8 オタク同士で共通の話題を見つけると話が弾む
机の上に書類の形で広がる、残り少なくなってきた仕事をこなしていた時だ。
シャルは客人用のテーブルに向かっている。
彼女はハンナさんの隣で薄い本を読んでいた。好奇の眼で、そして熱心に。
決してやましい意味じゃない。
仕事をしている間の暇つぶしになればと渡した、我がラッキーダスト領の観光案内パンフレットだ。
安価な植物紙と印刷技術が一般的になってきた近年、本も少々値が張るが、従来に比べて裕福な庶民層には手が届くものになった。
本修理の仕事が定着する程である。
そうした背景から、我が領も植物紙パンフレットなどを作るようになったのである。
一冊大銅貨一枚。ちょっと良いお店でランチが食べれるくらいの値段である。割とボッただけど、夢の国価格という事で納得してくれるそうな。
そしてボクの眼の前には、出版関係の経費清算書。植物紙製だ。
我が国では格式高い重要な書類では羊皮紙を使うが、領内で常に更新され続けるなど日常的な書類は植物紙が多くなっている。
頭の中でソロバンを弾き、計算が正しい事を確認。領主代行としてのサインを入れて完成とする。
一通り終わらせクルリと上半身だけ後ろに向け、熱心にパンフレットを読むシャルへ思ったままを話しかけた。
「楽しいかい?」
「うむ!読んでてワクワクするのじゃ」
ニパッと彼女は本から顔を上げて笑う。
意外だった。
はじめ、シャルのような年齢の子はロマンチックな話の方が好きではないかと本棚から流行りのロマンス小説なんかを抜いて渡したものだが、寧ろその隣に乱暴につっこんでいたパンフレットが読みたいのだと言ってきたのである。
「ボクも同席して良い?」
「おう、勿論良いとも。お兄様も来ると良いのじゃ」
「では、お言葉に甘えて」
ボクは立ち上がり、客人用の椅子を動かしてシャルの隣に座って、彼女をハンナさんとで挟む形になる。
横からパンフレットを覗き込みしばらく一緒に眺めながらボクは話題を振った。
「そういえばシャルって流行りのお話とかは好きじゃないの?」
「それはそれで好きで結構読んでるんじゃが、お父様が過保護な為か、あまり外には出してくれなくてのう。
仮に外に出ても、制限がかなりあるものじゃから息抜きらしいものが出来ん。
領内ですらソレじゃから、観光なんてもっての外じゃ。じゃが……」
「じゃが?」
「そのように普段から『ダメ』と言われているものに、妾はとても惹かれてしまうのじゃよ。背徳的に」
「あー、なるほどなあ」
なんかその気持ちは分かるかも知れない。
しかしボクがハンナさんの前で堂々と肯定するのは立場上まずいかも。そう考えて軽く頷くのみとした。
さて、何か話題を自然にシフト出来るネタはないものかと、パンフレットを眺めていると、ある一か所に目が留まる。
「ああそうだ。シャルよ、この絵を見てくれ」
「むむっ、どうしたのかや?」
「実はココって色々なお話の元ネタになってたりする場所なんだ」
「例えばどんなものなのがあるのじゃ?」
「『旅人の唄』や『瓶の首飾り』とか……」
「ああ~、ちょっと待ってくれんか!
なんか聞いたことがあるような、ないような気がするのじゃ!」
シャルは額に手を当てた。
確かに小説のタイトルって覚えてないときとかあるよね。
でも、そういう時は印象深い台詞や場面を出すと案外思い出すもので、ボクは無駄に仰々しくシーンを再現する。
湖に恋人への手紙を流していたら、その恋人が実は生きていて、後ろから声をかけられたというシーンだ。
「『君が瓶で手紙を流し続けるものだからオチオチ死んでもいられないじゃないか』」
「それって……ああーっ!思い出した、思い出した!グレンくん復活シーンじゃ!ええっ、この湖ってそのモデルだったのかや」
そこには白黒の版画絵で描かれた大真珠湖が載っていた。
浜を抜けた芝生広場にて屋台を使い商売をする人々に、それと比較する事で広大に見える蒸気船という横から見た構図は、窓枠からは分からないものだ。
興奮気味のシャルにへ対し、指を窓へ指し示した。
「あそこから見れるよ」
「ええっ、ホントかや!?見る見るー!」
彼女は椅子から立ち上がると可愛らしくパタパタと窓の方へ駆けよって、湖をキラキラした眼で見ていた。
何が楽しいのか、過剰なまでに大声をあげる。
領主の館は庭が広いので近所迷惑にはならない筈だけど、使用人のみなさんごめんなさい。
「うおおおおー!広がっておるぞー!」
「はいはい。少しボリューム押さえてね」
「あ、ごめんなさいなのじゃ」
「うん。分かれば宜しい」
彼女は口を両手で押さえた。素直な子だなあ。
ボクは手元に持っていた、巨大湖を持っていたり海沿いの領主もしくはそれに連なる者の部屋には常備されるものを渡す。
「じゃあ、そんなシャルにはプレゼント。貸すだけだけど」
「え、これは……まさか単眼鏡!?こんな精密なものははじめて見たのじゃ」
「ああ、確かフランケンシュタイン領は内陸だったね」
それは真鍮製の単眼鏡。即ち、大航海時代より愛される小型の望遠鏡であった。
我が家は水兵の家系なのでかなり高品質なものが真っ先に手に入るので、細かい所まで見える驚きの性能なのである。
因みに双眼鏡でなく態々単眼鏡を高性能にしているのは貴族の伝統なんだとか。
「使い方とかは分かる?
玩具として売られている物より多機能で複雑化してるから使いづらさがあるけど」
「一応の。旧式のものは父上がお爺様のものを修理や改良しておったのもあって、馴染みはあるのじゃ」
そう言って彼女は、チキチキと絞りを調節して、湖を覗くのだった。
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