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577 ようこそ人外の世界へ

 装甲で強化したバイクの全力疾走。

 それでトレカを轢いてやろうと思った。


 狼よりバイクの方が強い。

 誰だってそー思う。ボクだってそー思う。

 ただし相手は、二歩足で2メートル以上はある狼だ。

 下手すると熊よりフィジカルがあるかも知れない。


 彼の片手は塞がっているので、もう片手が眼前に飛び込んできた。

 巨大な手の平は、ボクの操縦するハンドルの中央を握ってきた。


 動かない。

 腰の踏ん張りでバイクの突撃を止めているだと……。

 アクセルを回し続けるが、タイヤはキュルキュルと石畳を擦るのみ。


 更にトレカは顔を近付け、ハンドルから前輪へ続くシャフトに顎で噛み付く。

 真正面には凶暴な獣の顔。

 湿った鼻息がフウフウとハンドルを握る手にかかる。


「グウウウウ……」

「ひえっ」


 怖い。

 思わず情けない声が出た。

 別に唸り声は怖くないが、『視界が上がっている』のが怖い。

 バイクの前部がゆっくり持ち上がっているのだ。

 顎と首の力どうなっているんだよ!?


 力む基本は吸って吐く。

 故にトレカは吠えた。

 唸り声にて蓄えた息を吐く為に。


「グルアアアアア!」


 トレカは身体全体を使い、ボクをバイクごと投げ飛ばした。

 そんなの反則だ。

 一瞬だけ思ったが、玄武咆哮を使っているボクが言えたことでもない。

 実戦はなんだってありだったな。

 『人外』の世界とは、そういう事なのだ。


 投げ飛ばされた先にはエミリー先生。

 そして彼女に守られているシャルだ。

 このままではエミリー先生が回避しても、シャルが怪我をしてしまうかも知れない。

 なのでボクは大声で叫んだ。


「先生!バイクをボクごと叩き落して!」


 先生の演算能力なら、受け流すように横からの力でバイクを叩き落せる。

 そしてボクは玄武咆哮を使っているので、恐らく平気だろう。

 だが問題は、エミリー先生の『情』である。

 先生はボクが居るから生きている様な、黒い愛情の塊。

 そんな彼女に「恋人を叩け」と言っているのだ。

 我ながら酷い話だと思う。


 ていうか少なくとも、昔は出来なかった。

 緋サソリ事件の時、彼女は引き金を引くのを躊躇ったのだ。


 エミリー先生は一瞬だけ、比喩できない凄い顔になった。

 天才の頭脳の中で、猛スピードで情報が行きかい、何度も葛藤があったのだろう。

 彼女は冷や汗を流し、空中に液体金属を広げる。


「南無三!」


 彼女が作り出した液体金属の形は、バネのようだった。

 飛んで来るバイクの前輪がバネの『内側』に接した瞬間、慣性のままに奥に入っていく。

 すると、バイクがバネに沿って走り出したのだ。


 彼女が作り出したバネのようなものは『道』だったのである。

 グルグルと視点の定まらないままに奥へ奥へと進んでいき、最後に道の切れ目へ向かってゆく。

 その瞬間に道から触手状の液体金属が伸びてきて、ボクの身体を捕らえた。

 乗り手を失ったバイクは、『道』から吐き出されると、横に倒れた状態で安全に地面を滑っていき、倒れた状態で停止。

 今になって気付くが、あのグルグルの道は落下エネルギーを殺す為に設置したんだなあ。


 エミリー先生は、触手に巻かれたボクの身体を引き寄せると目を合わせる。

 緊張によって冷や汗を流したまま涙目になっていた。

 彼女の黒い顔は幾らでも見た事があるが、こんなに必死な顔を見たのははじめてかも知れない。

 天才だから、なんでも余裕でやってのけるイメージがあるのだ。


「良かった……」


 それだけ言って、彼女はギュっとボクを抱き締めたのだった。

 母性的だった。

 暫くこうしていたいかも。

 だがそこで、煩い外野の声が耳に入って来た。


