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94 ルパの反乱

 ふと、アセナの脳裏を()ぎる光景があった。

 ルパ族たちが一斉蜂起を起こした時の事である。

 彼女が体感したものとは別に、ヴァンから聞いた話が混ざり、より鮮明な物になっていた。


 月夜の晩に、幾つもの娼館が燃えていた。

 天まで焦がさんと赤い火が昇り、黒く炭化して柱が焼け落ちた建物は次々と崩れ落ちていく。

 山の中で作られただけあって燃えやすさは凄まじいもので、『持ち主』の没落ぶり。そして怒気をよく表していたのだった。


 元領主屋敷の二階。炎のトンネルになった木の廊下。

 脇に在る窓ガラスには『持ち主』……アルゴス・フォン・パノプテスの横顔が映っていた。

 額には陶器のヒビの様な青筋が幾重にも浮かび上がり、見開き過ぎて今にも飛び出さんとした眼は前を見据える。

 その顔つきは、とてもこの世の生き物とは思えない。


 はじめの一言は静かなものだった。

 故に、明確な怒気が目の前の二人に伝わる。


「ガキ共が。手前ぇ達……恩を仇で返しやがってよ……」

「ふんっ、お前こそアタシを好きなように使いやがって!恩を感じた事なんて少しもないよ!」


 反論したのはアルゴスの目の前に立つ二人の少女。その内の一人、アセナである。

 彼女は背後で眼帯をするエミリーを庇うようにしながら啖呵を切っていた。


 アルゴスを睨みつける眼。

 これが普段の彼なら『意志を感じさせる女の眼』という事で、如何にいたぶり抉り取ろうか妄想に浸るところだが、今はそんな余裕がない。

 自分が『安全』だという保障が何処にも無くなってしまったのだから。

 それでも、無意識の内に性癖に突き刺さる物からは視線を離せない。


 怒号が放たれる。


「無事で帰れると思うなよ!」


 刹那、人間のシルエットが崩壊した。

 アルゴスの上着が破れると背中から細く長い、まるで鉄パイプのような機械の腕が、まるで脱皮するかのように飛び出てきたのだ。

 長さはアルゴスの二倍程なので3m半~4mといったところ。

 それぞれの腕の末端が廊下に固定されれば、蜘蛛の様な形の改造人間が出来上がり。


 シャツが破れて上半身裸になったアルゴスの身体は、ブランと中心で垂れ下がる。蜘蛛で例えるなら胴体の部分だ。

 その胸の下には臍を囲むように真っ赤な八つの目玉が付いていて、全てが笑みの形を作っていた。

 人間の形を保っている頭部は、明らかに人間でない速度で手の平を開閉させながら、何時もの傲慢な笑いで見下している。


「クックック……言っておくがこの状態の俺は、この領で最強だ。デカいから遅いだなんて思うなよ?寧ろスピード特化なんだぜ」

「ふんっ、強いだ弱いだなんて……そうやって何かと比べる事しか出来ないからお前は雑魚なんだよ」

「「……」」


 言葉は要らないとニヤニヤと笑うアルゴスは強がりとしか考えない。故に、どういたぶろうかと何時もの『強者』の目線になっていた。人はそう簡単に変われない。


 対してアセナは無言の裏で、その油断を読む。

 見下していると判断した瞬間、その腕を引いた。エミリーの眼帯が一気に解け、黄金の義眼がアルゴスを捉える。


 アセナは歯を出して笑った。


 突如現れた予想外の物。

 今までまともであい商売をしてきたが故の勘なのか、機械の腕をエミリーへ伸ばそうとする。しかし、人間の構造を捨てた事に一瞬の遅れが生まれた。


「やれっ!エミリー!」


 瞬間、義眼から放たれた強い光が廊下を真っ白に染め上げる。


 アセナは目を瞑るが、生身の網膜に直撃したアルゴスは顔を押さえた。

 しかし胴体に埋め込まれた機械の瞳は光の中でも憎々し気に少女二人を捉え、腕を突き出す。


 アセナは生まれついての聴覚を利用し、槍の軌道で風を切る音を捉える。そして獣人の運動神経を以てエミリーを抱え素早く前転する事で回避。

 先程まで立っていた床へ腕が突き刺さり、一階が見える。

 その結果にも関わらず、訝し気な表情を浮かべていたのはアルゴスだった。動きが硬い。


