566 2×18782(イヤナヤツ)=37564(ミナゴロシ)
誰かを犯人だと決めつけるのは嫌なものであるが、ボクはイヤなヤツなので構わない。
牢屋の中の獣人に向かい、ボクは元メイドについてネチネチと聞いていた。
時々シャルからも情報を貰って、再び聞く。
元いじめっこの事だから、嫌な事を思い出させるようであるが理屈は分かってくれる筈だ。
尋問の最中に分かったのだが、彼は大して重要な立場で無いらしい。
それでは何故、王であるフォウに名前を覚えられていたのかと言えば、彼としても『意外』だったらしい。
フォウが「自分がしっかりしなくては」という気持ちで、努力で覚えていたのだという。
王としての資質はともかく、やる気はあるんだな。
王国語喋れるし。
さて。
芯の通っていない物ほど折れるのは容易い物だ。
形骸化した名誉で結ばれる信頼関係なんて特にそうだ。
なので人は金銭という信頼を介し、契約書に書き留めておくものだが、何かに縛られる事を嫌う彼等はそうしない。
なにが言いたいかといえば、取り調べで草原の民がゲロるのは早かったという事だ。
「ちっ、分かったよ。
ソイツだソイツ。そのメイド!俺達はアイツの案内で、此処まで順調に来れたんだ」
『達』という事は、来ているリン族はこの男一人ではないと。
無限に湧き続ける事を防ぐには、やはり根を断つ必要があるな。
因みに指示を出している元メイドの名前は憶えていない。
正確には思い出したくない。
書類には関わったが、あまりにも嫌な人間過ぎて記憶に蓋をしているのだ。
人間の防衛本能のひとつで、嫌な記憶の思い出は不思議と重いだせないのと同じ原理である。
だからこれまでのやり取りにも、名前は出さなかった。
「しかしお兄様、よくもその考えに至ったの」
「ん。実は昨日の馬車の中で、それっぽい顔を見てね。
なんか関係あるのではないかと思っていたのさ」
「それって、全く別の人だったらどうする気じゃったのじゃ?」
「……」
そこへ現在進行形で復讐者なエミリー先生が声をかけてくれる。
「ん~、僅かでも疑いの目がある以上はこの程度普通かな。
なんなら拷問をしないアダマス君は随分優しいとも思うね。
違っていたら、その時はその時さ。どうせ罪人だし」
「ひい~、怖いですのじゃ」
「ウチにちょっかい出してくる方が悪い。
それに、シャルちゃんの為でもあるから、まあ、多めに見てあげても良いかもね」
「むむ、それもそうですの。ありがとうございますじゃ、お兄様」
シャルがぺこりとボクに礼をした。
素直で大変可愛らしい。
それをエミリー先生はニコニコと笑顔で見つつ、チラリと己の手の平を見る。
汚れてしまった己の手を気にしているのかも知れない。
一方で、フォウが一瞬だけ複雑な表情を浮かべていたのが見えた。
彼にとって、牢屋に入れられている男はまだ『大切な仲間』なのだろう。
殺しても問題の無い罪人というのが受け入れられないのかも知れないな。
ホント、王様に向いてない。
そんな時だった。
──コツ、コツ
後ろから足音が聞こえてきた。
地下通路なので革靴の音はよく響く。
そちらを見れば、床に置いたカンテラに照らされる男が一人。
上物のベストに白髪に白髭。
そして若々しいままの好奇心を秘めた瞳。
「ほっほっほ、悩んでいる様じゃのう。アダマスよ」
「お爺様!?」
そこに立っていたのは、今朝も一緒にご飯を食べたお爺様だった。
背筋を棒の如くピンと立て、一枚の羊皮紙を手に持っている。
ホイと無造作に渡して来たので、つい受け取ってしまった。
それは忌々しい記憶だった。
「これは……あの元メイドの履歴書!?」
「そうそう。以前、シャルが来たばかりの頃に、図々しく付いて来ようとしたじゃろ。
その時の履歴書を、ハンナが取っておいたんじゃ」
