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下半身からビームが出るお兄ちゃんが勇者になった

 時は西暦20XX年ッ!

 アンゴルモアの大予言の魔王もマヤ歴の終わりによる世界の終焉も訪れず、地球人類がなんやかんや平穏に暮らしていた時代ッッ!!

 特段予言も予兆も無く、唐突にバミューダトライアングルから異世界の魔王と魔物どもが棲家であるダンジョンと共にあらわれたッッッ!!!


 以前いた世界での世界侵略に失敗して逃げ込んできたザコ連中だが、地球人類はやつらと戦うための術を持たない更なるクソザコ!

 当然持ちうる手段は叩きつけたが、近代兵器で物理的にぶっ飛ばしてもダンジョンでリスポーンするから無駄無駄ァなど己の手の内を明かしつつ魔王どもは地球侵略を開始したッ!!


 それから5年の月日が流れ、人類は絶滅……していなかったッ!!!

 危機があれば対応するのが生命の力!

 人類に限らず脊椎動物から無脊椎動物、植物に至るまで地球の森羅万象全てが異世界の魔力をブン殴るための"スキル"を発現するに至り、なんやかんや前線をおしつおされつの拮抗状態を保っていたッッ!!

 剣術スキルが目覚めれば、その者の振う剣に見立てたものは魔力を帯びる!

 魔術スキルが目覚めれば、魔力の炎をぶつけて直接攻撃できる!

 生産スキルが目覚めれば、裁縫で縫ったハンカチは魔物の魔法を軽減し、レジン手芸に魔力が篭りバリアーが発生する!


 その結果うまれたのは、日々のニュースの中で軍略スキルをもった蜂の一団がキラービーを蜂団子で蒸し殺して撃退したというニュースが平然と流れるような時代ッ!!

 その中でも特に注目度が高いのは、前線で魔物と戦う"勇者"と呼ばれる面々!彼らは己の命を顧みず、最前線で進行を押しとどめ地球を守る、まさしく勇者なのであるッ!!

 当然のごとく人々は己のスキルを鍛え、いつか魔王たちを打倒する勇者や、彼らを守る上級スキルの目覚めを目指すようになっていった!



 が、それはそれとして戦いに直接かかわらない人々は、のびやかさを保っていたりもする。

 スキルの目覚めのタイミングも人それぞれであり、成長に関してどころか、どういう物なのかすら未だ研究途中。そんなわけで、無辜の人々は可能な限りの日常を続けていた。

 もっとも、だからといってその手の話題がないわけではない。


 今日も、一人の"勇者"の活躍が、片田舎に住む小学5年生の麻倉えみを悩ませていた。


「……おにいちゃん、また新聞に載ってる」


 全国紙の本日の一面は、彼女の兄である麻倉タツヲの事を大々的に報じていた。

 14歳というまだ子供と大人の境目である少年が、広範囲攻撃スキルを効果的に使う事でスライム大量発生による津波を防いだというお手柄ニュース。

 これでタツヲのスキルが一般的な……そうでなくとも常識的なものであれば、えみだって「うちのお兄ちゃんすごいでしょ~♪」などと調子に乗れていた。

 しかし多感な小学生女子として、えみは兄の事を素直に認めることはできなかった。


「おにいちゃんてば、また、お○ん○んからビームだしたんだ……きしょい……」


 そう、タツヲが目覚めたのは己の股間からビームを出す事の出来るスキル。青春の迸りがそのまま破壊力になる強力な攻撃スキルであり、彼はその破壊力を買われ最前線で戦う勇者となったのだった。

 小学校高学年の女子から見て無邪気に喜べない兄であることは、皆様にも想像に難くない事だろう。

 とはいえ、兄が恥ずかしいビームを出している、その事実にえみが拒否反応を示してしまうのはなにも内容だけが理由ではない。下半身からビームを出す兄の事を認められないのは家族の中でえみだけだというのも、彼女の反発を強めていた。


「あんらぁ、たっちゃんまーた頑張ったんだねぇ」

「お?たっちゃんの記事か?ハッハッハ!派手だねぇ!ワシの若い頃だってここまでやんちゃは出来んかったわ!!」


 祖父母はタツヲの活躍を素直に喜んでいる。


「タツヲ……無事そうでよかったわ」

「早めに何とかなると良いんだがな……そうだ、タツヲへの仕送りに栗を送るつもりだから、ミユも手紙を用意しておいてくれ」

「ええ、そうするわ」


 両親は、兄の事を心配している。


「父さんと母さんに、えみも。明日には荷物送る気だからそれまでにタツヤに手紙書いといてくれ」

「……はあい」


 そして、彼らの前で反発したところで『命をかけて兄が戦っているのに』と叱られるだけだとわかっているからこそ、えみは兄が勇者になって以降あまり面白くない日々を送っていた。