 エミリーは冷や汗をかきつつも口端を吊り上げる。


「テ、テメェ、俺に何をしヤがっタ……」

「このオーパーツの効果さ。君の機械の身体のコントロール、掌握させて貰ったよ」

「ちっ。どこカラ持ってきタカ知らねエが厄介なモンを」


 アルゴスは身体を震わせつつ動けずにいた。

 しかしと、彼は握りこぶしを握る。


「……だがなぁっ!」


 一喝し、人間の部分の筋肉が膨れ上がった。

 すると長い腕がぎこちない動きで動き、壁を薙ぎ払う。

 火花が飛び散り、窓が割れ、木材が砕けて金具もへしゃげる様々な音が出た。


 汗を大量に流してぎこちない動きをしつつも、はっきりした意志で睨み付けるアルゴスは叫ぶ。


「はぁっ、はぁっ……あまり俺を舐めるなよ?

確かに道具を用意したまでは褒めてやる。だがな、お前程度の精神力で支配される程、俺の欲望は弱くねえんだ!

俺はまだ、ヤり足りねえからあ!」


 機械の腕の基部がぎこちないながらも強力なトルクを以て動き、バネが弾けたかのように一気に加速する。

 それは、返す刃でやってくる横薙ぎの第二波となった。


「くたばりやがれええっ!」


 しかしアセナは冷や汗を浮かべつつ、琥珀色の眼は狩りにおいて獲物を罠に嵌めた時の形を作る。

 声高らかに無理やりにでも笑って見せた。


「ここっ!この瞬間を待っていた!」


 アセナはエミリーを抱え、小さくジャンプすると両足で機械の腕を蹴る。

 否。正確には『跳ぶ』。そして『飛ぶ』。

 機械の腕を足場にして宙に、より遠くまで。

 アルゴスがはじめに叩き割った窓から、機械の腕の持つ力を蹴る力に上乗せしてだ。


「なっ⁉」


 代官屋敷に空いた穴。

 そこから驚き此方を見るアルゴスを、屋根の更に上の空から見下ろす。

 先程まで熱の籠った廊下に居たので、高所での風が涼しく心地よかった。


 アルゴスがあのような形に変形する事はエミリーの解析機能で読めていたし、機能の掌握が直ぐに打ち破られる事も予測機能で打ち合わせ済みだった。

 それ故に突破口が出来ていた。


 完全に機能を掌握出来ずとも、身体が動き辛くなるには変わりない。

 と、なれば使うのは点で放つ突きではなく、線で放つ薙ぎ払いであると予測できる。命中率が上がるからだ。

 だがそれは、攻撃対象であるアセナからも見切られ易くなる。

 更に、長い機械の腕の慣性が加わる事で自然と速度は落ちていき、外に飛び出る為のタイミングを合わせる事も可能という事だ。


 数件離れた位置で、風俗街の客から現地調達したのであろう馬に乗ったルパ族の皆が「姫様、姫様」と叫びながら絨毯をトランポリンの様に広げてアセナ達を受け止めようと、位置を調節しながら待ち構えている。

 その事実にアルゴスは歯ぎしり。


「行かせねえぞ。俺の物が勝手に逃れるなんて許さねえからなっ!」


 彼は長い腕全てに力を貯めると、一気に穴から巨体を弾丸の様な速度で飛び出させた。


「……ぐふっ!」


 直後、アルゴスの身体は、空中で見えない壁にでもぶつかったかのような動きで勢いよく逆方向に飛んでいった。

 地面からアルゴスの出てきた屋敷の二階へ向け、大砲の砲弾の如く飛んで来た物が、腹へ直撃したのだ。

 再び廊下に押し戻されたアルゴス。踏ん張ろうとしたもの、重量に耐え切れず変な方向に曲がる人間の両足。

 尻もちを付いて目の前の人影を見上げる。


「行かせんだと?それは……こちらの台詞じゃあああああ!」


 エミリーがアルゴスの性能を解析した後、ハンナを介し、追いかけてくる可能性を指摘して待機していたヴァンである。

 彼は怒りに身を震わせ、肉厚のシミターを片手に佇んでいた。先祖代々伝わり、盗賊の身に落ちても決して折れる事のなかった伝家の宝刀だ。

 練気術における『魔骨』という概念が誕生する更に前の歴史。

 剣と魔術の魔物退治の時代において、魔力的因子を含む素材を金属と混ぜて鍛える事、又は魔力的性質を持つ金属そのものを鍛える事によって、特殊能力を持つ『魔剣』と呼ばれるようになった一振りである。


