を触れる場所に置くな、と言う話だ。個室はその為にある」


 オレは「はい」と言って下を向く。


「話を先に進めよう」琉央さんが言った。


「これは“(たん)”という、ウィルスとも、無機物とも、個体とも液体とも、気体ともつかない、得体の知れない、未だ人智が及ばない物質だ。

 これこそが、丹電子障害の元凶。

 不用意に直に触れれば、君の肌はすぐに赤く染まって、丹が全身に回り死に至る」


『死に至る』

 その言葉にぞっとして唇を噛む。


「そして」と琉央さんが続ける。

「丹に侵された体は、その後自らの意思が疎外され、丹として活動を開始する。

 丹に乗っ取られた体は、他の生命体も丹に変えるために徘徊し無差別に襲いかかる」


 オレは顔をしかめる。

 じゃあ、オレはあの日。

 そんなものに気を取られて、しかも触ろうとして、ひいては死のうとしていたのか。

 なんで。

 そもそも、なんであんな行動を取ったのか。

 オレ自身もよく分からない。

 あれは無意識だった。


 けれど。

 そんな映画の“ゾンビウィルス”みたいな物、本当にあるんだろうか。

 琉央さんが言うなら本当なんだろうけれど。

 もし、この話が本当なら、なんで国はそれを隠してるんだろう。


 ぐるぐる考えるオレをよそに、琉央さんは構わず続ける。

「僕たちは丹電子障害警衛委員会たんでんししょうがいけいえいいいんかい

 丹電子障害、及びその原因の丹という“あってはならない”存在を抹殺する国家機密組織」

「あってはならない?」

「国が無いと公言するなら、それを実現させるのが“国家機密組織”である僕たちの役目だ。

 そんな物質がこの国にある。しかも、この物質の所為で何人も、日々死者が出ているなんて知れたら国民はどうなるか。

 それを知った他国で、秘密裏に軍事転用されたらどうなるか」

「……」

 オレは押し黙る。

 難しい話はやっぱりよくわからない。


「一也」と琉央さんが言った。


「言いたいことが山ほどあるのは分かる。不可解なことばかりかもしれないし、納得がいかないことも多いと思う。

 けれど、僕たちが出来ることに限りがあるのもわかるだろう?」

「……」

「とはいえ、僕たちは()()()()()()()()()()だ」


 オレは首をかしげる。

 すると、琉央さんが微かに表情を緩めた。


「画期的なことはできなくても、僕たち委員会のメンバーには丹を虐げ、丹を無害化する力がある」






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