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565/572

565 それでこそ貴人というものだよ

 ボクはソレを、昔から不気味だと思っていた。


「ではでは此方で御座います」


 ハンナさんの案内した先に、それはあった。

 木の扉だ。

 全体は鉄で補強されていて、分厚く頑丈な錠前で閉じられている。

 鍵穴が付いているが、そこからからくり仕掛けのような手順でロックを外していく仕組みらしい。


 扉は濃い緑に塗られている。

 草に隠れるよう、とても地味に作られて、よく見ないと存在を認識できない闇のような雰囲気があった。

 それが日常的な庭の隅っこに、まるで心霊写真の幽霊の如くひっそりと佇んでいるのだ。


 その正体は地下牢への入り口だ。

 ウチは歴史の長い家なので、当然地下牢の歴史も長い。

 この中に放り込まれて来た罪人は数知れず、ハンナさんのレトロな鍵によってキイと軋みと共に開く。

 からくりを解くハンナさんの手付きが異常に慣れていた。


「此処か。我が『同胞』が居るというのは」


 フォウが言った。

 彼は地下に蠢く闇を恐れず、大股でボクの前を歩く。

 ボクの両脇はエミリー先生とアセナ。

 正面をハンナさんに囲まれるという万全の体勢。


 一方でフォウの手と首は、エミリー先生の作った液体金属製の鎖で固定されている。

 なんならこのまま牢獄に放り込まれてもおかしくない恰好であるが、英雄の如く肝が据わっているのか、彼に動揺の色は見えなかった。

 強気な表情のままである。


「変な事をしたら、分かっているね?」

「ああ、大丈夫だ。ちゃんと余が自らの手で聞く以外の用はないとも」


 エミリー先生の脅しに対してカラカラと軽く、しかし意味深に深く笑う。


「それに此方の方が貴様らも『楽』だろう?