「シャルロットお嬢様が侯爵家に猶子として入るなら『身の回りの手伝い』をしていた自分も雇われるべき」とか言ってきたアレだな。
父上を介して、就職願いの手紙が来たんだ。
上司であるミュール辺境伯の紹介状も無し上にやたら上から目線。
しかもその日、シャルとデートをしていた際に本人に会っていたから、思い出したくもないが覚えている。
シャルの実父の無関心さが招いた結果とは言え、虐待しておいてよく言うよ。
ムチャクチャ書いて採用担当の母上に送ったのだ。
「しかしお爺様。その時って領主館に居ませんでしたよね」
「なあに、『ちょっと』調べれば分かるもんじゃ」
「さいですか」
「まあ、そんな事はどうでも良い・
重要なのは、これが『戦』という事じゃ。敵の名前と経歴くらいは覚えておけい」
その一言と共に、ボクは履歴書の名前欄を見た。
結局、どんなに忘れたいものも、向き合わなきゃいけない時はあるのかも知れない。
「……【トレメイン・グレイホール】」
奇しくも灰被り姫の継母と同じ名前か。
ボクが履歴書に目を通し、思わず呟いた名前にお爺様はウムと頷いた。
シャルはトラウマを思い出したのか、嫌そうな顔をしている。
なので別の呼び方にしておこう。
略してトイレホール……いや、これは流石にアウトだな。
どうしよう、こういうのって直感に任せた方が良いんだっけ……。
「【トレ子】って呼んでも良いですか」
「ああ、構わんとも。なんか安直な気がしないでもないが」
更に履歴を読めば、生まれはミュール辺境伯の陪臣の妾の娘。
家政婦としてフランケンシュタイン家に派遣されるという経歴が書かれていた。
特に怪しい所はないが、一応貴族の出身でありながらメイドである事と、他家への奉公が多いのが気になるな。
「ところで此処とかなんじゃが、実は書いていない所があってな。
口頭で教えてやろう。
実は、他領にミュール辺境伯からの派遣という感じで送られる、あまり上司の目が届かない立場であっての──」
思っていると、お爺様がニマニマとしながら『ちょっと調べた結果』による指摘と修正を入れてくれた。
「これはひどい」
そう言ったのは誰だったか。
実に問題行動の多い人物なのが分かってきたのだ。
ウチにすり寄って来たのも偶然では無かった。
仕事で結果を出すより、なにかやらかした後に自分の行動を誤魔化し、バレる前に逃げる事に長けている人物だったのだ。
このトレ子はシャルの実家で、シャルへの虐め以外にも色々とやらかしていたようで、大きなニュースになる前に新たな寄生先を探していたのである。
「これはもう、捕らえるのは決定で良いか。
しかし、ミュール辺境伯側の問題は大丈夫なんです?」
目的は定まったが、彼女がどう動いているかは不明なのだ。
リン族内部で問題があったように、ミュール辺境伯も一枚岩ではない。
損得で考えるとミュール辺境伯自身が犯人とは考えづらいが、気になる部分ではあった。
そもそも今のミュール辺境伯って大平原混成軍と戦っている最中なんだから、ウチへの嫌がらせをしている場合なんかじゃない。
「ああ、大丈夫じゃ。その為にアダマス、お前のアホな親父が向こうに行っておるからの」
やっぱりというか。
父上が『お仕事』で居ないのってそういう事だったんだな。
もう既に、国境の要塞に行っていたんだ。
ミュール辺境伯の采配次第とはいえ、遊牧民たちと父上が戦う可能性もありか。
今、ボクが悩んでいる問題は、戦争が終われば全て終わるものだ。
個人的にはこの祭りが終わる前に、父上が怪しいヤツ全員ボコボコにして事件が終わるとかして欲しいものではある。
読んで頂きありがとう御座います。
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