573 略奪国家
赤煉瓦造りの古びたビルの窓枠の中。
タカラは、口元に手を当てて困った表情を作った。
「あらあら、これは大平原王様、朝以来で。
……とうとう見つかってしまいましたか」
どうしてだろう。
最後の「見つかってしまった」という台詞には、様々な感情が籠っていたように思えた。
彼女は取って付けたように、フォウに対して頭を下げる。
尤も、窓から頭を出した状態でやっているので、あまり礼儀が良いとは言えない。
見下した視点になるからだ。
対してフォウは、スッと冷静になった。
騒ぐことはない。
なんだかんだで『長』としての自覚はあるらしい。
「貴様が此処に居るのは何故だ?国境の本軍に向かったのでは?」
「ええ、『その予定』です。
その前に、ちょっと『此処に到着した大平原の方々』を纏める『現地の協力者』と、『打ち合わせ』をしておりまして。
いわゆる裏工作というもので御座います。言い訳など御座いません」
言葉は進行形だ。
「その予定だった」ではない。
つまり、今の要件が終わったら国境に行く予定だったと伺える。
同時に、はじめからこのビルに行く予定でもあったと考える事も出来る。
嘘は言っていない。
ただ全部を言っていない、詐欺師の常套手段だ。
「余計なものを挟むでないわ。
貴様はその汚い者たちと結託する事が、我ら獣人の汚点となる事も解らんのか」
「ウフフ、勿論解っておりますとも」
タカラはクスクスと妖艶かつ冷たい微笑を浮かべて語った。
まるで列車の窓から顔を伸ばして、別れの言葉でも告げるかの如く。
「なので誤魔化しなく、嘘偽りなく言いましょう。
私は貴方様の勝利の為に動いているのです」
「余を騙しおって」
フォウは剃刀よろしく鋭い目付きで睨みつけた。
魔力の籠った殺気を感じる。
しかしタカラの顔は、何も変わらなった。
まるで予想通りと言わんばかり。
予定にない事ではあるが、予想の範疇であるといったところか。
彼女は昼過ぎの空を見上げる。
「……少々戯言をお許しくださいませ。
さて、我が主よ、王とは何でありましょう」
「そんなもの、貴様が言った事ではないか。
王とは民衆の規範として、濁りなく王道を行く者の事だ!」
「ええ、100点満点です。
その点において『純粋な気持ち』を持つ子供の貴方は、実に王に適しているとも言えましょう……しかし」
一拍。
「現実とは理想通りにはいかないもの。
なれば自ら手を汚す事で、王を勝利に齎すが側近の役目であります」
「黙れ!余はそんなものに頼らずとも勝利してみせる!」
水を入れたコップがコトンと倒れた錯覚を覚えた。
冷静さを保っていたフォウの口調が激しくなったのだ。
よほどプライドを傷つけられた一言だったらしい。
つまり自覚があったという事だ。
「ええ、ええ、承知していますとも」
タカラは柔らかい微笑みのまま、ペコペコと頭を下げた。
業務的になだめる態度によく似ている。
父上に挨拶にしに来る下級貴族によく見る反応だ。
そして大抵ああいうのは、腹に一物抱えているものである。
「なので、上手くいかなかったら茶々を入れてしまった私のせいにして頂いて結構であります。
心配していたことが現実となっても、私の独断として切り捨てて下さいませ。
我が主は、穢れ無き王として王道をお進みください」
「なっ!?」
フォウは驚くが、ボクは驚かない。
だって貴族社会では、汚れ役が居るだなんて当然の事なのだから。
光が強くなればなるほど、闇は深くなるもの。
ウチも表では平和でクリーンな観光地のイメージで通しているが、暗部をガンガン使う。
お爺様なんて自他共に認める世紀の大悪党だ。
ボクは子供らしくない子供なのだ。
故に口を出す。
敵にアドバイスなんてするものじゃないんだけど、それがボクという人間としてのプライドなのかもな。
自嘲気味な気持ちが湧いた。
「……フォウ。残念ながらタカラの言っている事は正しいよ。
寧ろ今、タカラのやっている事は『成果』になっている」
フォウはボクに視線をやる。
ボクは雑談の様に話を続ける。
「君達混成軍は、我が王国を敵とする事で纏まっているね。
ならばレースがはじまるまでの10日間、君が何もしないでいたら不満が湧いて非難もされるだろうだろうね」
「む……それは確かに馬競べの鍛錬に対して不真面目であったという気持ちもあるが……」
「いいや、そうじゃない。
『敵に対して何も仕掛けない』というのが問題なのさ。
君達って規律の取れた『軍隊』って訳じゃないんだろ?」
確かに獣人とは戦闘民族だろう。
だが今までの話を聞いた結果、彼等が戦争を生業とする職業軍人だとは到底思えないのだ。
つまり『戦う』という民族性は共有しつつも、価値観に個人差があるという事でもある。
実際、空中分解寸前だし。
人にとって正義の意味は違う。
そんな大衆を纏めるのは、法だ。
現代人なら常識的な概念であるが、古代の人間はそうでなかった。
頂点が『正しい』心を持っていれば人々は団結すると信じてしまっているのだ。
そして平原の民は貨幣経済すらない社会で生きている。
融和政策で苦労した貴族サイドのボクが言うんだから間違いない。
と、なると、その文明レベルの人間の戦場というのは『略奪先』という意味が大きい。
軍隊にとって敵国の平和な村とは、ダンジョンにおける宝箱のように見えている。
実際、かつてのルパ族もそんな感じだった。
作物の育たない平原では、無い物は外から奪ってくるのだ。
ならば必死に戦って家畜も服も奴隷も得られないんじゃ文句も出るだろう。
「王が攻撃を仕掛ければ、部下たちは大手を振って略奪が出来るし、意思も纏まる。
でも、我先にと国境を越えて『戦場』へ一番槍を突き付けたつもりが、王は「ここでお前達は戦ってはいけない」とかいう状態じゃないか。
しかも目の前に祭りで御馳走があるっていうのに『待て』というではないか。
不満があって当然だよ。
……いいかい、君が求める『綺麗な人間』なんてこの世には居ないんだ。
人間というのは欲深いし自分勝手なんだよ」
「うぐぐ……」
綺麗事じゃ政治は出来ない。
ていうかフォウの『綺麗事』ですら、リン族内の価値観でしかない。
フォウは「馬競べは神聖なので約束通りに行うべし」と言うが、実際のところ彼等ほど馬競べを重視していない部族も居るんじゃないかな。
そういえばアセナはあまり神聖視してなかったね。
でも、此処で周りに合わせて主義主張を変えるものなら、彼は彼の王道に背く事になる。
そんな彼等に略奪の『仕事』を与えてやれるのがタカラなのだ。
『ルパ族のせい』という大義を略奪の理由に出来れば、みんなハッピーなのである。




