0.15 雲雀 声はすれども
結局。
殺されかけた後、オレは屯所で琉央さんから詳しい説明を聞くことはできなかった。
オレ自身は全然平気だったし、むしろ聞きたい事が山ほどあった。
けれど、琉央さんと魁さんがオレを心底心配してくれて「また今度、整理がついてからゆっくり話そう」と言ってオレを病院に送り出してくれた。
そうして、あの日から3日経った日曜日。
オレは入院していた病院を退院した。
入院中、病院に“お見舞い”というていで何度か来たおじさんから、ここ約1週間の間で、オレの生きてきた痕跡を限界まで抹消する作業が行われる、と聞かされていた。
オレ抜きでオレの引っ越しが進められて、オレの名前で契約されていた全てが解約されて、住民票、戸籍、全ての形式的なオレの存在が抹消されるらしい。
そうして最後には、人々の記憶にいるオレが、あたかも最初から居なかったかのようになっていくのだと。
優しく、おじさんが教えてくれた。
オレが社会とつながりを持つ時、オレはオレ以外の何者かとして一時的にそこに存在する。
その時に使う名前は後から貰えるらしいけれど、その名前によってオレ自身が身の振り方を変える必要はないとおじさんには言われた。
オレはその名前の人物ではないのだから。その人物に成り切りすぎては、きっといけないんだと思う。
簡単に言えば「お前は誰でもないのだから、それを忘れるな」ということかも。
入院初日の段階で、大やけどの背中はだいぶ良くなっていた。
ガーゼを取り替える頻度もすっかり減ったし、新しい薬がよく効いたんだと思う。
違和感は残っているけど、きっと時間が経てば気にならなくなる。
それだから。
ここ3日間は、入院といっても、ただそこで普通に生活していただけだった。
なにもせずテレビを見て、病院にある本をぼうっと読む。
こうやって時間があると、つい物思いに耽るのは普通のことだと思う。
様々な出来事を思い出して、復習するみたいに。
これまで降りかかって来た事象を思い出して。
言葉でもう一度その映像を理解して、また頭で改めて認識する。
そんな事をずっと。
何度となく繰り返していた。
ただ時間に押し流されていくみたいに。
入院中。主立ってずっと考えていたのは、オレの首を絞めたあの人のことだった。
あの人とは、帰り際に簡単な自己紹介をしただけ。
瀧源シュン。
あの見た目でオレよりもかなり歳上で。
組織のリーダー。
それくらいしかまだ知らない。
他に言われたことと言えば「さっきは本当にごめんね」という言葉だけ。
それだから、オレも特段会話に発展することもできず、ただ「大丈夫です」と返すことしかできなかった。
本当にそれだけ。
首を絞められた時は、それは驚きはしたけど。
そのあと然程ショックでもなかったし、そこまで悲しくも何ともなかった。
嫌だ、とも思わなかった。
今まであまりにも悲しい事が多かったから、心が麻痺しているのかもしれない。
でも、また別の感覚として。
あの人のことを考えていると、何か、妙な諦めにも似た安心感がオレの心を満たしているのを感じた。
何を持ってこうやって落ち着いていられるのか、説明ができないけど。
揺らいでいた心の芯に、つっかえが出来たみたいだと思った。
確かに。
あれは本物の返り血だったんだろうか、とか。
どんな任務を終えた後なんだろうか、とか。
野暮ったくて表面的な疑問は沢山あった。
けれど、何故か。
何か違う。
何かが、こんなに心に引っかかる。
この感情はなんだろう。
寧ろ、肩書きや見た目に影響されているのか。
殺される恐怖。
その初めての感覚に驚いたのか。
それじゃあ、恐怖の印象が薄いのはどうしてなんだろう。
もっと違う何かが気になってしょうがない。
あの人はどんな人なんだろうか。
理由もなく気になる。
どうしても頭を離れない。
どういう生き方をしてきたのか。
どういう気持ちでいつも生きているのか。
どんなことを考えて、どんなことを大切にしているのか。
何も考えていない時、必ず頭を過るほど。
同じ場所で会った、もっと良くしてくれた、琉央さんや魁さんよりもずっと。
無性に考えてしまうのだ。