 通学路。近所に住む友達のユキエとともに登校しつつ、えみは彼女に愚痴を聞いてもらっていた。


「本当、いやになっちゃう」

「えみちゃん、大変そうだね……タツヲさん、今日も新聞のってたもんね」

「ホント、なんでおにいちゃんあんなんなんだろ……全く知らない人なら、変だけど強いですんだのに」

「女の子は、素直にすごいって言いにくいもんねぇ……うちも、弟がよろこんでるけど……ね?」

「わかる。……うちだと、それを家族に言っても伝わんないし」


 長閑な田舎道を行く少女たちの会話が、スズメのさえずりとともに生まれては消えてゆく。

 子供の少ない田舎で、あるものは延々と続く田んぼと畑と山々。

 その中を朝早くから歩ききるための話題をいつも探しているような二人だったが、タツヲが勇者になってからはどうしても彼の話題にならざるを得なかった。


「別に、おにいちゃん本人が嫌いなわけじゃないの。おにいちゃんのビームがスケベだから嫌いなの」

「だよねぇ……わたしも、タツヲさんやさしくて好きだよ。でも、スキルをきいて、えぇ~ってなったから……」


 そんな風に話ながら歩く少女達のそばに、見慣れない車が近づいてきて窓を開けた。


「お嬢ちゃんたち、登校中?悪いけどちょっときいていい?」

「……ここからまっすぐいったとこに、山田商店ってとこがあるからそこで聞いた方が良いよ」


 ユキエをかばうようにしつつ、警戒しながら適切な案内をするえみに車から声をかけた男は苦笑する。


「アハハ、ありがとう。しっかりしているね。じゃあ、そこで聞いてみるね」


 気を悪くした風でもなく、車は先へと向かっていく。

 少し気を張っていたえみも、ふっと肩から力を抜いた。


「……変質者じゃなくってよかった」

「びっくりしたぁ……ほんとだねぇ」

「なんかね、強い勇者の出身地にね、勇者の話聞きたいって言ってきて変なコトしようとする変質者とかでるんだって。お父さんが言ってた」

「え、こわぁい」

「お兄ちゃんが勇者になったからってことで、関連ニュース調べて知ったんだって。一人で歩いている時も山田商店かコンビニ稲村に行かせるようにしようねって教わったの」

「わたしも、そうする……小学校で、女の子たちにも伝えなきゃねぇ」


 今回の車の人は変質者ではなかったのだろう、と結論付けながらも少女達は自分の身を守るすべに話をシフトさせて通学路を歩んで行った。



 一日が瞬く間に過ぎ、放課後。

 図書室で本を借りてから帰る習慣のあるユキミを、えみは校門で待っていた。

 そんなえみの前に、今朝通学路で見かけた車が止まって男性が降りてきた。


「やあ、今朝はありがとうね」

「あ、朝の人。聞きたい事聞けた?」

「ああ、おかげでとても助かったよ――君が、白い閃光の妹だ、という事がわかってね!」


 男はその言葉と共に、正体を現す!

 小学校の前に唐突に現れた人と蜘蛛を混ぜ合わせたような魔物の姿に、校庭で遊んでいた子供は悲鳴を上げ、異常に気付いた教員が駆け付ける!


「おおっと!不用意に近づけばこの少女が酷い目にあっちゃうよ?」

「ぐぅっ?!」


 身がすくんだ隙をつかれて糸で捉えられてしまったえみを引き寄せながら、魔物は勝利を確信する。

 対抗するためにやってきた体育教師は、顔を青ざめさせながらもえみを離すように魔物に呼び掛けた。


「な、なんてことだ……お、おい!麻倉さんをはなせ!かわりに俺が人質になってやる!!」

「はははっ!あんたじゃダメなんだよね。 こいつは、白き閃光……麻倉タツヲの親類だろ?こいつを殺すと脅すことで、憎きあいつを無力化するのが狙いなんだからなぁ!?アーッハッハッハッハ!!!」


 そう、こいつの目的は前線に出ている勇者の弱点を用意して、勇者を討つ事ッ!

 人の中に紛れ込む事は困難だったが、紛れ込んでさえしまえば戦い慣れていないクソザコ人類などどうとでもなる――と、考えていたのだがそうは問屋が卸さなかった。


 そう、危機があれば対応するのが生命の力!

 大の男に無理矢理抱き着かれたことによる恐怖と怒りで脳の領域が過剰に作動したえみは、加えて相手が魔物であるということで己を守るためのスキルをこの時発現させたッ!!


