0.13 XX 嗚き聲が聞こえる
さっきまで生きていた肉の欠片が飛び散って、僕の髪を掠める。
そんな非日常的な光景が、僕にとっての日常だ。
先進国であるこの国で、1年に申請のある行方不明者は約9万人。
そのうち毎年、だいたい85.3%はすぐに所在が確認されて、残りの14.1%は死亡確認、または届け出が取り下げられる。
残された0.6%は消息が分からないまま年を越す。
年間約540人。
記録に残る限りだけれど、この国では人が消えている。
そして、その一部に。
僕は恐らく大きく加担している。
“丹電子障害”という病がある。
世間には複合的な日和見感染と吹聴され、最早過去の病と片付けられているその病と、僕は日夜闘っている。
もとい。
その“病に侵された患者”と、闘っている。
珍しく、月がよく見える。
スーパームーンが近い晩だ。
雑居ビルの屋上で、僕は深く息を吸う。
今日の仕事は、簡単な“清掃作業”だった。
このビルの屋上にある、今は使っていない貯水槽に発生した赤錆を掃除する。
内容は簡単に聞こえる。
赤錆の原因。
つまるところ、丹電子障害に侵された死体の除去、という所まで言及しなければ。
そう。
これは“簡単なお仕事”だ。
ひび割れたコンクリートの屋上をゆっくり進む。
貯水槽を取り囲むクリーム色の塗装がハゲた鉄柵を乗り越えて、貯水槽の上に静かに飛び降りる。
しゃがみこんで、足下にあるハッチに手をかける。力を込めてゆっくりと引いた。
ギィっと嫌な音がする。
臭い。嫌な臭気に細めた視界の先。
見えた。
死体だ。
赤黒く濁った水の中でゆらゆら揺れていた。
背中であろう部分が水から浮き出て、不気味に蠢いている。
そこから発芽するように、何本か触手が生え始めていた。
丹化第六形態ヒトガタ。
都市伝説名『赤い苔』。
変形が少ない。
まだ新しい死体だ。
いずれ、この芽が成長して、カマキリを操るハリガネムシのように、この死体の神経細胞に根を張って死体をより強く乗っ取りはじめる。
そして、死体が自らの力で動き始める。
電精ウィルス。
一瞬だけこの世に名前を轟かせ、その後都市伝説と化したウィルスの真実は、この世に存在しないデタラメだ。
丹。
それが、僕たちが呼ぶ呼称。
電精ウィルスを隠蓑として、政府が隠し通したい丹電子障害の本当の根源。
もはや、そのデタラメウィルスの名前も嘘臭く、隠蓑さえも無かったことにしようとしているらしい。
というのは僕の直近の面白話だ。
“丹”は一般的な細菌、ウィルスなんかじゃない。
例えるなら放射能。
ファンタジックに言えばゾンビウィルス。
丹に侵された人間は死に絶えた後、丹として活動を始める。
丹に身体を乗っ取られ、他の生命体も丹に変えようとなりふり構わず襲い掛かってくる。
唯一、“同調”能力がある僕たちでないと抹消出来ない。
僕たちは“丹”と“同調”して、自らも“丹”となる。
そうして、内部から“丹”を破壊する。
“同調”から離脱できない時、それは僕たちの死を意味するけれど。
それが、僕(きっと僕たち)の、生きる唯一の意味なんだ。