捕虜から『真実』を知りたいのはどちらも同じであるし、大会の都合上余を牢に入れる訳にもいかん。

この鎖はあって無いような物なのだよ」


 八重歯を光らせドヤといった顔になった。

 一理あるのがまたムカつく。

 どちらにせよ、追い出したところでコイツはまたやって来て牢屋に突撃するだろうし。

 これが正解という事だ。


 僕と同様にエミリー先生はイラッとしたらしく、手錠の内側から針を伸ばして「痛い痛い」と言わせながら前に進ませる。

 彼女は基本的に子供好きで、無償で孤児たちを養ってもいるけれど、全ての子供に優しい訳でもないのである。

 それらの前提に『ただしアダマス君優先』が付くのだから。


 とはいえ、針を首輪の内側から出さないだけ優しいか。

 彼女は医者でもあるので、ギリギリ死なないラインを見極める事が出来るのだから、勿論『ソレ』も可能なのである。


 事件を知るには起点を知る事から。

 ボクの妨害をしようとしたリン族の者が、どうして捕まっているのかを確かめる事にしたのだった。



 カンテラが無ければ足元もはっきり見えない、薄暗くて冷たい階段を降りたその先。

 金属の扉に小さな鉄格子。

 そんなお約束の状況で捕まっている、獣人の男が居た。

 一日しか経っていないのにボロボロなのは、捕らえるであろう人達の性格を考えれば納得がいく。

 リン族に恨み持ちな上に恥をかかされたルパ族だ。

 大人しく憲兵に捕まっていた方がマシだったかも知れない。


 『鉄』ではなく『金属』というのは、獣人を閉じ込められる金属が鉄である筈ないから。

 ややこしいね。

 彼を見たフォウは、手を差し伸べるが如く声を向けた。


「◆◆◆◆……」

──訳:【チョウビ】ではないか。どうして捕まっているのだ


 話しているのは大平原の言語だった。

 どうやら捕まっている男はチョウビという名前らしい。


 元々ルパ族も王国語は喋れなかったが、生きるか死ぬかって時だったから一年かけて必死で覚えたそうな。

 ボクもアセナと将来結婚するという事で習得している。

 ボクは言語関係にまあまあな才能があり、異世界人と交渉する為の『日本語』『英語』『ラテン語』も話せたりする。

 なので大平原語の習得もそれなりに早かった。


 尚、まだ覚えていないシャルに対しては、エミリー先生が同時通訳してくれている。


「大平原王殿ですか……ずみません、ドジっちまいまして。

どうにか出してくれませんかねえ」

「先ずは何が起こったのか確認したい。言ってみろ。

隣に居るコイツは、読心術?と、いう技能を持っているので嘘と真の判断は簡単につく。

正直に話してくれればいい」


 途端、男は密かに苦い顔になった。

 嘘を付く気満々だったな、コイツ。

 フォウが仲間を信じているのは良いんだけど、周りはそうでもないのかも知れない。

 空中分解寸前の組織だしなあ。


 やがて観念したかのように、男は言い訳するように語り出した。


「王の為になると思ってやったのです。

予定通りリン族の里を得る為に、敵が疑心暗鬼し易いようルパ族に成りすまして悪事を行おうとしたんですよ。

なんだか知りませんが、このお祭り騒ぎ。

簡単だと思ったんですがねぇ……」


──ピクリ


 フォウの銀毛に覆われた獣耳が動く。


「……あ?」


 男は地雷を踏んだらしい。

 フォウの顔付が別人のように一変した。

 こめかみに青筋を浮かべ、ギョロリと目を見開く。

 これでもかという程に怒りを表していた。


「この……馬鹿者がああああ!」


 爆弾のような大声。

 獣人の肺活量を、狭い地下牢で力いっぱい解放したのだから鼓膜が破れるかと思った。

 思い切りバンと扉を蹴る。

 素材の関係で破れないが、怒りはしっかりと伝わった。


「そんな事を余が望むと思うてかあああああ!

数で劣る初期ならともかく、今は混成軍を結成し、後は国境の壁を突き破るという段階なのだ。

悪戯に獣人の評判を貶める事は、占領後の評判にも繋がってしまうではないか」


 あ~、そこかあ。

 個人的には侵略者が何を言っているんだだけど、もしかしたら滅茶苦茶をやってきて崩壊寸前な軍を率いる『彼』だから気付けたのかも知れないな。

 戦争において「どれだけ悪事をしてきたか」というのは、長期的にはデバブになる。

 周囲はその悪評をプロパガンダという武器に変えて、幾らでも叩く事が出来るのだ。

 なんなら誇張も良いだろう。

 毎日のように悪口を言われ続けた兵たちは己の大義に疑問を持つようにもなれば、占領地の一般人は獣人に力を貸さなくなる。


 フォウ自身の本音としては「折角正々堂々と戦える場を得たのになにやっとんじゃお前」みたいな考えも混ざってそうではあるが。

 けれどその辺はどうでも良い。

 気にしたら前に進めないので目をつぶっておこう。

 重要なのは牢屋の男の『嘘』である。

 読心術とか、微妙に信じてない系なのか、知っていたとしても相手が子供ならどうにかなるとでも思ったか。


 ボクは鉄格子の窓から話しかける。

 大平原の言語で喋り出したから多少驚いていた。


「『なんだか知りませんが』って嘘だよね。

読心術で分かってはいるんだけど、そもそもあの場に居ればルパ族の話を嫌でも聞くよね」


 父上肝入りの獣人融和プロジェクトだぞ。

 昨日は馬鹿みたいに巨大な馬車まで使って、パレードの如くお披露目したんだぞ。

 知らない方がどうにかしている。


 しかも一日経ったんだから、お祭り騒ぎの最中に大体の事は情報共有されている頃だ。

 公式では結婚式と言わないが「これは噂なんだが」で広めている情報班も沢山居るだろう。

 なんせ此処は暗部による情報操作を主体とした領地なのだから。


 彼が何かを言おうとした時、ボクは言葉を被せた。

 「言葉の綾で」とか言うつもりだったのかも知れないね。


 さて本題。


「王国の人間に、君達の『協力者』が居るでしょ?

もしかして、今から言うような特徴の人間じゃ無かったかな?

例えば、やけに化粧の厚い若作りした中年の女だとか……」


 そしてボクは、昔にシャルを虐めていたメイドの特徴を語る。

 大平原混成軍と戦争をしている最中の辺境伯。

 その内部に敵が居るなら、噛み合わない部分の全てが成り立つからだ。


 ついでに昨日馬車から見た顔が頭にこびり付いていた。

 シャルの不安はさっさと取り除いておきたいものだ。

 ボクは、彼女の為には悪になってやると誓った身なのでね。

読んで頂きありがとう御座います。


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