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561 山羊みたいな馬

 バイクの練習を繰り返していたものの、そろそろ暗くなるのでやめろと言われた。

 時間が無いのは確かだが、時間を勿体なく思って身体を壊していけないのである。


 夕方と夜の間。

 アメジスト色の空が日光を覆い、魔力灯が迷路上に整えられた生垣を照らす。

 そういった風景が『巨大な窓』から見えていた。

 中々に絶景である。

 何時も見ている筈なのに、何かがあった日の時は、どこか感情をくすぐってくる。


──カポン


「はふ~、疲れたなあ。

結果はガッカリだったけど」


 此処はお風呂。

 プールのように広い貴族のお風呂。

 白いタイルの壁や床、女神像の担ぐ甕から出てくるお湯、シャンプーや石鹸などが揃った洗面台などが揃っている。


「まあ、はじめはあんなもんだ」


 当たり前のように混浴しているアセナが言う。

 夫婦だから良いのかも知れないが、「婚約者だから」「お姉ちゃんみたいなものだから」と、ずっと昔から混浴している仲だった。

 美人は三日で飽きると言われているが、個人的にそんな事は無いと思う。


「マシンのデータが取れて良かったかな。明日もよろしく頼むよ」

「頑張るのじゃぞ、お兄様」


 そして残り二人も、やはり当たり前のように入っている。

 特にエミリー先生なんかは、ボクをクマのぬいぐるみの様に抱いて胸を押し付けていた。

 おっぱいが柔らかい。

 これもまた絶景か。


 しかし純粋に身体が疲れているので、そこまで欲情は湧き上がらなかった。

 バイクの訓練もそうだけど、玄武咆哮の修得でゴッソリ体力を持っていかれた。

 死んだかと思ったぞ。

 達観した気持ちから思い浮かぶのは、寧ろ全体的な視点での出来事だった。


 リン族の侵略についてだ。


「そういえばアセナ〜」

「なんだ〜」

「なんか聞いていい〜」

「良いぞ〜、乳首の色でも聞くか〜」

「見えてるから大丈夫〜。

……今気になるのは、リン族の侵略の件でね。

平原の民って騎馬民族じゃん。野戦特化じゃん。

ミュール辺境伯の大要塞を攻めるには難しくない?」


 ミュール辺境伯は国境に広大な壁を敷くようにして、大要塞を築いている。

 此処で問題なのは、確かに騎兵は強いが、城攻めに向いていない兵科だという事だ。

 お馬さんが梯子を登れるはずないのだ。

 この辺、昔から現場を知らずに指示だけする人達が陥りやすい部分である。


 アセナは上半身を引いて、意外そうに少し目を開く。


「お、おう……突然真面目な話になったな。

まあ、折角だし教えてやろう。

ウチらルパ族が嘗て大帝国を築けたのは、その問題を解決出来たからだな。

ぶっちゃけると登れるんだ。馬で、城壁を」

「はぁっ!?」


 今度はボクが驚く番。

 それって戦略が根本から覆るじゃないか。

 ていうか優れているのは獣人の身体能力であって、馬は割と普通だよね。

 アセナは手でチョキの形を作り、タイルの壁をテクテクと歩かせた。


「大平原には所々に山岳地帯もある訳だが、そこに住む山羊はスイスイと岩肌を登っていく。

そんな山羊の動きを真似出来ないかと、色々工夫した歴史があってね。

蹄を山羊みたいに削って二股にしてみたり、無理をした動きをした結果、体重があり過ぎて派手に落っこちたり……。

その結果、全力疾走した状態で煉瓦の溝に蹄を引っ掛けながら走るという『馬術』を生み出したんだ」


 アセナはタイルの溝に指先を引っ掛け「特殊な蹄鉄と、専用の訓練を受けた馬が必要だけどな」と、付け加えた。

 確かに、基本的に城壁ってグルリと街を覆うように出来ているから斜めに走り続けると上に辿り着ける。

 もしそうでなくとも、城壁の端に出る事は本陣へ周り込める事を意味する。


 そこでシャルが手を挙げて、子供らしい問いかけ。


「丸太を縦向きに並べた城壁なら、階段状にならないから登れないんじゃないかの?」

「それだったら、獣人の腕力で壊せる領域になるな。馬の加速から集団で飛び蹴りって感じだ。

もしくは木の壁に矢を射かけて、矢を足場にするって戦法もある。

木を二重三重に建てられた時とかに使うな」

「ほへ~、獣人って凄いんじゃのう。

『三匹の子ブタ』の狼も、直接家を殴ればどうにかなったのではと思える程じゃ」


 関心に対し、アセナは口をへの字にしてウムと返すと、挑戦的な目でボクを見た。

 ──つまりどういう事か。

 そう言いたいのはよく分かる。

 故に答える。ああ、厄介になってきたぞ。


「レースは、『壁走り』がデフォの動きという事だろう?」

「うむ、その通りだ。

加えて様々なアクロバティックな動きがあると考えて良いだろう。

草原の民による『子供でも出来る騎馬術』は、王国での達人レベルに達する。

なんていったって、超身体能力で騎手の安全を考慮しなくて良いんだから」

「それってショートカットされるって事かい?」


 そこでエミリー先生が入ってくる。


「伝声管を設置したのは私だから分かるけど、それは無いと言っておこう。

何故なら、『①二人が騎乗し定められた長距離のコースを走る』のルールにより、他の道はガチガチに封鎖する予定だからね。

でも、柔軟な動きが出来るっていうのは市街地戦では大きなメリットである」


 つまりマシンの性能で勝てるという訳でもないという事だ。

 ぶっちゃけ、めっちゃ困るな。

 道路上のテクニカルな動きだけを想定していたのに、只でさえ低い勝率が更に下がった気がした。

 う~、どうしよう。

 ボコボコと湯の中に頭を埋めていると、アセナがボクの脇の下に手を入れて引っこ抜いてくる。

 正面に向かい合った彼女は、ニッと励ますような笑いを浮かべた。


「なあに、心配すんな。

お前には大切な武器があるさ」

「えっ?なに?流石に時間が無いから教えて欲しいんだけど」

「ああ、良いとも。お前にあるのは、『臆病さ』だ!」

「は?それは要らない物じゃないかい」

「いやいや、とんでもない。

フォウのやつは急造で作った『英雄』なだけに、失敗の経験が著しく少ない。

だから走りに対して『怖い』『痛い』という感情が欠落しているんだ」


 アセナはボクを引き寄せ、そして抱き締めた。

 ボクのお姉さんらしく、包容力がある。


「『臆病さ』を大切にしろよ、少年。

それは『無茶』への緊急信号であり、理解した上でやってみようとする気持ちを『勇気』というのだから。

理解してなきゃ只の『無謀』なんだ」


 彼女の言葉と同時に、髪の毛の良い匂いを感じた。

 安心できる香りだった。

読んで頂きありがとう御座います。


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