64 姉はケモ度1
お風呂の広さはプール程。
壁はガラス張りになっていて、整えられた庭園の景観に落ち着ける。
水瓶を抱える女神を象った彫刻の壺口からは、滝のように湯が出ていた。
そんなお風呂に、ボク達二人は浸かっていた。
スペースに開放感が感じられて、脚を八の字に広げて伸ばす。
そして脚同士のスペースに居座り、ボクの正面を陣取るのはシャルである。
普段はツインテールにしている長い髪を、大きなお団子にした彼女は、完全に背中をボクへ委ねて極楽に居るかのように蕩けた表情をしていた。
完全に寛いでいる。
シャルは顔を半分、ボクの方へ向けると横目で視線を合わせた。
頬が少し赤らんでいた。
「さっぱりするのう。
朝日と相まって心まで洗い流された気分なのじゃ」
「おやおや。さっきまでビクビクしていたのに随分と強気になったね」
言ってボクは彼女の頬を突く。
湯気で解されたお陰で、温泉まんじゅうの様に柔らかい。
するとシャルは、頬の指を摘まんで取った。
ニヤニヤ笑う彼女はそのまま身体を回して、ボクへ完全に向き合う。
そして取った指を、コツンとボクの額に当ててくるのだった。
「クックック。
お兄様とて、似た事があったと言ってたじゃろて」
「まあねぇ。じゃあおあいこだ。
実際さっきまでボクも似たような事を考えてたし。良いお湯だよね」
「そうじゃのぉ。はみゅ〜……気持ちいいのじゃ」
一拍。
直後にシャルはアーモンド形の大きな目を開き、閃いたように手を叩く。
「あっ!ところでお兄様!本題を忘れておったのじゃ!」
彼女はボクの首に抱きつくと、顔を寄せてきた。
「結局、お姉様的な人って、どんな感じの人だったのかや」
「ああ、【アセナ】の事?えーっとね、先ずは耳が大きい」
言った途端にシャルはプウを頬を膨らませ、ボクの頬にグリグリと押し付けてきた。
先程と違いゴム鞠のような圧力が奥歯から歯茎にかけて伝わってくる。
「ち~が~う~の~じゃ。
確かにアセナって名前って分かったのはいい事じゃけど、知りたいのはソコじゃないじゃろ。
女の子は外面よりも内面を見て欲しい物なのじゃ。
人を見た目で判断するなんてお姉様に失礼なのじゃよ、プンプン」
「ごめんごめん。でも、耳が手の平くらい大きいって言ったら?」
途端、頬を押し付ける仕草が止まった。
まるで時間が止まったかのようだ。
彼女は頬を離すとボクから少し距離を取り、己の手の平を見ては握って開いてを繰り返す。
手の平をボクの側頭部……つまり耳の位置に当てて片目を瞑って大きさを確認。
その顔色は青い。
「……いやいや、それもう人間じゃないじゃろ。まさか揶揄っとる?」
「揶揄ってはないさ。まあ、ちょっと珍しい人種でね」
「む、そう言うのならそうなのじゃろう。もうちょい聞くかの」
ボクは彼女の手首を軽く握ると、側頭部から頭の上へ手の平を持っていく。
ペロンと舌も出す。意味はない。
「むう、その位置はまるで猫のような犬のような……ま、まさか『獣人』なのかや⁉︎」
「そうさ。なんか食らい付きが良いねえ」
ボクとしては精々『こんなのもあるんだよ?』と雑学披露をしたつもりだったのだが、シャルがやけに早口な言葉で戯れてきた。
鼻息が荒い。
「だって獣人じゃよ、獣人っ!
そういえば、『顔が人間で耳がケモノ』なのか、『顔もケモノ』のどっちになるのかの⁉︎」
「『顔が人間で耳がケモノ』の方だね」
「ふぉおおおおおっ!」
楽しそうにシャルは手の平をパタパタの動かす。更に身体も上下に動き、水面をかき乱してお湯が波打った。
かくしてボクは顔に飛沫を浴びる事になる。
元気だなあ。
「ひゃっほい、冒険譚の定番なのじゃ!
可哀想なケモノ耳の奴隷少女を買い取って、イチャコラして、自分好みにカスタマイズなのじゃ!」
言われてみれば、確かにそういう設定の扱いを受ける獣人はそんな扱いが多い。
オタク少女のシャルとしては胸に響くものがあるのだろう。
そんなアセナがボクん家に来る事になった経緯を振り返る。
ボクの心理を知ってか知らずが、シャルの目付きが続きを求めていた。
「まあ、シャルの言っている事は存外に間違ってもいないね。
アセナは『ルパ族』っていう少数民族の族長の娘でね。
なんか外国の勢力争いで負けて、ウチに民族ごと亡命してきたらしいんだ。
安寧の地を求めてね」
「なんかそれだけで一つ戦記物の物語が出来そうじゃの。
……ああっ、それで我が領で保護したっていうオチなのじゃ!きっと」
妄想全開で話しているけど、止めなくてもまあ良いか。
シャルが実家でなくて、ボクのラッキーダスト領を『我が領』と呼ぶ事が微笑ましい。
「まあ、そんな感じかな。
正確にはウチに来る前、別の貴族の領地にいたそうな。
でもお世辞にも良いとは言えない領主らしかったそうだね。
酷い扱いを受けてるルパ族を、出張でその酷い貴族の領地に行っていたハンナさん経由で父上が保護したそうな」
「へえ~、ハンナが出張に行くなんて以外なのじゃ」
「そこかい。今でも結構行ったりするんだよ?ラッキーダスト領主代理であるボクの補佐って名目に変わっているけど」
そんなやりとりをしていると、突然大きな声が浴場に響いた。
「ああ~!アダマス見つけた~っ!」
声の主の頭には、狼の耳が生えていた。