「あっはっは、ざまあ見なさい。さあ、やっておしまい!」


 トレカに抱えられたトレ子である。

 なんか片手で抱えられているので、腹話術の人形みたいだ。

 特に口だけしか動かさないのがよく似ている。


 ボクは申し訳ない気分でエミリー先生に聞く。


「フォウは?」

「……獣人の見張りだね。

馬を取られちゃったから戦場来れないし、ぶっちゃけ弱い。

足が馬並に速いっていっても、スタミナが持つわけじゃないし。

だから戦闘に加わらないとは思う」

「彼に見張りを任せちゃって大丈夫なの?敵だよ」

「まあ、裏切るならそれで良いさ。

あの三人を逃がしたところで大きな損失にはならない。

それに、彼がどの程度私達に協力的であるのかのテストにもなる」


 コネと馬を失った状態で逃げた彼に生きる力があるかも怪しい。

 エミリー先生は、直ぐにキリリと真面目な表情で、状況を説明した。

 つまりこのままトレカと戦うという意味だ。


 ──いけそうだな。


 もう人質のシャルは取り返したので、数で言えば一対三。

 互いに守る人が居る分、差し引きゼロ。

 ボクも子供であるが、今までの事件でそれなりに力を付けてきたと自負している。

 さっきチンピラ獣人倒したし。


 目の前のワーウルフは冷静に此方を観察して、ガラガラ声で一言。


「……引くぞ」

「はあっ!なにヘタレてるのよ、チャンスじゃない」


 トレ子は毛むくじゃらの手に抱えられたまま、ジタバタと暴れた。

 状況が全く読めていないのだろうか。

 辺境伯のところに勤めていたんだから、軍事の訓練は受けている筈なんだが。


 ていうか彼女、大平原語喋れるんだ。

 辺境伯領が大平原と接している影響だろうか。


 思っていると、シャルを恨めしそうに睨みつけていた。


「一番のチャンスなのよ!

あの娘を捕らえる事が出来れば、この戦争を利用してラッキーダスト侯爵とフランケンシュタイン子爵に交渉を持ちかけられるんだから!」


 つまり彼女の脳内では、獣人の争いとシャルの身柄を使い、上位貴族に脅しをかけようという訳だ。

 なるほど、不可能という事に目をつぶれば完璧な作戦だ。


 ボクがシャルと会ってから、彼女は転落人生を辿っているので復讐もしくは逆恨みの念が入っているのだろうな。

 そんな空気を元に戻すように、トレカは身を翻してもう一言呟く。


「……では、さらばだ」


 逃がすものか。

 そう思った時だ。


──ボスン


 突如周囲が煙幕に包まれた。

 そんな……トレカに煙玉を投げる動作なんて無かったぞ。

 トレ子もそんな物があったらとっくの昔に使っている。


 後でアセナに聞いた話になるが、タカラの仕業らしい。

 爆発したビルの中、隠し通路から逃げたと思われるタカラは、狙撃ポイントを確保しグレネード銃のようなもので煙玉を撃ち込んだらしいとの事。


 どうしてこれが後で聞いた話になったかといえば、煙には獣人の追跡を防ぐ能力が備わっていたからだ。

 煙に混ざっていたのはカプサイシン──つまりトウガラシの辛味成分だが、暴徒鎮圧にも使われる立派な軍事兵器である。


 喉をやられ、眼をやられ、獣人自慢の感覚が潰されたアセナは、それでもゴホゴホと咳を吐きながら前に出る。

 しかしその時には、既にトレカとトレ子の二人組は逃げた後なのだった。

 二人はタカラと事前に打ち合わせをしていたので、煙を吸わなかったのだろう。


 だというのに、これを隙と見て追撃を仕掛けないところに手強さを感じるのだった。

 自分の餌に執着する猛獣は依然来た場所に銃を持って待ち構えていれば駆除できる。

 しかし、そうでない場合は何年も脅威になり続けるって、サバイバル訓練中にアセナから教えて貰った事がある。

読んで頂きありがとう御座います。


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