562 あさが来る
朝、目が覚める。
グウとお腹が鳴った。
食堂に行く。
勿論、隣で寝ていたシャルも一緒だ。
白いテーブルクロスが敷かれた長い机。
今日、本来上座に座っている筈の父上は居ない。
ハンナさんによれば「旦那様はお仕事ですわ」との事。
代わりにお爺様が座っていた。
額には皺が刻まれ、チョロリと出た髭は上品に整えられていた。
これでも嘗ては稀代の海賊王だったというのだから、案外人は見た目で誤魔化しがきくものだ。
ハンナさんによって今日の朝ご飯が運ばれてきた。
トウモロコシのパンと、豆とひき肉を加えたトマトのペーストのような物だった。
パンに付ける物で、チリコンカンというらしい。
ジャムみたいだが、普通にスプーンで食べても美味しいとの事。
「甘いのと酸っぱいのが合わさって美味しいのじゃ」
シャルがボクの隣で。八重歯を出しつつ言った。
口元にトマトペーストを付けながらというのが、ケチャップ系あるあるで非常にかわいい。
「儂の好みで選んだんじゃが、口に合ってなによりじゃ」
お爺様が嬉しそうにボクとシャルを眺めていた。
海外の開拓だとトウモロコシは欠かせない食材らしい。
小麦が育たない土地が当たり前にあったりで作らないと生きていけない他、芯を燃料や壁の断熱材に使ったりもするとか。
しかしこの王国における殆どの伝統派貴族などは、トウモロコシは「貧乏人の食べ物」という認識で、評価が低かった。
もしも開拓地の提督が、美味しいからという理由で本国から来た監査にトウモロコシを出すと大変な不評を買う位だ。
この国の豊かさは海外組との貿易によったものが大きいのに、異文化交流って難しいなあ。
ここでさて本題だと、お爺様が口元をナプキンで拭いつつ話し出す。
因みにどうでもいい話だが、ボクと動きがシンクロしていた。
シャルの口元を拭っている動きである。
「昨日の事、ちょうどお前がバイクの練習をしている時の市街の話じゃが、獣人……正確にはリン族の者が一人捕らえられたそうじゃ」
「早速ですね」
「ああ。馬車の件での失態を返上したいと、ルパ族の民が張り切ってくれての。
悪さをしようとしたのを未然に捕らえられたのは良いが、裏工作はもうはじまっていると見て良いじゃろ」
朝にしては割と重めの話だった。
辺境伯の国境要塞は、僅かに防衛に穴が開いた程度と思いきや、結構獣人達が入って来ているという事かも知れない。
ストレートに言ってしまえば、数日にわたる攻撃で「ザル防御」になりつつある。
つまり、密入国してくる獣人はこれからどんどん増えていくという事だ。
バイク練習をしていいる間に、妨害工作としてボク自身への攻撃も来るかも知れないから、気を引き締めなきゃなあ。
市街だけの事と思わず、貴族として当事者意識を持つのは大切な事だ。
思っていると、お爺様はハッと何かを思いついたような顔になる。
「あ、そうそう。結婚祝いなんじゃが……『何処』が欲しいかの?」
そう言って海図を広げだした。
そこは小国家が並ぶ群島地帯で、お爺様が経済支配する事で実質所有している国も複数ある。
王国は植民地を禁止されているが、名義上は独立国なのでオッケーだそうだ。
う~ん、この悪党。
やりかねないとは思っていたが、本当にこの人ボクに国を渡す気満々だよ。
世のお爺ちゃんは孫にお小遣いを多めに渡すと言うが、この人は資産の母数が多いだけにヤバいものをちょくちょく渡そうとする。
「いや、まだボクは代官にすらなった事がないので普通ので良いです」
お爺様が上手くやれているのは海賊時代の信頼出来る仲間達やその親族を海外の所々に置いた上で、小国が不満を持たないよう豊かな大国として利益を共有しているからだ。
大平原混成軍なんて、手を伸ばし過ぎて空中分解しそうだしなあ。
大平原王を名乗るフォウよ。
領地を増やし過ぎるってそんな良い事じゃないと思うぞ。
「『普通』か……では少しスケールダウンして、これから伸びるであろう港町をだな……」
「いや、レースのインフラ関係でメチャクチャ援助してもらったので」
「欲がないのう」
因みに与えられそうだったのは、トウモロコシを輸出している国の港町だった。
だからトウモロコシパンを用意したと。
この国はこれから貴族では無く労働者階級が主役になっていき、必要なのは安く手に入る穀物であるかも知れないとの事。
やっぱボクには荷が重いよ。
◆
食事を終えてお爺様と別れたボクは、小一時間ほどかけて玄武咆哮を発動する。
この辺は特に話す事は無し。
敢えて言うなら、シャルがハンナさんのお菓子を食べながらじっと眺めて「楽しい?」と聞いたところ「楽しいのじゃ」と返して来た一幕があった事も付け加えておこう。
呼吸をしやすいように上半身裸で立っていただけなんだが、何がよかったんだか。
そしていよいよバイクの練習である。
アセナとエミリー先生は、早く起きて練習用コースのセッティングやバイクの整備をしていたようだ。
「そのバイク……、昨日ボコボコにしちゃったからなあ。ごめんなさい」
つい申し訳なくなりそんな言葉が漏れるが、液体金属で作られたスパナを握るエミリー先生はニコリと笑っていた。
「なあに、問題ないさ。
昨日もお風呂で言ったけど、君自身が乗った時のデータは貴重だからね。
お陰で調整が出来たし、階差機関による姿勢制御システムやOSも上手いのが組めてきたよ」
「……ちょっとボクの頭がパンクしそうな情報が出て来たのですが、それってつまり機械の『人工知能』に当たる部分ですよね。
バイクに組み込む必要あるので?」
「そりゃあるさ。確かにバイクは自転車に蒸気機関を付けたような物だから、商品化するのだったらいらないかも知れないけどね。
ただ、これは大平原の名馬と戦う為の一点もの。
『勝つ』には君一人じゃなくて皆の力が必要なんだ。
だから私はどんなオーバースペックも辞さないし、『私の思想』を反映できる人工知能だって入れていくよ」
そして「マシン自体にも液体金属を幾つか使って、普通のバイクではやれない動きも出来るようにしてある」と付け加える。
あの液体金属は完全マニュアルなのでエミリー先生にしか使えないと思ったのだが、人工知能を仕込む事でプログラムに仕込んだ動作なら出来るようにしたとか。
これって外に出したらヤバい技術だと、ふと思った。
さて、エミリー先生が頑張っているのだからボクも頑張らない訳にはいかない。
防御の準備は万全という事で、バイクを押して練習用コースに向かうのだった。
そしてそこではアセナが腕を組んで、壁にもたれかかっていた。
なんかハードボイルド感があるなあ。
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