607 天翔
エミリーは、これまでトレカが描いてきた攻撃の軌道から『攻撃直後に着地する確率が高い場所』を逆算していた。
故に避けながら、トレカが『そこ』に止まった瞬間に、攻撃が出来る位置取りをしていたのだ。
位置取りの基準としては死角、地面の角度、風向き、光の向き、魔力波長など。
神経を使って行動する生物は、止まった瞬間は動けないのだから。
エミリーが居合の構えを取ると、ドレスのスカートが上に捲れ上がった。
ローラースケート『バネ足パンプキン』の排気口から大量の蒸気が噴き上がったのだ。
だから彼女の背後に回っても、スカートの中が見えるとかは無い。
寧ろ蒸気熱で火傷するだろう。
ギアを上げた車輪は石畳を駆ける。
リミッターを解除したそれは銃弾のよう。
トレカの耳に音が届いた瞬間、一旦ジャンプして空中で回転する。
フィギュアスケートなら満点の出来だ。
位置的にエミリーはトレカの死角から攻撃するので、先ずトレカに入るのは視覚ではなく『聴覚』の情報。
そこで小細工。
エミリーは液体金属のドレスに笛のような穴を沢山作り、回転時に風が通るようにしていた。
こうする事で様々な波長の音が周囲に飛び散り、聴覚で反応するタイプの敵に対して位置を誤魔化せる。
音速の戦いをするトレカ相手では一瞬しか騙せないが、そもそも一瞬の勝負なので問題は無い。
そして彼女の手にあるのはドリルモードで螺旋を描くクロユリ。
回転の勢いを使い、トレカの上半身を抉ろうと迫る。
まるで鬼の金棒だ。
逆に言えば、手間の割に大振りな攻撃という事でもある。
故に一流の格闘家であるトレカは、しゃがんで避けてすり足で懐に入った。
そして油断もない。
あの傘が此方に届く前に、爪で突いて終わらせよう。
そう思った矢先、避けた筈のクロユリが眼前に現れた。
「むっ?」
クロユリは蒸気エンジンによる高速回転によって敵を削り取り粉砕を目的としている武器だが、回転力そのものにも応用が効く。
死角の更に死角。
空中で独楽のように回転した状態から、スカートの液体金属を鞭状に伸ばして地面を叩いていた。
すると急激に前に跳ぶ事が出来るのだ。
そしてクロユリは、今まで居合の構えで隠されていたが『逆手』で握られていた。
この握りのまま敢えて手を振らずに身体の脇に『置く』事で、自動的にトレカに迫るようになっていたのだ。
ドリルモードは正式な形のブレードが付いているので、広げた状態とは比べ物にならない破壊力になっている。
触っただけで防御など貫通し、消滅したかのように粉微塵となるのは、金属製の改造人間で証明済み。
マッハに耐えるワーウルフの毛皮に何処まで効くかは未知数だが、戦闘不能には持って行けると踏んでいた。
しかしトレカは強い。
急な事であるが冷静に対処。
正面に見えない足場を作り、それを蹴る事で山形の軌道で後退。
空中で回転をして、回し蹴りを放つ。
「それを待っていた!」
彼の武術の型はモーションとして全て覚えている。
ポーズはもとより腱や筋肉、毛皮の向きなどの動きから、どの動きをすればどの技が来るかも大体分かる。
彼女の手の甲にしがみ付いているのは、メッキよろしく液体金属を塗って強度を上げたペンシル君。
──グチャ……
手の甲を中心に、片手が複雑骨折した。
つまり手首から先がグチャグチャの状態だ。
指が色々な方向に曲がっているしら手が動かずブランとぶら下がっているだけの状態だし、折れた骨が皮膚を突き破っている。
だが『それだけ』だ。
普通ならガードを突き抜け胴を千切るトレカの蹴りで、手首から先が繋がっているなら十分無傷。
ペンシル君は盾として機能し、この一撃で大破したが持ち主を守るという任務を達成したのだ。
痛いけど、もう少し。
治療にはバイオ技術も用いる大掛かりな物が必要かな。
アダマス君にいっぱい心配して貰おう。
そう思うエミリーは、蹴りの勢いで吹き飛ばされていた。
同時にローラースケートで地面を蹴って衝撃吸収用バネの力で跳ぶ。
バネは、スペック上はビルを飛び越える大ジャンプが出来る優れ物だ。