「やめてっ このっ……ヘンタイーーーーーっ!!!」


 思春期入りたての、おませな女子小学生!女となる前の少女力が高まる年頃の彼女のッ!心と身を守るために極限まで高まった"嫌悪"がッ!!そのままエネルギーの塊となって対象となる蜘蛛の魔物を穿つッ!!!


「ぎゃぁぁぁぁぁぁーーーー!!!???」


 魔物は撃ち込まれたエネルギーに耐えられず爆発四散!!

 かくして、地球の生命にたいしてナメた認識で策を弄した魔物は、即座に天誅されたのであったッッ!!


「……なにこれ」


 なお、あまりのスピード感で起こった出来事に、えみ本人は全くついていけていなかった。

 平穏に生きていた田舎の小学生だから、仕方のない事である。


 その後、怪我をしていないかの確認に保健室に連れられたえみを含め、まだ帰っていなかった児童は念のために迎えに来てもらう事になった。

 親を待つ間、スキルが発言しているかを確認するスキル探知機で調査して、特殊攻撃系スキルが発現している事と、そのスキルで魔物を倒したのだろうという事が明確になった。


「えみちゃん、大変だったけど凄いね!お手柄だねぇ!ねえねえ、スキルに目覚めたらどんな感じなの?自分のスキルの事わかるようになるってタツヲさん言ってたよね?」


 基本的に魔物の危機に晒されない田舎は、スキルの目覚め率が低い。

 都会でもまあ同様なのだが、どうもスキルの覚醒確率は身近に覚醒した人が居ればいるほど上がるらしく、やはり相対的に人の密度の低い田舎の方が目覚めにくい。

 自分を待っている間の事件と聞いて最初は心底からえみに謝っていた(悪いのは魔物なので的外れの謝罪だが)ユキエも、親友のスキルが目覚めたと知ってこの興奮である。


「……うん、一応、落ち着いた今ならなんとなくわかるかな。私のは"いやだ!"って思った相手に向けて、嫌って気持ちの大きさの分だけ強い攻撃が発射されるみたい」

「えー、すごい!……あっ、でも……そんなすごいのだと、えみちゃんも勇者になっちゃうの……?」


 ユキエの問いに、えみは首を横に振る。


「ううん。私は残るよ。だって、私を狙いに魔物が来たんでしょ?似たようなことされるかもしれないし、その時狙われた人が私みたいに倒せるスキルかどうかわかんないじゃん。だから、お父さんお母さん、おじいちゃんおばあちゃん……もちろん、ユキエちゃんたちも守るために、残るよ」

「えみちゃん……」


 自己犠牲めいた言葉に、悲しそうにするユキエ。

 それを見て、えみはとりつくろわないもう一つの理由もユキエに言う事にした。


「あとなにより、いやって気持ちで攻撃したいとき自動で飛んでいくから……おにいちゃんと一緒に戦うようになっちゃったら、おにいちゃんに攻撃とんじゃうと思うし」

「あー……しかたないよねぇ」

「しかたないよねえ~   でも私、なんかすっきりしちゃった!」

「え?なんで? 勇者になれないんだよ?」

「別になれないってわけじゃないと思うけど……それも含めて、なんか仕方ない事は仕方ないなって、思えちゃったから」


 勇者の兄がいるからこそ、勇者になれない。

 そんな話をしながら、少女は楽しげに笑う。


 仕方ない事は仕方ない。

 兄が下半身からビームを出すのも兄が望んだわけではないから仕方ないし、兄がそれを使う事がエッチだから嫌だと思うのも仕方なくて、その嫌が兄に飛ぶのだって仕方がないのだ。

 仕方がない、の連続の中にいる。

 諦めに似た気づき。しかし同時に、それをどう扱うかという事は自由なのだと、己の力に目覚めた少女は気づくことができたのだ。


「私、勇者になって無理矢理お兄ちゃんと戦うところわけるよりは、やっぱり好きな人達を守りたいよ。最初の理由だってホントの気持ちなんだから」

「……そっか。じゃあ、わたしもえみちゃんを守れるようなスキルが欲しいな!」

「もしかしたらユキエちゃんも、ピンチにならなくってもいきなり目覚めるかもしれないもんね!」


 少女たちの賑やかな会話が、カラスの鳴き声と共に保健室の壁に反射しては消えていく。

 やがて、迎えが来たと呼びに来た先生に連れられ、彼女達は保健室を後にしていった。



 時は20XX年。

 変わりきった世界の中で、生命たちは変わらずそれぞれの戦いを続けていく。

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