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道貧連酒宴③~賭博必勝戦術編

作者: 斉藤寅蔵

「ついに勝利の法則を掴んだっすよ!」

「多村……どうした?」

「だからついに掴んだっすよ!競馬の必勝法っす」

「それ妄想やぞ!それ絶対妄想やからな!」


 今日も今日とて徳田と多村と俺の3人で乾杯して飲み始めた直後の会話がこれだ。


「まあ聞いてくださいよ。こないだ馬券売り場に行ったとき、単勝で1.8倍くらいのガチの本命が勝ったレースがあったんすけど、着順が決まった瞬間、若い奴ら、7人くらいだったかな?そのグループがドッと盛り上がりまして」

「2~3着に穴馬でも来たのか?それなら買い方次第で」

「いや、1着の単勝に賭けていたらしいっす」


 多村がその若い連中の側に寄って聞き耳をたててみたところ、こういう話らしい。


その若い連中は学生で、そのうちの1人が親から送られた仕送りをつい家賃分までパチンコで使ってしまった。

 家賃は12万円(いいトコ住んでんな)。でも手元には7万円しかない。家賃を明日までに入金しなければ親に通知が行くのは確実。

 そこでギリギリ家賃分まで戻ってくるくらいのオッズの本命に残りの7万円を全て投じたところそれが当たって大喜びしていた。

 

「まあ、これで外したら、そこに居た仲間たちが皆で分け合って金を貸す……っていう話だったみたいっすけどね」

「仲間の誰かが『ギャンブルの負けはギャンブルで取り返せ』みたいなこと言いだして盛り上がったんやろな」

「そこで俺は気付いたんすよ」

「断言するけどそれ絶対気付かない方が良かったことだぞ」

「これまでの俺は万馬券狙いで高オッズの馬に賭けてたっす。しかしそれより本命にブッ込んだ方が断然勝率がいいはず!オッズ100倍の穴馬に500円賭けて勝ってもプラスは約5万円。オッズ1.5倍の本命馬に10万円賭けて勝ってもプラス5万円!それなら確率の高い本命馬に高額ブッ込むべきだと!」

「そら勝つ確率はそっちの方が高いやろうけど」

「ここ数年のレースの統計をネットで調べたんすけど、オッズ100倍以上、言わば万馬券になるような馬は勝率1%未満、けどオッズ1.5倍から1.9倍の馬の勝率は45%から49%!2回に1回は来るっすよ!これに乗らない手は無いっすよ!」


「「……」」


俺は徳田と数秒顔を見合わせた後、無言で頷いた。今回は俺が説得役になろう。


「多村、お前の言いたいことは分かった。しかしその戦術を実行して勝利するには2つ問題がある」

「問題ってなんすか?」

「まずお前、無職の間に貯金ほとんど使い果たしちまったんじゃないか?今の生活だってカツカツで、万馬券に賭けたのと同じくらいの利益を出すほど本命に賭ける種銭が無いだろ」

「ぐ……」

「結局二、三千円くらいのリターンを得るくらいの額しか賭けられないんじゃないのか?お前も借金してまで種銭つくる程馬鹿じゃないだろう?」

「そ、そこは何とか節約して」

「問題は2つあると言ったよな。もう1つの問題の方が深刻だ。お前さっき『2回に1回は来る』って言ったろ」

「言ったっすけど」


「その『2回に1回』を……外し続けてきたのが俺達の人生だ」


「ノオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!」

「気付いとるやろ……俺らは『2回に1回』を当てられない側の人間なんや」

「気付いてても直視したくなかったっすーっ!うわああああああああん!父さんの馬鹿ああああああああああ!」


 叫ぶなり多村は玄関で靴を履いて表に飛び出していった。


 30秒後、アパートの周りを走ってきた多村が帰ってくる。


「ゼイ、ゼイ……」

「「お帰り」」

「飲んで走るもんじゃないっすね」

「このネタやる度に言うとるな」


この『うわあああああああん!父さんの馬鹿あああああああああああ!』のネタをやる度に多村は律儀にアパートの周りを全力疾走してくる。本人なりのこだわりなのか。


「けど必勝法の話自体はネタのつもりは無かったっすよ。これマジでいけると思ったんすけど」

「『2回に1回来る』っちゅうけどな。『その2回に1回が最初に来るとは限らん』し、『その2回に1回が10回目でも()いへん』こともあるっちゅうのがギャンブルやろ。それが『来る』まで耐えられる資金力を持った奴しか勝てへんのや」

「結局ギャンブルは『金持ち勝つ』っすか!神よ!せめて2回目の勝負ができる資金を我に!」

「1回目は勝てないことを認めたか……」


 その後いつも通り荒れた多村が酔い潰れた後、俺と徳田も眠りにつき……


 そこで話は終わらなかった。この飲み会から3週間程後。


「おう、邪魔するぞ」

「ありがとうございまっす!」

「俺が来る度に玄関で土下座するの止めてくれない?お前に三つ指ついて出迎えられても嬉しくないし」

「いやもう俺には頭下げるしかないっすからね。ホント川本さんにはお礼の言葉もございません!」


 あのギャンブル必勝法の話をした飲み会の後、それでもどうしても諦められなかった多村は、僅かな貯金と生活費から、家賃や光熱水費、食費等の必要最低限の生活費を残して捻り出した5万円をオッズ1.4倍の本命馬に全額賭け……散った。

 本人の弁によるとギリギリの生活費は残したつもりだったが、諸々の支払いを終えた後の食費が思ったより不足したとのことだ。

 とりあえず種銭確保に借金に手を出さなかった点だけはたいしたもの……かな?


 ともあれ、あの飲み会から2週間後の飲み会で、その明らかなやつれぶりに驚いた俺と徳田が問いただしたところ事情を多村は事情を白状した。

その後、学生会館での食事の余りものを毎晩俺が届けている次第である。

なにしろ俺と徳田から金銭を受け取ったり借りたりすることを頑なに拒否するので、これしか多村を納得させる救援方法が無かったのだ。


「まあ、明日の晩まではそれで凌げ。そんじゃな」

「ありがとうございましたーっ!!」


 なお、今回の敗戦が発覚した飲み会で多村は


「いや…今まで3百円、5百円を万馬券狙いでチビチビ賭けてたんすけどね…今回5万円賭けた馬が沈んでいくのを見て初めて『有り金全部溶かす』っていう言葉の意味を肌で感じたっす…もう二度と経験したくないっすよ…」


と、うなだれていたので同じ失敗をすることはないと思う。あいつはお調子者だが馬鹿じゃない。


 本当は5万円を賭けて外してしまったら食費が足りなくなることは多村も分かっていたのではないだろうか。

 それでも一回くらい万札5枚をパーンッと賭けてみたい誘惑に勝てなかったっていうのが実際のところじゃないかと思う。

 まあ、俺達のような貧乏人こそギャンブルでは勝とうなどと思わず、『当たったら何に使おうか』と想像して楽しむ妄想料金を払ったと割り切る方がいいのだ。本気で期待などしてはいけないのだろう。

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