高く跳んだ状態からドレスでグライダーのような『翼』を作成。
更にクロユリの布地を変形させて、『プロペラ』を作る。
クロユリの本質は、一瞬で敵を粉みじんにする蒸気エンジンの回転力。
プロペラは高速回転によって円盤型になり、空を飛んだのだ。
「魔法の傘で飛ぶ話って何処かであったねえ」
それを見たトレカは、逃すまいと自らも天に昇っていく。
空中に幾つもの足場を作り、ギザギザとした軌道で駆け上がっていくのだ。
普通の格闘家なら追い討ちを諦めるところであるが、彼には天翔の力があった。
それに、このまま逃がしてトレ子やタカラに狙いを付けられても困る。
足場の強度の関係で、軌道という『線』に『点』をつける度に速度が落ちるがそれでも良い。
追いつける速度だった。
「大ダメージを与えたら、追い討ちをかける。
だよねえ、君はそうするよねえ」
そう言ってエミリーは宙でクロユリを『畳んだ』。
もう上には上がらない。
グライダーによる滑空のみになって、迫り来るトレカを見ながら後ろに下がっていく。
彼女はクロユリの銃口を前に向けていた。
「だって狙った獲物は逃さない、誇り高い『狼』の一族なのだから」
まるで剣と魔法の時代が過ぎた後の、蒸気文明を象徴するかのようだった。
畳んだクロユリの布地から大量の煙が噴き出ていたのだ。
これは布地を構成する液体金属に、敢えて原型を留められなくなる程強力な魔力を込める事でオーバーヒートを起こさせ、気化した事で出てきた煙だ。
さて。
飛び道具とは強力であるが、様々な制約のある武装でもある。
特に市街地で放とうとするなら、民間人に害を与えないよう気を付けなければいけない。
故に大砲など威力が高くなるほど制約は強くなる。
さて。
空中とは、障害物が無いという事だ。
つまり遠慮なく、『街を破壊する程』に強力な飛び道具を使えるという事でもある
エミリーは、ポツリと呟く。
「ありがとう……。君は強かったよ」
何故、礼を言ったのか。
なんとなく言いたい気分になっただけ。
それだけだ。
状態変化は気体を超えると、分子単位での分解が起きて物質はプラズマ化する。
彼女は叫んだ。
「プラズマビーム砲、発射!」
一本の太い光線が夜闇に描かれた。
トレカの眼前には、逃げ場のない真っ白な光が溢れた。
彼は口角だけ上げていた。
白い狂気に飲み込まれたトレカは骨の跡すら残らず蒸発。
銀狼の戦士は、この世から完全に消滅したのだった。
クロユリもドレスも、液体金属を使い切って骨格だけになっていた。
エミリーは宙から落ちるが、バネ足パンプキンのバネで衝撃を吸収し、そこらの屋根の上に着地する。
勝負を決めたのは、アセナと接してきた経験。
そして、嘗てアダマス達の為に作った、プロペラという兵器以外の使い方。
どちらも本質は、憎しみと対極にある優しさだった。
戦う為の能力じゃ無かった。
無力な自分が嫌で、どんな敵が現れても独りで戦い抜く強さを求めた筈なのに。
彼女の頬に、一滴の涙が垂れる。
なんで泣いているかは、言語化が難しい。
ただ、重い何かから解き放たれたような気がした。
◆
一方、投げ槍の林が生えるビルの上。
そこでは、馬を走らせるフォウの後ろを手下二人が追従していた。
大雑把な形は円。
タカラを中心にグルグルと回り、狙いを付け辛いように馬術を用いたアクロバティックな動きが混ざる。
「行くぞ皆!チンの犠牲を無駄にするな!
必殺、四封陣だ!」
「もう三人なので三封陣なのでは……」
「ええい、仕方ない!アダマス、お前も加われ!」
「あ、うん」
ボクは刃の林の中をドリフトしながら走る。
たまに車体に当たるが、装甲が分厚いのでそれほど問題ではない。
獣人三馬鹿の内、出オチで終わったのは『チン』という名前らしい。
ボクはなんとなく聞く。
「後の二人はなんて名前なの?」
「ああ、『ゲン』と『サイ』だ!」
チンゲンザイかあ。
美味しそうな名前してるなあ。
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