78 あんな物は飾りです。偉い人にはそれが分からんのです
人生を謳歌しているように見える先生と、豪快で悩みの無さそうな姉の思わぬ過去。
それを聞いて、どうしたものかと下を向いているボクの肩を、エミリー先生は優しく叩いた。
彼女には先ほどの悲痛な相は出ていない。
ボク等に優しさを施す為の母性的な微笑みだった。
「だからまあ、難しいかも知れないけどこれまで通りに。でも、知っている者の責任として優しくもしてあげて欲しい。
あの子は見た目よりずっと周りの目を気にしてるし、繊細なんだ」
ああ。そんな事か。
そんなことは知っても知らなくても、当たり前じゃないですか。
ボクはそんな事よりも、エミリー先生にはもっと自分を大切にしてと、心から思っていたんだ。
目元が滲んでいるからなのか、照明が眩しいからなのか、エミリー先生の像が儚げに映っていた。
ボクはついコツンと、無意識のままに額同士を軽く当てていた。
────何処かに行かないで下さい。
額をくっつけたまま彼女を見上げ、口の両端に己の人差し指を当てて引き延ばす。
こうすれば無表情気味なボクでも誰でも分かる笑顔が作れるから。
少し喋りづらいけど、こうでもしなければ伝わらない気がしてそのまま喋る。
「もがもが……。大丈夫ですよ、エミリー先生。
ボクはボクの信じる物の幸せが為に動きますから」
それはエミリー先生よりも自分自身に言い聞かせている気がする。それで良いんじゃないかと。
疑心暗鬼になって気にし過ぎたらいけないけれども、何もしない訳にもいかない。
全てを失わない程度に強欲でありないなあと感じた。
そしたら先生はボクの肩に置いた手を動かして、ボクの指を摘まむ。
それらで円を描きながら口を動かした。
歯茎の辺りがムズムズするよう。
彼女の声は控え気味だったが、腹から出す朗らかなものである。
「そうだね。ああ、まったくその通りだ。うん、心配して損したよ。
これで安心して移動装置の所に案内出来る。ギスギスした状態で新車の紹介なんて嫌だしさっ」
「ふむ。そういえばどんな見た目なのかのう。やっぱ馬車みたいなものなのかや?」
食いついたのは錬金術畑で育ってきたシャルである。
首を傾げている。きっと今の彼女の脳内には様々な車が浮かんでは消えているのだろう。
そんなシャルを見てエミリー先生は喉を鳴らすように笑っていた。
「んっん~、正解といえば正解だし、外れといえば外れかな」
「なんじゃそりゃ」
「この扉の向こうを見てみれば分かる事さ」
おっと、気が付けば整備室に到着していたらしい。鈍い光沢を放つ扉は軽金属で出来ている。
エミリー先生は引いてそれを開いた。
「ようこそ。ロストテクノロジーの世界へ」
「わあ……」
先ず目に入ったのは、その部屋の広さだった。
先程の応接間も客をもてなす為に大きめに作られていたが、此処はその比ではない。それこそ全盛期の冒険者ギルドの倉庫よりもずっと広いものだった。
つい此処が一般人も行き来する商業地区の中だと忘れる位である。
シャルが口と目をポカンと開いてキョロキョロ見回してどこかに行ってしまいそうなのを、ボクは抱き絞めて止めた。
作業員の邪魔になっちゃうし、危ない機械に巻き込まれちゃうかも知れないしね。
「クッフッフ、凄いだろう。これが新式移動装置の整備室。
かなり大きなものだから三階建ての倉庫全てを筒抜けに改装し、更にクレーンや大型魔力灯などの様々な仕掛けを埋め込んでいるのだ」
エミリー先生は自分の事の様に、鼻高々と語る。
とはいえ周りのエミリー先生への反応からして、かなり重要な立ち位置には違いないそうだ。悪い印象も感じられない。
読心術で作業員の心を読むなら「なんか偉そうな子供が入って来てる。でもエミリー先生が隣に居るし、まあ信頼しても良いか」ってところかな。
「そりゃ凄い。ところで、此処って貸家でしたよね。許可は取ってあります?」
「まあ、侯爵専属の錬金術士の私が居るっていうのと、新たな技術そのものが領地の利益になりうるって事で大目に見て貰ってるな」
「ふーむ、それなら貸与じゃなくて譲渡にすれば良いのでは」
「こやつめ、ハハハ。アダマス君、分かってて言ってるよねソレ」
「あ、分かっちゃいました?」
父上がこの商会……しいてはケルマを信用していないのだろう。
ウチが修業という名目で貴族学校の真似事をしているのは何も古き良きノブレス・オブリージュの精神に則った慈善事業という訳でもない。
その心の成長具合で如何に信用に足りうる貴族に値するかの判断材料を得る事も理由の一つとしている。
修業時代、ボクに近付けたまでは良かったがその後の対応が最悪という事で信頼面はかなりの低評価と判断されていたのだった。
……と、言う事を腕の中で首を捻っていたシャルに説明すると「ほえ~」と声を上げていた。納得してくれたようで何よりである。
「さて、じゃあ移動装置に行くよ。良い子のみんなは先生に付いて来てね~」
「「はーい」」
態々液体金属のドレスから旗を作り、エミリー先生はボク等を案内する。
指示する彼女はとても楽しそうだった。
子供好きなのでこういったシチュエーションは好きなんだとか。
そしてエミリー先生は部屋の中心に置かれたソレの装甲を撫でる。
「この子が最新移動装置、『ウルゾンJ』さ!
正式名称はウルゾン2式J型っていうらしいんだけど、そこら辺の事情は太古の歴史に触れる面倒な事で、学会でも議論されてる事だから取り敢えずウルゾンJって呼んであげて」
それは見上げるほど高い機械だった。
沢山の車輪を持っているが、確かにこれをシャルの言ったような馬車のようなものと呼ぶには無理がある。
何故ならその高さの三分の二を巨大な『上半身』が占めているから。
敢えて表現するなら、SF小説でよく見たあの言葉がぴったりだ。
思った途端に声が漏れる。
「巨大人型ロボット……!」
「クッフッフ、足は無いがね」
読んで頂きありがとう御座います。
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