605 ローファンタジーとハイファンタジー
領都、大平原連合軍、ミアズマ。
遠くで集まる三勢力。
それらによる戦争の音が聞こえる中。
貸し厩舎でも、人知れずひとつの戦いが続いていた。
交差するのは黒と銀。
エミリーとトレカの戦いである。
「雨が降っている日に、駅で半開き状態の傘を持った人が居るとさ、結構水滴が付いたりするよね」
エミリーは傘型兵器『クロユリ』を半分広げた。
これから畳み切るとも広げるとも、どちらとも取れる形。
彼女はフェンシングの様に前に突き出す。
その先端は弾丸としても飛ばせる太い針であり、彼女と向き合うトレカは幾つもの選択を迫られていた。
だが、戦闘の火蓋は意外な所から鳴らされる。
下だった。
──ガガッ
余りの速度にタイヤが石を削る音である。
ローラースケートで石畳に跡を残しながら、突きの体勢で突撃したのだ。
しかしトレカはそれを見越していた。
クロユリを横から握りしめた。
両手を前に突き出し、ワーウルフの腕力と足腰を以て正面から受け止めたのだ。
何故なら相手の武器を受け止め封じれば、反撃の機会を得る事が出来るのだから。
此処まではアセナ戦の再現。
エミリーはニマリと笑う。
「それが効くのは生身の世界でだけさ。動物クン」
クロユリが風車の如く回転した。
液体金属で出来た生地は、ヤスリのような棘が生えている。
「ぬうっ!」
危機を感じたトレカは直ぐ様手を離すが、手の平が抉り取られて毛皮を真っ赤に染めた。
如何に反射神経が良かろうと、回っている最中の電動ノコギリを一瞬でも触れたら怪我をするのは必然なのだ。
更に追い打ちとして、片手に取り付けたマイク付き虫型ロボットの『ペンシル君』で、鼓膜が破けそうな音波ビームを放った。
人間の何倍もの聴力を持つ獣人には相性の悪い武器だ。
それでもトレカは歯を食いしばり、人間ではないが故の小技で耐える。
鼓膜を『緩める』事で影響の出る波長を変えたのだ。
平衡感覚の狂った彼に回避という選択肢が難しくなり、攻撃が来た場合は防御せざるを得なくなる。
彼は両手で弓を引き絞る形をし、前に出した足を爪先立ちにする獣人型拳法の構えを取って迎撃体勢に移る。
だが、彼の視界に入ったのは捌きようのない巨大な『黒』だった。
芸の無い、面白みのない攻撃。
エミリーは回転させたまま、今度は傘を広げた状態で再び突撃したのだ。
振り回しているだけでどんな達人にも勝てるのは、エミリーの理想とする武器の形である。
トレカの頭に浮かんだのは、全てを喰らわんとする巨大な闇だった。
突撃してくるトラックに、対人用に作られている武術の構えは思うように活かせないもの。
しかし彼はイメージに呑まれず、怪我前提で腕を交差せて防御に全てを回す。
液体金属製の生地の、広い面積による突撃が彼の身体を壁まで押し付けた。
高性能蒸気エンジンによる回転は獣人の腕を削り続けるが、傘を畳んだドリル形態ではないので消滅する程は肉を削り取れない。
血は派手だが致命傷には至っていないといったところ。
エミリーは、「とはいえ単なる毛皮ではなく魔力的な頑丈さが加わっているな。ドリル形態でも一瞬で削るのは難しいかも」と分析する。
彼女はポツリと呟いた。
「ところで、パイルバンカーってロマンだと思わないかい?」
──ズドン
クロユリの先端の針が飛び出し、トレカの身体を腕ごと貫く。
普段は銃弾としている針を、ゼロ距離で放ったのである。
実戦では射程が低く、銃の下位互換であるので使い辛い武装。
ぶっちゃけライフル形態のおまけ程度の機能ではあるが、敵の動きを止めて確実に当てるという意味では強力であるといえる。
「ウグ……グ……」
心臓は外れた。
と、いうよりもトレカが腕力を以て無理やり外させた。
医者でもあるエミリーが臓器の位置を間違えるはずもなし。
──次で終わる。
トレカの脳裏にそのような事が過ぎった。
彼は睨みつけるように、立っているだけで何もしないトレ子を見る。
こんな時でもトレ子は、仲間を助けるよりどうやって逃げようと自分の事ばかり考えているが、それは予想通り。
彼女は突然の事にビクリとした。
そしてトレカは、声帯を弄って『言葉』を上げる。
「ヒヒーン!」
言語化するとそんな音。
それは馬の言語。
普通なら間抜けに見える光景だが、動物と話せるワーウルフが使えばそうでもない。
──バキン
貸し厩舎の柵が壊れ、中から数頭の馬が飛び出して来たのだ。
個人経営のものなので決して多い数ではないが、此処が比較的狭い場所である事と、一瞬の隙を奪い合う戦闘中だというのが無視できない影響を及ぼす。
エミリーの横から突撃してくる一頭の馬。
彼女は服の液体金属で長槍を生成して串刺しにするが、この隙を以てトレカは力を振り絞る。
関節があれば、勢いを付ける為の距離なんていらない。
足腰を踏ん張らせ、寸勁に似た原理のゼロ距離体当たりでクロユリを弾き飛ばしたのだ。
武器を離す訳にもいかないエミリーは、大幅に後退せざるを得なくなった。
アセナの様に武器を離して戦うなんて、研究者の彼女には酷なものだ。
この隙に他の馬がトレ子の近くで止まる。
トレ子は迷わずトレカを置いて逃げ去った。
闇に消えていく馬を見て、エミリーは呆れつつトレカを見やる。
「ん~、あんなの守る価値ないとは思うんだけどねえ。
もうそんな権限もないだろうし。
まあ、最後っ屁にしちゃ良いかな。お陰で明日の書類仕事が増えて、めんどくさくなるだろう。
グダグダトレ子探しの再出発だ」
「いいや、その心配はない」
トレカは心臓近くに針を刺したまま、腕を交差させた。
「貴様が賢いのはよく分かった。
だが、この世の全てを知っている訳ではない。
当然だわな、この国の人間どもが定めた我らワーウルフの分類は『魔物』。
文化や技術体勢について知ろうとする者はおらず、本にも載っていない事は多々ある。
それに死体を用いて原理を調べようにもワーウルフは絶滅危惧種。
これは『徳』を積んだ修験者が与えられる『精霊の祝福』である!」
あまりにも迷信臭い言葉遣い。
しかしそうした迷信が、未知の何かである可能性は極めて高い。
エミリーは警戒体勢を取る。
そして突如、月からレーザーのように光が落ち、それを浴びたトレカの全身の毛が逆立つ。
交差させた手を一気に引き、吠えた。
「WOOOOOOOO!」
途端、トレカの姿が消えた。
そしてエミリーの背後に、ザクリと爪痕が出来る。
斬れる液体金属と、背中から噴き出る血。
液体金属の形状変化が爪の速度に追いつかず、変化の途中で切り裂かれたのだ。
尚、液体金属は銃弾をも受け流すが、トレカの爪に対しては間に合わなかったのである。
振り向いて見つけたトレカに向かい銃撃を放つが、すり抜ける。
既に真上に居た彼は言った。
「残像だ」
『剣と魔法のファンタジー』のはじまりだった。
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