0.09 浮上 さっきまでそこにあったものも
オレが座ったのを確認して「まずはじめに」と琉央さんが言った。
「仕事の話をする前に。悪いけど、僕は人の感情の機微に疎い。魁やこれから会うシュンと比べて特に。失礼があったら申し訳ないと先に言っておく。言ってくれないと分からない。何かあったら言ってくれれば、僕にできることだったら解決するから、言って欲しい」
琉央さんは無表情だった。
けれど口調はとても真摯だ。
オレはてっきり堅苦しい説明が始まるのかと思っていたけど。
気を遣ってくれてるんだ。
オレは小さく息を吐いて「ありがとうございます」と呟いた。
思ったより震えた声が出て自分でも驚いた。
もう一度、息を吐く。
別に、と言葉が漏れた。
「ここの匂いが……」思わず続けて呟いて、まずいと思った。
はたと琉央さんの方を見る。
続きを促すでもなく、それでいて何を言っても差し支え無さそうな穏やかな視線をオレに向けていた。
オレは下を向く。
「ちょっと、事故の事……思い出して」
言って、暫く息を整える事に集中していた。
けれど、その間何も言葉が返ってこなくて、心配になって、ふと琉央さんの方を見る。
琉央さんは視線を外して、口元に手をやって真剣な顔で悩んでいた。
「あの……」
オレが声を掛けると「ん?」と琉央さんがこっちを向く。
「ごめんなさい」と咄嗟に謝った。
「オレ、意味のわからないことを言ったかも」
続けて言うと、琉央さんが「そう?」と言った。
「ごめんなさい」
オレはもう一度呟く。
「どうして謝るの」
「だって、変なことを言ったかなって」
琉央さんは微かに困った顔をした。
「……一也がここに来るまでの概要は把握してる。意味はわからなくない。いや、実感はないから共感は出来ない。でも理解が出来ない訳じゃない」
「えっと」
「仕事はかなりハードだ。些細な事でも命取りになり兼ねない。一也がここに住むにあたって、少しでも住む上で懸念があれば取り除いておきたい。解決策を探してる」
下を向いてまた考え込む琉央さんに、オレは居た堪れなくなって唇を噛む。
このまま泣いて縋ってしまいそうだった。
でも、と思い直す。
所詮他人は他人だ。
しかも今日会ったばかりで。
自分勝手だろう。
涙を堪えていたら、琉央さんが「取り敢えず」と呟くのが聞こえた。
「解決策は探しておく。一也は、ここだと集中出来ない?」
「そんな事は……」
オレは咄嗟に答えた。
けど、琉央さんの真剣な顔を見てすぐ思い直した。
「嘘。本当は怖い」
オレが言うと、琉央さんがその答えを待っていたかのように「それなら」と間髪入れずに呟いた。
「もう一つ共有スペースがある。そっちで話そう」
「ごめんなさい」
オレがもう一度謝ると、琉央さんは首をかしげる。
「謝る理由が分からない」
「でも」とオレが言うと琉央さんがそれを「まあ」と遮った。
「僕の性分として。問題提起に対して解決策を見出す事が趣味のようなもんだから。趣味に付き合ってくれていると思えばいい」
「……」
「取り敢えず移動しよう」
立ち上がった琉央さんの気配を感じて、オレも立ち上がる。
立ち上がってもすぐ動き出さない琉央さんが不思議で、思わず顔を上げた。
目が合う。
北の国の湖みたいな、翡翠色の目だった。
「第二会議室に行こうか」
琉央さんが言った。




