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0.13 XX 呼ぶ聲がする

 意識を目の前の死体に集中する。


 聴こえる。


 途端。

 引きずり込まれる。


 こっちへ来いと言わんばかりに。


 丹が僕を呼び叫んでいる。


 あぁ。毎回思う。

 この呼び掛けに負けてしまえたら、きっと多幸感を感じながら僕はこの世から消えることができるのに。


 それでも、僕に与えられた責務から逃げる訳にはいかない。


 首に掛けていた音叉(おんさ)を取り出して、膝に叩きつけて柄を咥える。

 頭に音が響いて、自分が自分であることを思い出す。


 心臓がドクドクと脈打ち始める。

 まるで病的に。

 死を間近に感じさせる。



 それでも、音叉の音が僕を体に引き止める。



 引きつけられる。

 こっちへ来い、と。


 とてつもない背徳感だ。

 まるで、いけないことをしているみたい。


 ダメだと言われた場所に入り込んだ時のように。

 林檎をかじった(アダム)のように。


 胸が苦しい。


 これは引力だ。

 焦燥感。期待にも似ている。


 おそらくそう感じる。


 この感情をうまく言葉にできない。




 息を深く吸う。

 太腿に手を伸ばして、ナイフの柄を持った。


 聞こえる聲をつなぎとめる。


 おいで、と聞こえるから。

 僕も『おいで』と囁いてあげる。

 そうやって、僕は心を許してあげる。


 “同調”する。


 僕も()の一部になる。

 意識の端が溶けて、どこが境目かわからない。


 そうやって。

 一緒にいてあげる。

 そっと()のそばにいて。



 そうして僕が、殺してあげる。




 目を見開く。

 一気に意識が覚醒する。


 現実に引き戻されて、すべての感覚が手元に帰ってくる。


 ナイフを構えた。


 狙いを定めて腕を大きく振りかぶった。


————トスッ


 鈍い音がして死体に刃が突き刺さる。


 瞬間。

 死体がビクッと動いて小さく痙攣し始める。

 小刻みに、けれど徐々に激しくなる振動と共に、ナイフを刺したところから、丹が無色に変わっていく。


 そして。

 聲が僕の意識を追いかけてくる。


 意識が引き摺り下ろされる。


 叫び聲が僕を突き刺す。


 僕はまた音叉を叩いて柄を咥える。


 ひどく悲しい感情を感じる。

 あまりにも痛い。


 けれど、僕はその聲を無視する。


 例えるなら。

 体を引き裂かれる瞬間に考えること。

 恨みや悲しみや生まれてきたことに対する疑問を混ぜ込んだ感情が、僕の中に流れこもうとする。


 それを、音叉の音で掻き消す。


 街の喧騒をイヤフォンで塞ぐように。


 そうして。

 しばらく。

 無視しているうちにどんどん遠くなってくる。


 死んでいく生き物のように。

 どんどん力が弱くなって。


 最後にはプツンと焼け落ちる。


 終わった。


 また一つ。




 僕はゆっくり立ち上がる。

 貯水槽の中にいる遺体を少し眺める。


 そして、深く息を吐いた。


 通信機のスイッチを入れる。

「こちらNo.3。任務終了。標的A-0670殲滅。異常なし。オールクリア。どうぞ」

『こちら司令室。お疲れ様です、少佐。処理班を派遣します。帰還してください。以上』


 僕はまた一つ息を吐いて、通信機のスイッチを切る。

 そしてコートの裾を払った。


 人の声を聞くと、どうも安心してしまう。

 悪い癖だ。


 もう一度、貯水槽の中を覗く。

 死体は、もう()()()()()に戻っていた。


「かわいそうに」


 呟いて、僕は奥歯を少し噛む。


 でも。

 こんなことで止まっていられない。



 僕たちは、丹電子警衛委員会たんでんしけいえいいいんかい、都市伝説名「黎明の鴉(れいめいのからす)」なのだから。










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