 剣を持たないもう片方の腕だった物は原型が残らない程に変形して、素人でも見るからに治療は不可能と分かる程だった。

 肘から先は、それでも握りぱなしだった盾と一緒にポトリと地面に千切れ落ちた。


 血、細胞液、その他体液……そういったものに溶けている魔力を特殊な呼吸法で練り上げて使う純粋な『魔術』である。

 しかもリミッターがないという、かなり古い形態の身体強化の一種だ。


 実はリミッター抜きで身体強化の魔術を使えば、常人でも銃弾並の速度で動き回る事が出来るし、音を超える速度で拳を放てる。

 それをやらないのは肉体を形作る物は結局人間だから。

 例えば音を超える速度の拳を放ったところで、骨や筋肉、神経などは元のままなので拳はひしゃげるし骨も砕けるし筋繊維や神経は切れてしまう。


 だから、使えるのは今のヴァンのように何かを失ってでも戦う覚悟のある者だけだった。


 実際、先程は盾を持った状態でジャンプをして、カウンターでその盾を叩き付けた訳だが、反動で盾を持っていた手はもう一生使い物にならないし全身の骨も軋んでいる。

 特にジャンプの反動で足腰に無理が出てきているし、心臓も破けそうだ。


 それでも戦わなけれればいけない理由があるから戦える。

 痛みは脳内麻薬(アドレナリン)で。出血は筋肉収縮で。


 アルゴスは尻もちをついたままの体勢から今まで人間の腕と思われていた部分。その両腕の前腕部が開くと骨格としても利用できるブレードを展開した。その刃が震える。

 刃物を超振動させる事で、理論上は鉄さえ切り裂くと言われる『高周波ブレード』だ。


 ヴァンは援軍を待つ訳にいかないのを知っているから。

 今、アルゴスが動かないでいるのはエミリーの機能掌握の残滓と不意打ちの叩き付け(シールドバッシュ)のダメージがあるからだ。

 今を逃せば直ぐに背中から生えている機械の腕のコントロールを取り戻して形勢は逆転する。


 故に、ヴァンは吠えた。狼の一族の名に恥じない雄叫びを。


「逆族アルゴス、覚悟おおおおおおおっ!」

「上等だああああ!やってみやがれ反逆者の老いぼれがよおおお!」


 狼が駆け、魔剣と高周波ブレードが交差した。


 一拍。


 床には高周波ブレードに折られた魔剣の欠片が、周りの炎を照らしていた。

 うつ伏せになって崩れ落ちるヴァン。それを前に、二刀の高周波ブレードを振り抜いたアルゴスの身体。


 ただし、それに首は付いていなかった

 本来胴体の上に乗っかっているべきそれは、宙に跳ね上げられ胴体の後ろに飛んでいく。


「俺が……負ける……だと?」


 呟きと共にアルゴスの生首は炎の中に消えていく。

 ヴァンは「ああ、戦場でよく聞いた言葉だ」と思い、最後の力を振り絞って肘から先の無い片腕を服で止血した。


 追い打ちをかけたいところだが、まるで身体は動かない。

 でも、取り敢えずの戦果は出せたなと、微笑みを浮かべるのだった。


 ◆


 それからの事だ。


 ルパ族がラッキーダストへ保護され、アセナが丁度十五歳を迎えた時の事だった。

 修業期間がそろそろ終わるとの事で、周りの同世代の貴族子弟達の話題は学園都市へ入学しようという『当たり前』の進路の話で持ちきりだったが、彼女はその輪に入らず、一人侯爵の部屋に呼ばれていた。

 流石に侯爵に呼ばれたとあって、民族衣装の正装だ。


 侯爵は一言呟いた。


「アルゴスって居たじゃん?

アレがウチの暗部の情報網に引っかかったんだけど、どうする?」

「アタシにやらせて下さい!」


 侯爵の目の前だというのに我を忘れ、机を叩いて前のめりになる。

 しかし彼は気にせずに指を三本立てた。

 一言語る度に指を折っていく。


「良いよ。ただしルールがある。

誰にも喋らない事。暗部……特にハンナの指示には絶対に従う事。

そして最も重要なのが、生け捕りだという事だ」


 アセナの冒険は、こうしてはじまったのだった。

読んで頂きありがとう御座います。


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