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559 スーパーマン

 玄武の呼吸。

 それはヨガに似ている。


 どっぷりと集中しすぎるあまり、どれほど経ったかの具体的な時間が分からなくなるのだ。

 長時間だった気はする。

 少なくとも30分以上は浸っていた筈だ。

 後から聞いた話では、丁度一時間ほどだったらしい。


 これにて、やっと玄武咆哮の準備が完了する。

 使う度にこれやるとか、用途が限定される技だなあ。

 ただし話が本当なら、それだけの対価を払っても良い程度には強力なスキルではある。


 ボクの準備を見届けたハンナさんが話しかける。


「それではじっとしていて下さいませ。

最終テストと参りましょう。

これで撃たせて頂き、坊ちゃまは強靭な身体を以て防ぐ。それだけであります」


 ニコリと微笑む彼女の手には、黒く光るリボルバー拳銃が握られていた。

 この武道館に備え付けられている訓練用の武器のひとつだ。


 クッションを仕込んだ模擬弾を使う事で、実弾と変わらない速度や反動を再現出来るよう調整されている。

 とはいえ当たれば、しばらく悶絶する程度には痛い。

 例えば防弾チョッキだって衝撃は体内に来る。

 ていうか銃という武器の仕組み上、実弾を込めれば普通に人を殺せる。


 ていうかぶっちゃけ訓練用なのは弾であって、銃ではない。

 ホントに模擬弾だよね?実弾とか入ってないよね?

 一滴の冷や汗をかきつつ、ボクは疑問を口にした。


「ええと……防御に当たってなんか特別な構えとかないの?」

「いいえ、特には。何ならそこのアセナと(まぐ)わっていても構いませんわよ?」

「このままで良いです」


 そりゃベッドシーンで敵に襲われ裸一貫で戦うっていうのも、ロマンのあるシチュエーションだけど。

 大人でダンディーなスパイとかよくやってそうだけれども。

 ボクにはそこまでの度胸はまだないのだ。


 なのでやり易いという理由で、空手における前羽の構えをキープ。

 防御に向いた構えだ。

 しかしそれは『受け』が成立する素手同士の戦いの話で、相手が射撃武器を持っていた場合は無防備となる。

 つまり気休め。

 結局は己の防御力を信じるしかないのだ。


「では……参ります」


──ズガン


 心の準備をする間もなく、弾頭が放たれた。

 ハンマーが銃弾の尻を叩き、火薬による強い反動がハンナさんの前腕を叩き上げる。

 そこで思う。

 走馬灯の如く、超高速の思考だった。


 玄武咆哮は受ける攻撃の種類によって体内を微調整する技なので、攻撃を受けたと判断出来る反射神経がなければあまり意味がないのではないだろうか。

 そもそもボクシングのジャブにすら対応できない。

 野球だって打率三割いけば名選手な人間が、銃弾に合わせるなんて無理な話なのでは。


 その辺聞いてないな。

 大丈夫だよね!?


──メリ……


 問答無用でボクの額の中心に弾頭が刺さった。

 模擬弾でも危ない場所だし、実弾だったら問答無用で即死だ。


 今度こそ死んだのでは。

 一瞬そう感じたが、心の中でダラダラと考えている限りは大丈夫そう。

 目の前を落ちる影が見えたので、視線を下にやると、コロリと畳の上に潰れた鉛玉が転がっていたのだった。

 やっぱ実弾だったか。


「修得おめでとうございます」


 ハンナさんがパチパチと手を叩いてくれた。

 喜ぶべきか怒るべきか。

 しかし余韻に浸る間もない。

 ズキズキと内側から来る痛みと身体の感触が、何が起こったのかを教えてくれる。

 後、額も痛くない訳では無い。


 技は自動で発動していた。

 衝撃が背筋をゾワゾワと伝う感触が残っている。

 ハンナさんの言っていた『『玄武咆哮』が発動した状態を、知識よりも身体そのものへ焼き付ける』って、こういう事か。


 呼吸で整った肉体は、無意識の内に危機を勝手に判断して自動でダメージを緩和するように体内を動かす。

 魔力による皮膚の硬質化、細胞液の弾力強化など。

 そして受け止めた衝撃は筋肉や血流や骨髄を伝う『技術』によって分散させ、最後には地面に流されるのだ。

 地面が無くても衝撃の分散そのものは成されているので致命傷にはならない。


「凄いな、本当に無事だ。

これならバイクに乗っている時に転んだり、障害物にぶつかったりしても大丈夫って認識で良いのかな」

「はい、ついでに転倒時に首が危ない方向に捻った場合も自動で修正されます。

レース時に狙撃されても大丈夫ですし、プロテクターなどよりずっと頑丈になった筈です。

何も無ければ継続時間は半日ほどです」

「無敵じゃん」

「いえいえ。

使ってみて分かる通り『ダメージゼロ』という訳でもありませんし、強い衝撃を受ける度に継続時間が短くなります。

人を超えた高位の戦いはそれを逆手に取られる時もあるので、数年かけて制御出来るよう鍛錬が必要ですわ。

例えば、三日三晩飲まず食わずで全力で動ける敵などは、『甲羅』に籠らず短期決着が理想でしょう」


 まるでボクが今後人を超えた存在と戦うみたいな物言いだなあ。

 おっかない事であるが、今は目先の事に集中だ。

 その時、シャルが手を挙げた。


「今『狙撃』って聞こえたんじゃが、やっぱ向こうから暗殺の心配とかあるのかの?」


 ハンナさんはクイっとボクに対し顎を立て、ボクに答えるよう促した。

 生徒にテストの問題でも解かせるが如くである。


「あるか無いかで言えば『ある』。

でもフォウは部族の誇り……ていうか族長としての支持率の問題でもあるので、あまり汚い手段は使わないと思うな。

使うとしたらバレないように、バイクとか罠とかだと思う。

タイヤをあの技術で撃ち抜かれたらヤバいだろうね」

「え、それじゃどうやって対応するのじゃ?」

「此処からは完全な想像なんだけど、もう戦いは『はじまっている』し、レース本番中も狙撃手を如何に介入させないかの『場外戦』が重要になってくると思う」


 そしてハンナさんに視線をやった。

 テント村で彼女はテミルに言った。

 「本当に邪魔者を排除するのは、『これから』ですのに」と。


「ご慧眼恐れ入ります。

その通り、現在もルパ族、暗部、憲兵などが総出で大平原の間者を探し出し、コースに細工をされないように『裏での戦い』がはじまっておりますね」

「アワワ……大変なのじゃ!」


 リン族ではなく大平原と言ったのは、様々な部族の獣人の混合軍が国境を越えて入って来ているという事だな。

 アセナは腕を組んで、ニヒルに笑った。


「で、そんな時にアダマスはどうするつもりだい?一緒に獣人狩りにでも行くかい?」

「いや、ボクはボクのベストを尽くすよ。

バイクの練習だ!

裏部隊は、部下を信用して任せれば良い」

「おう、それでこそ『長』だ!」


 彼女は男前な声で返事をした。

 さしずめ、ラッキーダスト族族長といったところか。

 関節とか痛いけど、時間も押しているし頑張らなきゃね。


「ところでこれから何処に向かえば良いの?」

「ん、学校(修業場)の校庭。エミリーがデートしたいってさ」


 アセナは親指を、遠くにある修業場の方角に向けた。

読んで頂きありがとう御座います。


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